昔話をしよう。
友人の話だ。俺のかつて通っていた、そして中学二年生半ばに転出した中高一貫私立男子校に今も通うとある友人の話だ。もちろん、そうして俺が転校してしまっているところでそいつはまだ俺の友達だし、例えばアンドロメダ星雲の辺りから隕石が吹っ飛んできて地球が唐突に最期の日を迎えるのでない限り、これから先も友達であり続けるだろうというのは明白なことなのだけれど。つまり、「中高一貫私立男子校が云々」は俺にとってそいつを紹介するにあたり最も手っ取り早い修飾語なだけである訳で、特に深い意味がある訳じゃない。なんて、普通に考えれば改めて説明するようなことじゃないな。うん。
それよりももっと改めて説明する必要があるのは、その友人というのが今この小説をお読みいただいている貴方もきっとよくご存知の野瀬睦――通称・ムツではない、ということだろう。最近ふと思い返してみたところ、これまで何の脈絡もなくつらつらと連ねてきた昔話において、その野瀬睦がほとんどの物語で主人公というべき立場をキープしていた事実に俺は気がついた。非常に遺憾である。言い方を変えれば残念だ。俺が中高一貫(以下略)で過ごした一年半の間に起こった事件について、奴が主軸であることがいかに多かったとはいえ、こうも奴の武勇伝(?)ばかりを書いているなんて、これじゃあまるで俺があいつを好きみたいじゃないか。そんなことは絶対にありえない。ありえませんとも。
そこで今度こそは、ムツの活躍しない話でも書いてみようという気になったのだ。今までの主人公が主人公じゃない話。今までの脇役が、主軸となって展開される物語。
その主軸たる、俺の友人とは誰か?
ずばり言おう。
浜野恵――通称・メグである。
高校三年生になった今でこそ、肩上まで髪を短くしてコンタクトで裸眼を気取り爽やか系お兄さんになっちまった彼だが、これからする話の時間軸において中学二年生だった時は、伸ばした髪をポニーテールにした上印象的な眼鏡、なーんていかにも学園小説の脇役にいそうなエセ優等生風の外見をしていたもんである。その外見通り――と言うと失礼かも知れないが、まぁ、これまでの俺の昔話を読んでもらえればわかるように、そりゃもう見事な脇役っぷりだった。気分的にはアカデミー助演男優賞にノミネートしてあげたいくらいだ。多分間違いなく受賞してみせてくれるだろう。とかいう、これは全然褒め言葉じゃないだろうがな。
思うに、そうして彼が常に脇役のポジションをキープ――それは丁度、ムツが主人公立場を保持していたように――していたのには、他でもない彼の性格が密接に関係していると俺は考える。つーのも、周りが何と言おうと奴は前に出るということをしないのだ。いつも一線引いている。俺が俺がとでしゃばるムツとはそういう意味じゃ対照的だ。もっとも、自らパシリを引き受けるような変な奴だから、恐らくは自ら望んでサポート役に徹しているのだろうけれど……一友人の俺としては、彼にはそういう部分で一皮剥けて欲しいと思っているのだが、はてさて。
とにかく、物語の主軸を握るような奴では、彼は全くないのである。
だから、これまでの俺の昔話に彼が活躍する話がほとんどなかったのも、申し訳ないが俺の責任ではない。奴の責任だ。浜野恵の責任である。そもそも主軸になった事実がないのに、彼が主軸の昔話を語れる訳がないじゃないか。浜野恵が今までの話で活躍していなかったのは、実際彼が活躍していたなかったからに他ならない。
そんな訳で、今回彼の物語を語るにあたり、俺はいつもよりは若干苦労して自分の過去を探らねばならなかった。ということを、お粗末ながらここに付記しておきたいと思う。そういう意味じゃ、彼が主軸となって活躍する話であるこの昔話はかなりの希少価値を伴うことだろう。活躍しているかどうかについては少々怪しい部分もあるのだけれど――それくらい、彼が中心の物語は珍しい、ということで。
天然記念物並みに珍しく、埋蔵資源くらい価値のある話。
そんな浜野恵の物語は――中学二年生になって間もない四月のある朝に起こった、ある天変地異の前触れから始まる。
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