ミッドアフタヌーンレスト

サイトの3456hitに、♪ピノ♪様へ捧げるキリ番です。






 夏休みが終わって間もないある日の、昼休みのことである。

 昼食の後ルーチンワーク的にやってきた学校図書館で、閲覧机に陣取り借りた文庫本(当然ラノベ)を読んでいた俺がふと顔を上げると、すぐ目の前に見慣れたイケメン面のどアップがあって驚いた。
「うわっ!」
 思わず声を上げてしまってから慌てて片手で口を塞ぐ。そっと周囲を窺うと、館内にいる他の生徒の何人かが一体何事かと鬱陶しそうな視線をこっちに向けていて、俺は広げた文庫本に顔を隠すようにして縮こまった。いかん、図書館では静かにという貼り紙を無視してでかい声なんぞ出しちまった。
 が、それもこれもこの忌々しきクラスメイト兼部活のチームメイトが原因だ。
「……何しに来たんだよ、こんなところに!」
「はぁん?」
 面食い女子が刹那もおかずに飛びつきそうな極上のハンサムフェイスを、まるで見せつけるかのように俺の目前に据えた野瀬睦、通称・ムツは、眉根を寄せてアヒル口という何やら物申したげな表情を浮かべて俺を見つめていた。抑えた声で咎めるように俺がそう尋ねると、ますます眉間の皺を深くして言う。
「何しに来たって、愛しのユキ嬢ちゃんが読書に励んでいる悩ましいお姿を網膜に焼きつけに来たに決まってるじゃないですか?」
「いきなり突っ込みどころが満載の台詞を吐くな」
 待て待て、まずは冷静になろう。……ふむ、愛しのユキ嬢ちゃんが読書に励んでいる悩ましいお姿を網膜に焼きつけに来ただと?
「一、愛しのって言うな気持ち悪い。二、俺をユキ嬢ちゃんと呼ぶな。三、俺が読書をする姿なんかわざわざ見にくんな。四、悩ましいとかいらない形容詞をつけるな無駄にエロく聞こえる。五、読書する俺を見に来た――それは決まってんのかよ! 知らねぇわ!」
「おおぅ、すげぇ。箇条書き突っ込みだ」
 感心されてしまった。気に食わない。
 他の利用者の邪魔をしないのが鉄則の図書館で友人相手に怒鳴り散らす訳にはいかず、俺が湧き上がってくる怒りを必死になって押さえつけていると、ムツはそんな俺の頬をぷにぷにと人差し指で突っついてにへらーと表情筋を笑みの形に緩ませた。
「いいじゃんいいじゃん、照れんなよ? 別に俺は、ユキが読書している時の真剣極まりない可愛い表情を、ただこうやってじっと至近距離で観察してるだけだって」
「照れてねぇし、可愛くねぇし。あと至近距離で見られると気が散るから即刻やめろ」
「まぁ、もっと端的に言うとだな、ストーカーしに来た」
「さらっと言ったけど犯罪だからな!」
「愛ゆえだ。甘んじて受けろ」
「んな愛はいらねぇ! ていうかどんな愛だろうとお前からのは受け取りたくない!」
 しつこく頬をつつき続けていたムツの手を払いのける。邪険に扱われたムツは「ちぇー」と大層つまらなそうに口を尖らせていたが、どうやら諦めたのか身を乗り出していたのをきちんと椅子に座り直して机に頬杖をついた。
 ……本当こいつ、たったそれだけの仕草で様になるくらいには悪くないルックスしてるくせに、性格に難がありすぎるよなぁ……。
「さてと、漫才はこのくらいにして、」
「事あるごとに俺と漫才しようとするな」
「そいつぁ無理な相談だ、俺はお前とコンビ組んで将来吉●興業の芸人になる予定だからな。……んで、俺がここに来た本当の理由だけどさ。いや、お前が昼休みに図書館行くのはいつものことじゃん? だけど今日、メグも図書委員でカウンターの当番なんだよな。よって教室に残るのは俺一人……」
 きり、とムツは引き締まった表情をする。
「正直言って、暇だ」
