昔話をしよう。
 今でこそアマチュア小説家を気取って半日常的に執筆活動に勤しむようになった俺だが、一方そんな今から数えること四年ほど前の当時中学一年生――を丁度終えたばかりだった頃の俺は、小説といえばもっぱら読む専門の人間だった。自分が小説を書くようになるなんて露とも思ったことはなかったし、ましてやその小説の題材に、そうして読書と所属していたバレー部の活動に勤しんでいた当時のことを選ぶことになろうなど、微塵も想像してはいなかった。
 小説を書くだなんて、そんな才能は所持していないと思い込んでいたからである。
 こうしてこれを書いている今も、七割くらい本気でそう思っている。
 そいつはおかしい、あんたなら小説を書くことくらい朝飯前だっただろう、とかいう読者の皆様の声が聞こえるような気がする。だし、現在俺がチャチなとある県立高校のとある文芸部に籍を置いており、趣味の一つが小説執筆であることを告げると、何故だか大半の人に「ああなるほど」みたいな顔をされる。勝手に納得すんなって話だが。
 恐らく、それは俺が教室の片隅に陣取って日々大量の文庫本を読むことに耽っているからだろう、と大体の予想はついている。確かに、あれだけの本を日常的に読んでいるとなれば、それ相応に文学的な素養があるだろうと考えたくなるのはわからなくもない。だがしかし、お生憎様と言ってやりたいね。俺が現在小説……らしきモノを執筆できるようになったのに、これまでの読書経験が活きているかといえばそんなことは、全くないとは言わないが八十パーセントくらいの高い割合で、ないからである。
 小説を書くことと読むこととは全く訳が違う。
 天と地ほどの差があると思う。
 毎日のように小説を読んでいるからといって、すらすらと小説を書けるとは限らない。
 ということを、もちろん当時の俺はちゃんとわかっていた。だからこそ、俺には小説を「書く」才はないと早々に判断し、もっぱら「読む」対象としてのみ小説を扱っていたのだが……
 それをわかってない奴が友人の中に一人、いたのである。
 そいつのせいで、中学一年生の学年末試験を終え決して満足のできる内容ではないものの成績表も拝領してほっとしていた春休み、俺は全く才能のない小説執筆を押し付けられ、ほぼ人生初となる執筆作業に四苦八苦させられることとなったのだが――今回はその時の話にお付き合い願うこととしよう。
 なに、決して無意味な話じゃないと思うんだ。少なくとも、俺がこうして小説執筆を趣味にするようになったきっかけの一つだと思うんでね。
 別に小説を半日常的に書くようになった直接の原因ではないし、そうだったところでそいつに感謝する気はこれっぽっちも起こらないのだけれど。
 ……下らん前置きはともかく、早速話を始めることにしようか。ペンと紙を武器の如くに構えてさ。

 ペンと紙を持った、話はそれからだから。





アイラブリタラチャー


「ペンと紙を持て! 話はそれからだッ!」
 とかいう鼓膜がつんざかれるんじゃないかと思うほどの大声での台詞が、当時俺が通っていたとある中高一貫私立男子校のバレー部部室に放たれ、俺は読んでいた文庫本から軋んだ動きで頭を持ち上げた。突如頭を襲い始めた頭痛に眉を顰めながら、である。
 こいつが日常生活に退屈を見出すと迷惑極まりない暴走を始めようとし、その前触れとしてこうして高らかに宣言するのだともうとっくにわかっているのだから、いい加減俺の頭にも慣れていただきたいものだが、こればかりはこいつと出会って一年経っても慣れず、結果として俺はこの一年慢性的な頭痛に悩まされてきたようなものである。
 ……迷惑千万なその友人は、名を野瀬睦、通称をムツという。
 一年前、入学した際に同じクラスの隣の席同士に振りわけられ、その後入部したバレー部で同じ練習チームに配属されて以来、延々と俺の頭痛の原因になり続けている男だ。面食い女子が刹那も置かずに飛びつきそうな極上のルックスを所持しているのは結構なのだが、その無駄に整った容姿にすら俺の頭は痛むようになっている。
