* * *

 俺達が最後の一曲に選んだのは、アルバム収録曲「グロリアスレボリューション」。
 歌詞の内容は、革命に対する皮肉だとか言われているけれど、曲名は直訳では、イギリスにおける「名誉革命」のことを示す。『実は飛べるんだ その気になれば そりゃもう遠くへ!』。俺達が特に気に入っているフレーズで、アルバムでも本編の最後を飾っている曲でもあることから、全員一致でこの曲をラストに決めたんだった。
 俺にとってはこの学校に来て、ムツやメグ、ミキに出会えたことが、一番の革命――レボリューションだったんだろうと、そんなことを思いながら。
 拍手喝采の中に、最初にして最後のバンドライブは終演を迎えた。

 俺の転校がクラスメイト達に告げられたのは、そんな風にして学園祭が終わって――後夜祭も済んでからのホームルームでだった。

 担任の口から事実を伝えられたクラスメイト達の反応はそれぞれだった。信じられないというように目を丸くする奴もいれば、まぁそんなこともあると無関心な奴もいたし、寂しくなるねと社交辞令を言ってくる奴もいれば、転校先でも楽しくやれよと笑って言ってくれる奴もいて。世の中には色んな人間が百花繚乱乱れ咲いているんだなぁとか、ぼんやりとそう考えてみる。
 俺はその一人一人に、ありがとうとか、元気でとか、答えていた。
 クラスの奴等が、大方教室を出て行ったところで。
「…………」
 俺は、俺を見つめる目がまだ、四つあることに気がついた。
「…………」
 振り返れば、そこで俺のことを睨んでいるのは当然の如くムツで、つーかそんな凶悪な目つきで睨むなよ。どうしてそんな目で睨まれなきゃならんのだ。俺が何をしたという。お前はいつもみたいにへらへら笑ってりゃあそれでいいのに。
 その隣で、メグが若干伏せられた目を俺に向けている。眼鏡越しの瞳には、何となく寂しさとか虚しさとかが浮かべられているように見えた。俺の気のせいかな。まぁ、気のせいであったところでどうでもいい。
「……ユキ、」
「ユキぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
 メグが何か言いかけたところで、俺を見つめる目が更に二つ増えた。その持ち主は乱暴に教室のドアを開け放って飛び込んできたミキで、どうやら隣のクラスでもホームルームは終わったらしいな……って冷静に状況を確認している場合じゃなさそうだ。
 ミキはちっちゃな身体で思い切り俺に、正面からぶつかってくると、そのまま俺の胸の辺りを殴ってきた。
 ……痛いよ。
「なっ……何だよっ……何なんだよお前! すげームカつくしっ!」
 何なんだよと言われましても。
 だけど、滅茶苦茶な泣き声で言われると、理不尽な台詞も何だか嬉しい。
「転校とか、急すぎるんだよっ! 何考えてんのユキ!? そういうっ……そういう大事なことは、もっと早く言えよな!」
「早口言葉は苦手だって、去年の学園祭で言っただろ」
「そういう早くじゃねぇよっ! 馬鹿! ……ユキなんて死んじゃえっ!」
 酷い言われようだ。
 まぁ、しょうがないけど。
「……。本当にさ。転校――しちゃうの?」
 ぐしゅぐしゅと俺の肩に顔をうずめて泣きじゃくるミキの背中をそっと撫でてやっていると、メグが歩み寄ってきて感情を抑えた口調でそう言った。聞いてるんじゃなくて、確認してるみたいな言い方だった。
「うん――本当に。残念なことにな。いや、残念じゃないか? 俺みたいな下手くそがいなくなれば、少しはCチームも全国に近づくだろ」
「そんな……そんなこと、言ってないよ」
「マジになって答えんな。ただの冗談なんだからさ」
「……どうして、」
 眼鏡のレンズ越しに、メグは俺を非難するかのような目を向けてくる。
「どうして、もっと早く、言ってくれなかったのさ? 言ってくれたら……」
「言ってくれたら何だ? 俺のためにしみったれたお別れ会でもしてくれた? 花束でも、手紙の一つでも贈ってくれたのかよ。ラノベの某シリーズ十冊揃えてプレゼントでもしてくれたのか?」
「そうじゃないよ。そうじゃないけど……」
「悪いけど、そういうの、好きじゃないんだわ、俺」
 俺のワイシャツをハンカチにして涙と鼻水の混合物をなすりつけまくっているミキをそっと引き剥がし、メグの隣に立たせた。二人に向かって極力爽やかに微笑を浮かべ、
「転校先でも元気でとか、また会えるよなとか、ずっと友達だとか。そういう湿っぽいのってすげー嫌いなんだよ。つーか、俺のキャラじゃないし。言われるのも嫌だし、言うのも嫌」
 どうしても、こいつらに転校を伝えたくなかった理由。
 俺の転校を伝えられたこいつらがどういう反応をするか、それを知るのが怖かったというのももちろんあるし、それがやっぱり最たるものだ。
 だけど、それとはまた別のところで――俺は嫌だったのだ。
 俺がいなくなると知って、こんな風な顔をこいつらにされるのが。
「折角直前まで黙っておいて、さ。……格好よく去っていこうとしてるのに、そんなじめじめした顔しないでくれよ? きっとそういう顔するだろうから、言いたくなくて黙ってたんだし。つーか、そんな顔されたら、さ――」
 精一杯の俺の強がりだった。