「俺を暇潰しに利用するんじゃねぇ」
 だったら貸し出しカウンターの当番で、その間は基本的に退屈そうにしているメグ・同じくクラスメイト兼部活のチームメイトの浜野恵にちょっかい出しに行けばいいのに。
 どうしてそこで読書に集中している俺を選びやがるんだ。嫌がらせのつもりか?
「だってー。お前は弄ると可愛いけど、メグは弄っても可愛くない」
「いい加減可愛いか可愛くないかで物事を判断するのはやめろよ……」
 それと、俺を可愛いと評するお前の感性は、街頭で百人にアンケートを行なったら百人全員が気持ち悪いと回答すると思う。
「そうか? 俺は可愛いと思うんだけどなー。……ほぉら、そうやって不機嫌そうに眉寄せちゃってさ。きゃー、ユキ嬢ちゃんってばぷりちー! ツンデレ!」
「ぶっ殺すぞ」
 読みかけの文庫本を栞代わりに指を挟んで閉じ振りかざすと、ムツは「わーっ、本で殴るのだけは勘弁! それマジ痛いから!」と言って身体を縮こまらせた。全く、実力行使をしないと口が減らないのはどうにかならないもんかね。
 ムツは一度机に突っ伏してから顔だけを持ち上げ、不満げなアヒル口を晒して、
「ちぇっ……俺はただユキに構って欲しいだけなのに……」
 子供かお前は。猛烈に鬱陶しいぞ。
 言って短くため息をつき、俺は読書を再開させる。ムツは今度こそ黙る気になったらしく、そうして再びめくるめくフィクションの世界にワープした俺にちょっかいを出してくることはなかった。
 なかった……のだが。
「……」
「…………」
「……、……」
「………………」
「……ムツ」
「何じゃらほい?」
「……気が散るんだが」
 正面に座られ、読書している様子をただじっと見つめられるというのもどうしてなかなか落ち着かない。
 それでも五ページほどを読み進めた後、俺がついに痺れを切らしてそう言うと、ムツはだって、とますます口を尖らせた。
「ユキさ、その前髪長すぎねぇか? 読みづらくないの?」
「……は?」
「いや、ずっと思ってたんだけどさ。お前、いくらなんでも前髪伸ばしすぎじゃね? すっげぇ邪魔そう。目ぇ悪くなりそうだし」
 言って机から上半身を剥がすと徐にこっちへ手を伸ばし、ムツは俺の前髪を掻き揚げてきた。突然のことに避けようがなかった俺の視界は一気に広く明るくなって、その眩しさに思わず目を細める。
「やっ、やめ……やめろ馬鹿、眩しっ……!」
「眩しいんじゃなくて、お前の目元が暗いんだって」
「離せっ」
「何で?」
 じっと目を覗き込まれるようにされ、反射的に俺は顔を背けていた。やっぱり駄目だ。この額と目元にかかる庇がなくなるなんて到底堪えられない。
「何で? 何がそんなに嫌なんだよ」
「……苦手なんだよ」
「何が」
「……人に目、見られるのが」
 少し悩んだ末に消え入るような声で俺がそう答えると、ムツの人並み以上に大きな目が更に大きく見開かれたような気がした。
「何で?」
「……俺、目つき悪いだろ」
 遮るものがなくなって直に降り注いでくるムツの視線を感じながら、ぼそぼそと俺は理由を述べる。
「昔、さ。まだ小学校の低学年だった頃だけど……そのせいでクラスの奴に『睨んでんの』って言われて、喧嘩売られたことがあったんだよ。俺としては別にガン飛ばしてるつもりもなかったのに……まぁ、そんで。人を不愉快にさせるような目なら、隠した方がいいかと思って」
「……」
「俺自身、人と目合わせるのって何か苦手だし。別に、それだけ」
「……ふぅん」
 ムツは納得したんだかしていないんだかよくわからないような感想を短く述べた。
