* * *

 そんなこんなしている間にうちのクラス担任・池葉教諭と、応援の先生方を引き連れた養護の先生が現場に駆けつけ、気絶したり怪我をしたり恐怖にがたがた震えていたり踏んだり蹴ったりな六人衆とムツとをどこかへ連行していき、大混乱の内に事件は幕を閉じた。
 騒ぎを起こした張本人達が一人残らず全て現場からいなくなってしまったことで、ムツの暴走を停止させた俺と、俺の傍に佇んでいたメグ・ミキは無駄に注目を浴びることとなってしまい――その時の格好が格好だったもんだから、俺は非常に深い心の傷を負うことになってしまったのだった。
 嗚呼、何故自分から目立ってしまうような発言をした!
 興味と好奇と疑念と疑問の視線を一括して集めることとなってしまい、精神的ダメージを大量に負って。
 結局俺は――翌日から二日間に渡って学園祭の代休があったのだが、その後も三日続けて、登校拒否をした。
 もう二度と学校に行けないんじゃないかと思った。
 何という恥さらし。
 自室にこもって頭から布団を被り、一日中泣いていたように記憶している。
 そのくらいの大ダメージだったのだ。
 精神的傷で人が死ぬっていうなら多分五回くらい死んだだろうってくらいである。いつもは冷たいの一言に尽きる可愛くない妹が足しげく部屋にやってきて、「お兄ちゃん大丈夫? そろそろ死んだ?」と言うくらいショックを受けていたのだ。俺は今も昔もメンタル面は相当タフなつもりでいるけれど――いつも冷静で無表情、取り乱すことが決してないのが数少ない個性――この時ばかりは、どうにもならなかった。
 そんな訳で再起不能かと思われた俺だったが、代休が明けて四日目には何とか傷も癒え始め、また体調が悪い訳でもないのに休み続けていた俺にいい加減痺れを切らした母親の怒鳴り声の甲斐あって、どうにか学校に復活するに至った。甘やかされていたら今が流行りの不登校から時代の最先端・ニートになっていたんじゃないかと思われることから、あの時の母の怒声はまぁ、素直にありがたがっておくべきなんだろうな。すっごくつらかったけど。

 ということで、後日談である。
 三日間の精神的休養(実質ズル休み)を終えて久々に登校し、メグから聞いた話だ。
 ムツに思う存分打ちのめされたあの六人衆は、ミスコン優勝最有力候補のミキを連れ去ったことを咎められ、校長室に呼び出されて説教を喰らった挙句、揃って反省文処分になったという。中等部三年生と、まだ義務教育の学年だったことからその程度の処分で済んだのだが、メグの言うことには、
「アレで高等部生だったら、多分一週間とまではいかずとも三日間くらいは停学になってただろうね」
 だ、そうだ。
 俺達のミキを誘拐した報復は、ムツがわざわざ殴らなくともなされた、ということのようだった。
 これで一件落着である。
 が――相手がそうして罰を喰らったところですんなりとめでたしめでたしにならないのが、あの脳天ブチ切れ野郎の悪いところであり。
 何が言いたいかっていえば、
「ははっ、ムツも反省文処分だったんだよ」
 つまり……
 確かにミキを誘拐した奴等にも非はあるが、しかしながら、だからといってそれで相手に暴力を(しかも、ほぼ一方的に)振るったというのはいかがなものか――という、至極真っ当なことを言われたんだそうだ、ムツは。
 問題の解決に暴力を用いることなど、我が校の生徒として言語道断であり、真に遺憾。
 そんな判断を校長からくだされ、六人衆と一緒に、生徒指導室で反省文を書かされたらしい。
「あーあ、全くもってついてねぇよなぁ。第一俺、悪くないだろ。悪いのはミキを誘拐したあいつ等で、俺がしたのは当然の報復活動だっつーの。ったく、何で反省文なんか……」
 五日ぶりに会ったムツは、うんざりといったようにイケメン面を歪めてそう言っていた。が、自業自得である。あるいは因果応報とか。
 ないし、俺から言わせてもらえばザマーミロだった。