 多分、近所の女子校の子達からもてはやされるそのイケメン面に劣等感を抱いているからってだけじゃないと思うんだ、頭痛がするのは。そしてこのニヤケハンサムフェイスを見るだけで頭が痛む本当の原因もはっきりしている。
 実に簡単なことだ。
 その端整な顔立ちに浮かべられている表情が、いつもリミッターが外れているんじゃないかと見ているこちらに思わせるほどの――眩しい一億ワットの笑みだからである。
 太陽をずっと見ていると目が眩んで頭が痛くなってくるだろ? きっとあんな感じだと思うんだ。
「ということで、俺達は小説を書こうと思います!」
 自分の雑音ボイスに脳天を殴られた故、部室の中に溜まっている全員が衝撃のあまり黙り込んでいるのをどう思ったのかは知らないが、続けてムツはそんなことを笑顔で宣言しやがった。頭痛を必死で押さえ込もうとこめかみに物理的ショックを加えながら、ここで舌打ちをした俺の反応のどこに間違いがあっただろうか? 文句は考えるまでもなく口から零れ出た。
「お前が小説を書きたいって言うなら好きに書くがいいさ。そのクソうるせぇ宣言も見逃してやる。……但し、俺『達』っつーのは明らかに余計だから、そこを撤回してくれたらっていう条件つきだけどな」
 お前が好き勝手に暴走を始めるのは結構だが、それに俺達を巻き込まないでいただきたい。俺は割と心が広い方の人間だからな、自分に害さえ出なければお前の大概の問題行動は見逃してやる。いつもこうやってストップをかけるのは、お前が騒ぎ出すせいでこっちが実害を被っているからだということをゆめゆめ忘れないで欲しいもんだ。
 ま、お前のそのお粗末な脳みそにそんな殊勝な記憶力が備わることなんて、ハナっから期待しちゃいないが。
「はん、それが本当に心が広い人間の台詞かよ? 俺に対する敵愾心満載じゃねぇか。……あのな、ユキ、よーく考えろ。本当に心が広い人間ってのはな、相手がどんなに突拍子もないことを言い出そうとも常に笑顔で受け止められる奴のことを言うんだよ。少なくともお前みたいにずけずけと人を傷つけるような発言をする奴のことは言わねぇな、え、ユキちゃん、そう思わないか?」
 ちっとも思わないね。お前みたいな人の都合を考えないような奴が相手なら、イエス・キリストだって隣人愛の例外を発動するさ。慈悲と懐の深き偉大なる神だって救いを放棄するに決まってる。別に俺はキリスト教徒じゃないし、詳しいことは知らないけどさ。知りたいとも思わない。知りたいというのならご本人に聞いてみるんだな、なぁ、ムツよ。
「へぇ、お前、そんな特徴のない凡人面で神様の存在なんか信じてる訳? 悪いけど俺はんな胡散臭い存在ちっとも信じちゃいないぜ、何せ会ったことがないからな。ひょっとして万が一この先出会うことができたなら、そんなこと聞く前に最初にすることももう決まってる。……『胡散臭いジジィ、頭を下げろ。人間を指先一つで好き勝手転がしやがって、ふざけんな』って言って脳天を一発殴るんだ」
 今神を信仰する全世界の人間を敵に回したな、お前は。俺は知らないぞ、ああいう人達って怒らせると滅茶苦茶怖いんだからな。
 だし、神様がジジィだとも限らないだろうが。もしかすると大変お美しい女神様かも知れないぜ。
「……そん時はそうだな、思う存分オッパイ触らせてくれたら許してやろう。女神様かー。そっちの方がいいな、そうだとしたら信じてやってもいいなぁ」
 馬鹿みたいにだらしなく顔を緩ませて、ムツは部室の壁に貼ってあるグラビアアイドルのポスターをちらりと見やった。水着姿が刺激的なそのポスターを貼ったのはバレー部に属する高等部の先輩達だが、女っ気のない男子校におけるこういった美女というのは、ムツにとってのみならずどんな男子生徒にとっても女神様みたいな存在なのだろう。俺としてはもうちょい恥じらいがあって清楚な方が好みだけど。