 その声色が何故か気になって、恐る恐るといった具合に俺が顔を持ち上げると、そこではムツが俺の前髪を掻き揚げるのとは反対の手をスラックスのポケットに突っ込んでごそごそやっている。
 やがて机の上に広げられたのは、飾りのついた髪ゴムやヘアピンといったヘアアクセサリーの類だった。普段ムツが、部活のチームメイトでマネージャーをしてくれている服部実紀、通称・ミキの長い髪をまとめるために使っているものばかりだ。
 その内の一つ、細長い三角形型のピン留めを手に取り、ムツは掻き揚げていた俺の前髪を額に押さえつける。
「ほれ。じっとしてろよ」
「?」
 ぱちんっ。
 額の斜め上で何かが弾けるような音が微かにして、髪の根元の地肌に生温いものが触れた。ムツの手が離れても、まるでまだ触れられたままでいるかのように、前髪は落ちてこない。
「うーん。後ろ髪も長いな……首とか暑いべ、その長さ?」
 更にムツは椅子から立ち上がると、俺の背後に回ってきてそこから机の上へと手を伸ばし、プラスチック製のファンシーな飾りがついたヘアゴムを掴んだ。
「……夏休みの終わりに切りに行こうと思ってたのに、お前が例の技術の課題云々で騒ぎ出したから行きそびれたんだよ」
「や、別に伸ばすんでもいいけどさ。だけど、伸ばすなら伸ばすなりにちゃんとしておかないとみっともないぜ?」
 椅子に座ったまま何が起きているのかよくわからないでいる俺の頭に手をかけて、そう言って髪に手櫛を通し始めるムツ。
 少しずつ嫌な予感がし始めていた。
「……ムツ?」
「あん?」
「お前がそこで何をしているかによっては、俺のお前に対する態度が変わってくるぞ」
「いいから大人しくしてろって。悪いようにはしねぇからさ」
 くすくすと嫌な感じの笑みを零しながら尚も俺の髪を撫でつけ続けるムツだが、悪いようにされている気しかしない。
 それでも図書館の中ではムツを振りほどこうと暴れる訳にもいかず、俺は人に身体を触られている奇妙なむず痒さを感じながらも言われた通り大人しくしていた。
 しばらくして。
「うっし。でーきた、っと!」
 項の辺りで髪が引っ張られる感覚が軽くなったと思ったら、背後のムツが子供の上げるような歓声を上げて俺の正面へと回ってきた。閲覧机を挟んで改めてまじまじと見つめられて、俺は困惑するばかりだ。
 ……何をされた?
「うんっ、」
 そして、大分長いこと俺を観察した後で、ムツはそのイケメン面を満面の笑みに染めて満足げに大きくうなずいた。
「やっぱこっちの方が可愛い!」
 はぁ?
「おい、ムツ――」
「そんじゃ、俺先に教室戻るわー。自販寄っていきたいし」
 机の上にぶちまけてあった髪留め達を手早く纏めてスラックスのポケットに突っ込み、一体何をしやがったのかと問いただそうとした俺を遮るようにそう言って、ムツは閲覧机を離れた。
 つられるように椅子から立ち上がると、窓から差し込んでくる淡い色合いの午後の光が図書館を柔らかく照らし出している光景が視界を満たす。
 その眩しさに、目が眩むような錯覚がした。
 ……図書館って、こんな明るかっただろうか。
「俺が何したのか知りたかったら、後でトイレ寄って鏡でも見とけ? ……それとだけどな、」
 まるで逃げるかの如く小走りに図書館の出入り口へと向かったムツは、がらりとドアを開けたところで俺を振り返って言った。
「ユキ、よく覚えとけ! 世の中には色んな奴がいんだよ。お前の目つき見て睨んでんのかって思う奴もいりゃあ、目が琥珀色で綺麗だなーとか思う奴もいる。――ガン飛ばしてるのかって勘違いして喧嘩売ってくるような失礼な奴なんか、スルースキル全力発動で華麗に無視しちまえ♪ 少なくとも俺は、気持ち悪いって言われようが何だろうが、ユキは可愛い顔してるって思うぜ?」