 という訳で、実行委員会企画ミス・コンテストは散々なことになってしまった。申し訳ないの一言に尽きる。俺が悪いのでは全くないが(悪いのは全部ムツだ)、参加団体の一つが優勝という栄光に目が眩み誘拐事件を起こしてしまった上に、それに関連して出場者の一人(俺)が途中退場するなんていう事態になってしまったのだから、これが散々でなくて何だというのだろう。
 が――そうして散々になってしまったミスコンでは、あの後波乱があったそうなのだ。
 そうなのだっつーか、あった。
 何が言いたいかと言えば…………あの後の審査で、俺が優勝してしまったらしい。
「…………」
 これぞまさしくザマーミロである。
 久々に登校したその日の昼休み、学園祭実行委員会室に放送で呼び出された俺は、実行委員長から優勝トロフィーと副賞ギフトカード一万円分を手渡されるに至った。その時の心境は一言、唖然に尽きるね。てっきり途中退場したことを怒られるんじゃないかと思っていたのに、全くの逆で「おめでとう」とか何とか賞賛されてしまったんだ、もうこれは唖然を通り越して茫然自失とするしかなかった。
 何故俺が。
 ……どうやら、客席インタビューを受けていたあの女子校生の意見は審査員の多くの意見と一致するものだったらしく、本人がいないにも関わらず満場一致で優勝を俺に決めてしまったらしいのだ。それを聞いた時、俺は茫然自失を超越してもはや呆れ返ってしまった。感覚が腐っちまってるんじゃないのか、セクシーでダンディな男性職員と中・高等部の生徒会役員。
 ぎこちない笑みに顔を引き攣らせた俺がトロフィーを抱えている様子はPTA広報部と新聞部のカメラの収めるところとなり、更に後日、PTA会報と学校新聞になって学校中に配布された。
 本当に恥さらしだった。
 ……ちなみに。
 準優勝者は俺の隣で麗しいゴスロリ姿を晒していたあの六番の先輩で、ミキを誘拐した奴等が擁立していたのは彼だったんだそうだ。ミキさえいなければ優勝は射程圏内と睨んでいたに違いない。そしてその読みは決して外れてはいなかった……事実次点で準優勝だったんだからな。
 だけど奴等にとって一つ誤算があったのは――ミキを擁立した団体の代表者が他でもないあのムツで、その友人には俺がいたってことだろう。
 ミキを誘拐したところで、優勝トロフィーは俺達の団体のものになる結末だったって訳だ。ちっとも笑えない。ミキを誘拐し、挙句ムツにボッコボコにされただけ、奴等が損だったということのようだった。

 兎にも角にも、そんな感じで。
 ミスコンで優勝し見事当校ミスに決定した俺は、ちょっとどころの騒ぎじゃなくマジで有名人になってしまった。移動教室や昼休み、放課後に少し校内をうろうろすればたちまち注目の的で、そういうのが何よりも苦手な俺はやっぱり背中を丸めて歩くしかなかった。その時大抵は傍を歩いている、もう一人の有名人・ムツはまんざらでもなさそうで、むしろそうして視線を集めるのが楽しくてたまらないというようにけらけらと笑っているのには本当にムカついた。お前はもう少し悩んだ方がいいと思う。
 更に数日後。
「しっかし、まさかユキがミスコン優勝しちまうなんてなぁ。驚天動地とか青天の霹靂とかっていうのはこういうのを言うんだろうなっ」
 いつものようにメロンパンをかじりながら、中庭で太陽の下、感慨深そうに言ったのはミキである。
 元は優勝候補のミキとベンチを共にしていたのはその時俺だけで、俺はやけに苦く感じる缶コーヒーをすすりながら、隣の超絶美人を振り返った。
「それは俺の台詞だって。ったく……」
「だけども、ムツからすれば『終わりよければ全てよし』ってな感じだろうねー。ぎゃははっ、俺が誘拐されても優勝しちゃったんだからさ。笑うしかないよ」
「……本当に人事だよな……それに、終わりよくねぇし」
「俺とユキとで揃ってミスコン出てたら、どっちが優勝してたかなっ?」
 また、くだらないことを――
 青空の下言って、アリスのなり損ないは笑った。
「さぁね」
 そう曖昧に言いながらも実はちゃんと答えは出ている。俺がミキを見ると、丁度ミキも俺のことを見ていた。
 しばらく無言で見つめ合って。
「ミキだろ」「ユキっしょ」
 ……お互い、考えていることは同じらしかった。
「まぁさ、優勝しちゃったもんはしょうがないし、腹くくってやってくしかないんじゃねっ? せいぜい、ムツが譲ってくれたギフトカード一万円分の使い道でも楽しく夢想しなよ」
「そんなの決まってる。チケットショップで換金して貯金だ」
「うわー、ユキってば夢ねぇー!」
 ミキはおかしそうに腹を抱えて爆笑しているけれど、俺は対照的に深いため息をついたのだった。俺が今年の学園祭で負った傷の代償はとてもじゃないがギフトカード一万円分じゃつり合わない。ましてトロフィーなんか贈られたところで苛立たしいだけだし、「似合ってたぞ」なんて言われた暁には相手がムツじゃなくてもぶん殴る所存だ。
 負った傷が完全に癒えるまでには、まだまだ時間がかかりそうだった。
 今も、中庭で駄弁っている俺達のことを何人かの生徒がちらちら窺っている。
 だから――
「有名人になってさっ。これで少しは、アイドルアイドルってもてはやされる俺の気持ちもわかってくれたっ?」

 今回の一連の事件で唯一救いがあったとすれば、それは、ミキがそう言って無邪気な笑顔をプレゼントしてくれたことだけだった。


[キッドナップアリス 了]
[読了感謝]

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