「んで、俺は何の話をしてたんだっけな?」
「女神様のオッパイを思う存分触りたいって話だろ」
「違ぇよ! 今それ聞いて思い出したわ! 小説だ小説、俺達が小説を書くって話だったよな!」
 チッ、思い出しやがった。
 これだけ違う話をすれば忘れてくれると思ったのに。
「……何でまた、そんなケッタイなことを考えついたんだ」
 もはや心のどこかに諦めの念を抱きつつため息混じりに尋ねると、ムツは「良くぞ聞いてくれました☆」と星マーク標準装備で大層楽しそうにうなずいた。
「依頼がきたんだ、文芸部から」
 依頼だと? 何のだ。
「もちろん、原稿の依頼だよ。俺達に部誌に掲載するための原稿を書いて欲しいんだってさ。文芸部の中等部代表サマからの正式なオ・ネ・ガ・イ、だぜ?」
 残念だったな、俺が考えたことじゃねーんだよ。外部の人間から頭下げて頼まれたこととなったら、そう易々と却下する訳にはいかないよな、な、ユキちゃん――とかいうムツの心の声が聞こえた気がした。別に俺がムツの思考を読む特殊スキルを持っているからではない、読心術の心得がなくともこいつの顔を見ればそんなのは一発でわかる。そうやってでかでかと書いてあるかのようなわかりやすい表情をしているからだ。
「……お前みたいなのに小説原稿の依頼をするなんて、文芸部は一体何を考えているんだ? 部誌作るんだったら、部員だけの原稿で充分だろ」
 と、盛大にため息をついた俺の疑問に答えたのは、意外にもムツでない別の人物だった。
「なるほど、文芸部が原稿の依頼ね……僕達で小説を書こうなんてどういう風の吹き回しかと思ったけど、そういうことかぁ」
 椅子に座っていてもわかる物凄い長身と、ポニーテールと眼鏡が特徴的なエセ優等生面のそいつは浜野恵、通称・メグだ。何やら俺より先に事情が飲み込めたらしい聡明なもう一人のチームメイトは、にこにこと如才なく微笑みながら頼んでもいないのに解説を始める。
「うちの学校の文芸部はさ、高等部生はそれなりの人数が所属しているんだけど、中等部生は去年の三年生が高等部に上がっちゃってから部員は一人だけなんだよ。しかも今年度入学したばっかりの一年生。……確か、D組の神川くんだっけ? 彼が今、文芸部で中等部の代表をやっているんだよね」
 そうなのか? そんなの全然知らないぞ。知らなくても困らなさそうだし。
「おっ、メグよく知ってるな。……そうなんだよ。その神川緑ちゃんから、四月に出す予定の次の部誌に載せる原稿を依頼されたって訳!」
 現在当校文芸部の中等部生がD組の神川一人しかいないことと、ムツが彼に小説原稿の依頼をされたことにどういった関係があるのか、それについてムツとメグが解説したことを纏めると以下のような内容になる。
 ――先ほどメグが説明したように、現在の中等文芸部は少数精鋭だ。ていうか一年生の神川一人しか部員はおらず、それ故まだ経験も浅いというのに神川が中等部の代表を務めている。このまま部員が増えなければ神川はこれからもずっと一人で中等文芸の活動をしていかなければならず、よって只今全力で新入部員募集中なのだそうだ。
 そして、新入部員を募るのにもっとも重要になりそうなイベントが、この先に控えている。
 さて、少しだけ話は変わるが、俺達は現在中等部一年生の課程を(無事にと言えるかどうかは個人個人で異なるだろうが)修了し、二年生に進級する前のインターバル期間に該当する春休みを迎えている。本日がその初日だ。あと二週間ほどでこの短い春の夢のような休みは終わり、四月一日をもって俺達が進級しめでたく中学二年生になれば、当然空いた一年生の教室には壮絶な受験戦争を勝ち抜いた新一年生が入学してくることとなる。
 すなわち、四月五日の入学式だ。
 新入部員募集に二つとない重要な意味を持つイベントとは、それのことである。
「ふぅん……で、神川はこの機会に是非とも新入生の中から新しい部員を募りたいと思っているんだな」