「転校したくないとか、思っちゃうじゃん」

「思えよっ!」
 ミキに殴られた。
 今度は顔を、真正面から、ストレートパンチで。
 小さな拳に殴られて、つんとした痛みが鼻を刺した。
 ――涙のせいとかじゃなくて。
「思ってずっとここにいろよ! 忘れたのかよ、みんなで、Cチームのメンバー全員で全国行こうって、去年の夏に話したのさぁ!」
「うん、忘れた」
 晴れやかな気持ちでうなずいた。
「忘れたよ、そんなこと。――だからお前等も、遠慮なく俺のこと忘れろ」
「……できる訳ないだろ」
 メグが。
 メグが、珍しくも険しい表情でそう言ってくるから困ってしまう。
「そんなの無理だってわかってるクセに。……ユキはいつもそうだよね。俺のことはどうでもいい、みたいなさ」
「だってどうでもいいから。メグだってそう思ってるだろ?」
「僕の気持ちを勝手に決めつけるなよ……!」
 右肩を掴まれる。
 痛かった。
「……どうでもいい訳ないじゃないか。寂しいに、決まってるだろ……」
 ……。
 ああ、メグ。
 湿っぽいのが嫌だった一方で――お前にそういうことを言われたかったのさ、俺は。
「……お前にそう言われたくって、黙ってたんだよなー、転校のこと」
 うなだれているメグの、俺よりかなり高いところにある頭をぐしゃぐしゃと撫でて茶化すように笑いながら言った。
「この際だから言うけどさ。メグ、お前、しょんぼりしてると意外に可愛いぜ」
「何それ……」
「嘘だよ」
「余計、何それ」
「もちろんミキには負けるけどな」
「……訳わかんねぇしっ」
「しかも泣き顔ぐしゃぐしゃのミキには」
「馬鹿だろ、お前」
 メグとミキの顔に、ようやくのこと、小さいけれど笑顔が戻った。
 これなら大丈夫だ。
 これからも今まで通り、きっとお前達はやっていけるさ。
「――お前、ごちゃごちゃうっせーんだよ」
 そして、最後をしめるのはやっぱり、この男。
「今ほどユキのこと殴りてぇって思ったことねぇよ。何が格好よく去るだ馬鹿野郎。お前みたいなのが格好つけたって様にもなんねぇよ、少しは自重しろってんだ阿呆たれが」
「……ムツ」
「何が『バイバイサンキュー』だよ、ふざけんな! 湿っぽいのが嫌いってんなら舞台上であんなじめじめしたこと言うんじゃねぇ! 初志は貫け貫徹しろ、あとで言うこと変えるな適当なこと言ってごまかすな! あんなの……あんなの、誰が認めるかよふざけやがって! ……あんなこと言われたら――」
 あんなこと言われちまったら。
 俺の大嫌いなハイテンション馬鹿が、叫ぶ。
「――泣いちゃうだろ」
 学園祭の後でてんでばらばらな方向を向いている机の一つに腰掛け、脚を組んで腕を組んで、そうして格好つけて様になる見慣れたイケメン面は――
 実際泣きそうな顔をして、一生懸命俺のことを睨んでいた。
 へぇ、意外。
「……まさかお前が、そんな顔するなんてな」
「うるせぇ。うるせぇうるせぇうるせぇ、黙れよクソが。二度とその口利くんじゃねぇ」
 ムツは机の上から降りて、俺に背を向けた。
 そのまま教室から出て行こうとしているように、ドアへとまっすぐに歩いていって。
「ただ――」
 ドアに手をかけたところで、立ち止まった。
「二度と口利けなくなる前に――」
 俺を振り返らないままに、ムツは言う。
 だから俺は、こいつのことが嫌いだったのだ。
 最初に出会った、あの時から。

「バイバイとかサンキューとか、もう一度だけ、言わせてやるよ」

 さようなら。
 ありがとう。
 バイバイ。
 サンキュー。

 ――お元気で。



[バイバイサンキュー 了]
[読了感謝]

初出:O高校文芸部誌・第三十二号

作中歌詞引用:バイバイサンキュー
(シングル「天体観測」、2001年3月14日)
ホリデイ
(シングル「スノースマイル」、2002年12月18日)
グロリアスレボリューション
(アルバム「THE LIVING DEAD」、2004年4月28日(再発版))
以上全て、作詞作曲・藤原基央
演奏・BUMP OF CHICKEN(LONGFELLOW・トイズファクトリー)

参考楽曲:シャドー
(シングル「オンリーロンリーグローリー」、2004年7月7日)
作詞作曲・BUMP OF CHICKEN
演奏・BUMP OF CHICKEN(LONGFELLOW・トイズファクトリー)

(敬称略)

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