「……」
「ユキ嬢ちゃん、可愛いー☆ ひゅー、愛してるゥっ!」
「……」
「んじゃま、アディオスアミーゴぉぉぉっ!」
 相変わらずの騒音みたいな声を発しながら、ムツはダッシュで図書館を出て行った。その奇声に、館内の多くの生徒が不愉快そうな表情を浮かべてムツの去った方と俺とを交互に見比べているが、どうせあいつはそんなの知ったこっちゃないのだろう。
 ムツは、野瀬睦は、そういう奴だ。
「……、」
 館内のあちこちから向けられている視線の束から逃れるように、俺は夏も終わりの光が差し込む窓を振り返る。
 改めて鏡を見に行く必要もない。読みかけの文庫本を机の上に閉じて歩み寄ると、透明なガラスにぼんやりと俺の姿が映っていた。
 いつもと同じ、冴えない無表情。
 但し――いわゆるぱっちん留めといわれるタイプのヘアピンによって前髪が額の斜め上で固定され、普段は覆い隠されている目元が、惜しげもなく晒し出されていた。
 伸び気味だった後ろ髪も、星型の飾りがついた髪ゴムに項のところですっきりと括られてしまっている。脳天の辺りの決して直ることがない寝癖だけが、いつもと変わらずぴよんと奇妙に跳ねていた。
 自分の顔をこうもはっきりと見たのは久しぶりな気がする。
 けれどそうしてガラスに映っているその顔は、一見して俺のようでありながらも、必ずしも俺ではないどこか別人だった。
「……何だかなぁ」
 特に意味もない呟きを唇に乗せて、ガラスに映る他人のような自分から外に広がる中庭の景色へとピントをずらした。校舎に切り取られた四角い青空が、額の露になった俺のことを嘲笑うかのように見下ろしている。
 項に感じる、そろそろ必要のなくなる季節を目前とした冷房の、ひんやりとした風。
 ……一億ワットの笑みでもって一刀両断的にああも言われると、これまで悩んでいたことが小さくてくだらないことに、それで悩んでいた自分が馬鹿みたいに思えてくるから不思議だ。
「……」
 再び窓の外の景色からガラスの表面にピントを合わせると、そこに映った目つきが悪くて冴えない顔の男と目が合った。
 少しの間俺はそいつと睨めっこをして、やがて、
「……まぁ、悪くはない、かな」
 そんな俺の呟きが聞こえたのかどうかは知らないが、背後の貸し出しカウンターのところで図書当番をしているメグが、くすりと小さく笑みを零したのが聞こえたような気がした。

 それから予鈴が鳴るまでの五分間、俺は読書の世界に戻ることを諦め、ただじっと窓辺に佇んで、この後教室に戻ったらあの忌々しきハンサムフェイスにどんな台詞をぶつけてやろうか、とか考えていた。
 間もなく残暑も終わり、本格的な秋が到来しようという頃合のある日の出来事である。


[ミッドアフタヌーンレスト 了]
[読了感謝]


はい、という訳で!
キリ番3456hit記念、♪ピノ♪様へ捧げる掌編小説でした!
リクエスト内容が「ユキ&ムツの小説」で、さりげなく
「いちゃいちゃ希望と言いたいところ……!」との旨が添えられていましたので、
できる限りいちゃいちゃにしてみたつもりです!
別館と違い露骨にいちゃらせる訳にもいかず、僕@作者としてもどこかもどかしい
仕上がりになってしまいましたが、こんなでもよろしかったですか(´・ω・`)
ちなみに、テーマは「図書館」「昼下がり」「髪飾り」でした。
他に説明のしようは……ない!(爆)
リクエストどうもありがとうございました♪




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