「That's right!」
 横文字はいいから。続きを説明しろ、ムツ。わかりやすくな。
「新一年生のハートをキャッチするには、それだけ魅力的な宣伝活動をしなくちゃならない。文芸部にとって一番の宣伝活動といえば、ユキにだってわかるだろ? 先輩部員が書いた作品の発表だ。そんでもって、その作品の発表の体裁には、大概部誌っていう形が取られる。……ここまでオッケー?」
「……、まぁな」
「そこで神川は、今新入生向けの冊子を作ろうと企画してるってこった。ところがだ! ところが問題が生じた。何だかわかるか?」
 お前の雑い説明で何がわかるか。
 俺がそう言い返すと、隣からメグが静かに否定してきた。
「いや、こんなムツの説明でもユキならちょっと考えればすぐにわかると思うよ? ……言っただろ。今の中等文芸部には、神川くん一人しか部員がいないんだよ」
 ……わかってるよ、メグ。俺だって本当にわからなかった訳じゃない。ただ、無駄にエラソーに語るムツにちょっくら反抗してみたかっただけだ。
「部員が神川一人しかいないんじゃ、部誌としてあまりにも薄すぎるってことだろ?」
 文芸部の部誌なら、高等部の先輩達が作った最新号が図書館にも置いてあって、以前少し目を通したことがある。在籍している部員が一人一作品ずつ寄稿しており、読者が飽きずに読み切れるほどの短編小説が十本ほど掲載されていて、なかなか良いものに仕上がっていた。ページ数は確か百ページちょっとあったよな。
 で、それくらい読み応えのある部誌を神川一人で作ろうと思ったら、彼は自分だけでそれだけの文章量を書かねばならなくなる。それは想像しただけで荷が重そうだし、何より読者となる新入生の心を掴める部誌からは遠いものになりそうだ。長編小説は読者を選ぶし、短編小説を十本書いて短編集にしても作者が同一人物じゃ読んでいてだんだん飽きてくるからな。
 かと言って神川が短編を一本だけ書いて冊子にしたんじゃ、部誌としてはあまりにも貧相だ。さてどうする、となるのは極めて自然な流れだろう。
「そこで神川はこう考えた訳だな。……そうだ、協力者を募って原稿を書いてもらおう、と」
 それでもって、その白羽の矢が当たったのがムツだったって訳だ。
 時に丁度一年前のことになるが、その当時入学したてだったムツがバレー部に入部届を出す以前は文化部を中心に仮入部に回っていたというのは、俺達のようなバレー部員のみならず今の一年生の間じゃ結構有名な話である。どこの部でも卒なく活動をこなしたムツは当然どの部からも熱心な勧誘を受け、その中でも特に熱烈なラブコールを送っていたのが演劇部と合唱部なのも次いで有名な話だが――何が言いたいかっていえば、恐らくそうしてムツが仮入部に行った先に、文芸部もあったんだろうってことだ。
 想像するに、ムツと二人だけだった仮入部参加者の神川はそれを覚えていて、今回ムツにSOSを打診してきたのだろう。
「お前なら知り合いも割と多そうに見えるしな。芋づる式に他の協力者も募ろうって寸法か」
 そんで、そのムツが実っているのと同じ芋づるに掴まっているのが、俺やメグといったバレー部練習Cチームメンバー、と。
「ま、緑ちゃんからはそんなことは言われなかったけど、多分そういう考えが全くなかったかっていうとそんなことはないと思うぜ。やー、何せ俺って人徳あるからね☆」
 断言する。お前にそんなもんはない。
「……酷ぇ……ユキの暴言って結構傷つくよな……」
 ムツは言って眉をハの字にししょげたような顔になる。その顔、今度近所の女子校に行って晒して来い。女の子連中が黄色い声を上げてさぞかし喜ぶぞ。
「けっ、本当に喜んで欲しい奴に喜んでもらえなきゃ、特別な顔したって意味ねーんだよ。……とまぁ、そんなことはいいとしてだな。断わる理由も何もないし、最低限俺は引き受けることにしたって訳よ。んでもって、緑ちゃんのサイレント期待に応えるべく、ユキ達に協力を要請しているってこった」
 部活も暇だしな、とムツ。
 俺は部室を見渡す。ロッカーと生徒用椅子が雑多に置かれただけの部屋の中は見事に荒れている。コンセントには携帯電話の充電器が蛸足配線で接続されているし、生徒用椅子の上には少年漫画とエロ本が無造作に何冊も積み重なっている。プラス、その上に携帯ゲーム機。床には膨らまして遊んだコンドームの残骸が落ちている上、壁にかかった連絡黒板に毎日更新される卑猥な落書きはここ数日でより一層のパワーアップを遂げており……この部室の散らかり具合から言えることは、春休み初日の本日、部員のほとんどが暇しているってことだ。
 特に中等部生の部員がな。この時期は高等部の先輩達が丁度春高バレーに出場しており、練習にうるさく口出ししてくる名物の鬼監督と、高等部二年生を中心とする全国メンバーは不在である。
「鬼の居ぬ間にクリーニングってやつだな」
「現代的過ぎるだろ」
 洗濯だ。
 しかしまぁ、ムツが言うまさにそんな感じであることは間違いない。もっともうちのバレー部は基本的に練習チームごとの自由練習だから、チームリーダーとマネージャーがしっかりやっていれば、全国行きのレギュラーにでもされない限りフリーダムではあるのだが。だけどよくよく考えると、だからって暇さえあればこうやって羽を伸ばしてる部員の態度って色々とどうなんだろうな。これで毎年全国大会の常連だというのは結構奇跡的なことかも知れない。
 ……ではなく。
「だしさぁ、」
 と、少々違う話題に移りかけた俺達を元の会話の筋に修正したのは四人いる内最後のチームメイトだった。
「そうやって正面切って頼まれちゃったら、流石に断われないよなっ。この前の合唱祭の時もそうだったじゃん? 他の部とか生徒会系権力から正式に依頼されたことを無下に断われなんかしないってばさ」
 そんなことを発言しつつも、宝石のように煌めく大きな瞳を携帯電話の画面にロックオンさせたまま鮮やかなキー捌きを見せている彼こそ、我がCチームが誇る美人マネージャーたる服部実紀、通称・ミキである。肩にかかった艶のある栗色の髪の緩くウェーブしているのやら、色白で愛くるしい顔立ちをしているのやらを見るとどっからどう考えたって美少女にしか見えないが、残念なことに同性という特殊プロフィールをお持ちの御仁だ。
「俺はいいと思うよー。文芸部にチームを挙げて協力するっていうのには基本的に賛成っ。文章力には自信がないけど、ボランティア活動は好きだし。それにどーせ超暇だしねっ。わははっ」
 暇に飽かして携帯でテトリスに勤しんでいる態度はバレー部員としては失格に思えなくもないけれど、普段マネージャーとして人一倍の働きをしてくれているから全然許せる。例えそうじゃないんだとしてもミキならオールオッケーだ。可愛いからな。可愛いは正義だよ、うん。
 ……ちなみに顔はいいがムツだったら許せない。一応俺達Cチームのチームリーダーではあるものの、その職務をほとんど果たしていないからだ。奴の右腕となって影のリーダーをやっているのはいつもメグで、こいつはほぼお飾りの状態である。ちょっとは部活に貢献しろ。
「貢献して、そんで何かオモシロハッピーな体験をさせてくれるんだったらいくらでも貢献してやんよ。でもそうじゃないべ? 朝練やって、放課後練やって、休日練やって、練習試合して、パス練習してアタック練習してミニゲームやって、マネージャーミーティングとリーダーミーティングは週一回でじゃあまた来週も頑張りましょうねって、それしかねぇのか?」
 それのどこがいけないんだ。
「俺はな、毎日同じことのルーティーンってのが一番嫌いなんだよ。何のためにわざわざ中学受験して学費の高い私立に来てるんだって話だ。苦労もさせられたし金だって払ってんだから、それなりに楽しい思いをさせてもらわにゃ割に合わねー」
 金払ってるのはお前じゃなくてお前の親だろ。俺もだけど。
「だからこそだよ。自分で払ってる金なら無駄遣いしちゃっても自業自得だけどよ、そうじゃないんだぜ? 親が汗水垂らして働いて得てきた金をありがたく使わせてもらってんだからさ、こちとら頑張って何らかの成果を上げるべきだと思うんだよ。だし、そのためにも折角降って沸いたお楽しみチャンスは無駄にしちゃいかんと思うのだ」
 その心がけは立派だが、熱意を注ぐのは遊びではなく勉学にするべきじゃないか。学校っていうのは基本勉強するために通うところだろ? 学費払ってる親からすれば、優秀な成績を収めてくれるのが一番の恩返しになると思うのだが。そんで将来いい大学行って出世した方がさ。
「ユキちゃん、お前は俺のこと言えんの? ……俺はいいんだよ。最低限英語の学年トップは死守してるしさ。うちは親父が高校で英語教師やってるから、英語さえできれば大概のことは許されんだ」
 お前の父親が英語科教諭だなんて初耳だよ。道理で英語だけ妙に成績がいいはずだ。
「別になーんも教えちゃくれないけどな、親父は。基本的に無口で滅多に喋んねーし。……っと、親父のことはいいとしてだ。それに、勉強だけが出世の要因じゃねーだろ? 考えてみろ、ユキ。もしかすっとこれで文芸部に協力して原稿執筆に明け暮れたことをきっかけに、将来小説家デビューとかしちゃって印税でガッポリ儲けられるかもわかんねぇじゃん」
 今改めて確信した。こいつ本物の俗物だ。
「小説を金儲けの種みたいに言うんじゃない。小説に失礼だ」
「だからって金で計れぬ芸術だって言い張るのもおこがましいって俺は思うけどな。所詮は言葉の集合体だろ?」
 ムツは世の中全ての小説家を敵に回すような発言をさらりとしたかと思うと、傍にあった椅子にどっかりと腰掛けてふんぞり返った。必要以上に偉そうなその態度は、社会に出る前に直しておいた方が身のためだと思うぞ。
「まぁ、金儲けの話はこの際どうでもいいさ。それよりも重要なのは、今この時を楽しむことができるかできないかだ。……この対文芸部協力活動への参加は絶対じゃねぇし、別にやりたくないならやんなくてもいいけど? 但し、春休みは一人寂しくこの部室で暇をもてあましてもいいって言うんならな」
 言うだけ言ってムツがひょいとメグに目配せする。たったそれだけで人の好い真面目っ子は自己中心主義の具現化のような男が何を言わんとしているかわかったのか、
「僕? 僕は、参加してもいいかなって思ってたんだけど。小説は書いたことがないし、日頃は読む専門だけど、この機会に書いてみるのも面白そうだと思うしね。部活が暇なのは事実だしさ。……助けを求められたら放っておけないっていうミキの意見にも一理あるし」
「だとさ」
 その台詞と、それに付属した薄気味悪いウインクは、ひょっとして俺に向けたつもりか。
「さてさて、ユキ嬢ちゃん、どうする? 俺の手に掴まる? そんで充実した春休みを過ごす? それとも……一人で退屈な時をもてあます?」
 ムツは椅子にふんぞり返ったままひらひらと手を翻す。
 俺は意味もなくムカつくそのニヤニヤ笑いをしばらく睨んだ後、少しだけ思考し、わずかに悩んでから、最終的にその手を指先で掴んだ。そんな俺なりの答えに気を良くしたようで、ムツは「よぅし」と満足げな吐息を漏らして言う。
「そうと決まれば早速文芸部とお話し合いと行こうぜ。善は急げ、急ぎすぎて怒られることもないんだし? ついでに言えば、少年老い易く何とやら――なんだしさ」
 がたりと椅子を鳴らして立ち上がったムツに向かって、言われて俺はすっかりお馴染みになった肩をすくめるという動作を見せつけるのだった。
 ……何だかんだでお前って奴は俺のことを結構よくわかってるんだよな。

 俺が今回、ムツに持ちかけられた文芸話に特に反論もせず乗った理由。
 それは――ただ暇だからというだけのものだった。

 結論を言ってしまうと、そんな軽い気持ちで臨むには、今回の話は少々ヘヴィだったのだけれど。


Next→



home

inserted by FC2 system