* * *

「人生、生きてりゃ予想外なことが一つはあるもんだよなぁ」
 朝練習が始まって、朝日差す体育館の片隅において白い練習用ボールで直上トスを繰り出しつつ、ムツは感慨深そうにしみじみと言った。
「…………ムツ、お前、全然くだらない話題で無理矢理話を壮大にしようとしてるだろ」
「あ、ばーれた。や、だけどさぁ、ユキ。実際そう思わないか? 天変地異の前触れじゃねぇかな。俺は明日東海大地震が起こって富士山も大噴火、東京湾にゴ●ラが現れるのに百円賭けてもいいぜ」
「意外と安いな!」
「あ、ちなみに伏字、中身は『リ』じゃないからな? 霊長類が東京湾に現れてもちっとも面白くねぇ」
「自分で解説すんな……」
「ガ●ラにしておけばよかったか!」
「こだわるところがずれてるだろうが」
 取り上げたボールを思い切り叩きつけてやる俺である。
「第一な、メグに何かあったのをいちいち天変地異の前触れにするなよ。同じようなこと半年前にも言ってるだろう、お前は」
「そうだっけ? あー、メグが部活休んで失踪した時か。あったな、そんなことも。だけど事実だろ。我がチームのミスター☆平凡ことメグに異変が起こるなんて、天変地異の予兆以外の何物でもあるまい」
「お前はメグを何だと思ってるんだ……」
「都合のいいクラスメイト。テスト前困ったら勉強教えてくれる」
「最低だ!」
「おお、すまん。つい本音が」
「本音なのかよ! ますます最低だ!」
 というか、調子に乗って次から次へとボケるなよ、ムツ。突っ込みが大変だ。
 いい加減にして対面パス練習を始めようと、俺は取り上げたボールをオーバーハンドで上げる。落ちてきたそれを難なくアンダーハンドで受け止めて、ムツは改めて話を始めた。
「だけど、意外にも程があるだろ。てっきり俺かと思ってたのにさぁ――まさかのメグだぜ。ユキ、お前信じられる?」
「信じるしかないだろ、事実なんだから」
 アンダーハンドで返して、俺。
 それをムツがオーバーで高く持ち上げつつ、
「これがユキじゃなくてよかったぜ。仮にユキだったとしたら、俺は驚きのあまり気を失っていただろうからな」
「俺だとそこまでになるのか!」
「だって他でもないお前だぜ? ユキちゃんですよ? 嗚呼かわいそうに、その女の子はよっぽど見る目がないに違いない」
「その女の子をけなしているようでさりげなく俺のことを侮辱すんな」
 見る目がないとか。
 上手い具合に上がったボールに苛立ちに任せてスパイクを叩き込むと、勢いを与えられたボールは見事ムツの顔面にヒットした。ざまぁみろだ。
「そもそも俺の話をしているんじゃないだろうが。俺達がしているのは、今朝のメグの話だ」
 そう――あの後。
 あの後、メグは、彼女から告白を受けた。
「…………」
 浜野恵君にお話があって来たんですけど。
 そう言ってメグを呼び止めた彼女は、驚いた後で興味津々になっている俺とムツとミキの三人から少し離れたところへメグを呼び出すと、鞄の中から桜色の封筒を一つ取り出して、一番驚いている浜野恵本人に手渡してこう言ったのだった。
「あの……突然なんですけど、私、浜野君のことが好きなんです。それで、えっと……手紙を書いてきたの。よかったら読んでください。それから、その……」
 一度言葉に詰まり。
「……できれば、付き合って欲しくて……」
 キタ――――――(゜∀゜)―――――――!
 と思っていたのはメグ以外の俺達であり、言われた本人は相当に面食らっている様子だった。信じられないといった面持ちで差し出されるままに封筒を受け取り、見開いた目で眼鏡のレンズ越しに彼女をまじまじと見つめた後、真っ赤な顔をしていかにも本気といった彼女の面持ちに口をぱくぱくさせていた。
 さて、動揺しているようだが、次に言葉を発するべきはメグの方である。
 喜んでお受けするのか、それともムツ同様にそっけなくお断りしてしまうのかかなり気になっていたのだけれど、驚きのあまり一言も発することが出来ない状況に陥ってしまったメグは何も言えないままで、代わりに台詞を紡いだのは健気なことにも彼女だった。
「でも、今すぐに返事をするのは無理だと思うから……またよければ、今日の放課後に来るので、それまでに手紙も読んで、それで返事をもらえたらいいなって……思っているんだけど」
「え、えっと、」
「今日の放課後。どうですか?」
「き、今日の放課後はっ――」
 部活デス。
 とか勢いで答えちまいそうなメグに、ついに我慢できなくなったようでムツがこう声をかけた。
「いいよ! 部活なんてサボれサボれ! 部活はサボるためにある! オッケーしちゃえよ!」
「わ、わかったっ、部活はサボるためにあるっ!」
 本当にわかったのかどうか怪しいが、メグはそう無茶苦茶わかりやすいロボットの動きでうなずき、彼女に向き直って、今日の放課後に返事をするという約束をしたのだった。彼女は、じゃあよろしくお願いします、と言って、メグが見送る後ろを気にしつつも朝日の中を去っていった――
 以上、回想シーン終了。
「まさかあのメグがなぁ、見初められるなんてな」
 言いつつ再び直上トスを始めたムツの正面から、俺はちらと体育館の端を見やる。熱烈な告白を受けた当の本人たるメグはと言えば……背を体育館の壁に預け、そこで茫然自失としていた。手には先ほど彼女から渡されたばかりの桜色の封筒が、開封された状態で持たれている。口をだらしなくぽかーんと開け、眼鏡が若干ずり落ちているのには気がついているのかいないのか。心ここにあらずといった感じだ。
 そんなメグの頬を引っ張ったり眼鏡を奪ったりポニーテールをぐるぐる回したりして遊んでいたミキは、ついに諦めたのか俺達のところへ戻ってきながら肩をすくめて言った。
「駄目だねー、完全に腑抜けになっちゃってるよっ。こりゃもうしばらくは使い物になんないな」
 それには俺も同意だ。メグは俺達の間でこんな会話が交わされているとも知らず、また封筒の中から可愛い柄の便箋を取り出してほぅっとため息をついている。
「だから返事、今日の放課後にさせるんでよかっただろ? はっきりさせないままにしておいたら、その間延々ああだぜ、アレは」
「だろうねっ、すげー抜け具合だもん。メグがあんなに腑抜けてるの、俺初めて見るよ。うははっ、明日ランドマークタワーにハイジャックされた飛行機が突っ込んだりしてっ。あるいは株が大暴落して世界恐慌が再来とか」
 縁起でもないこと言うなよ、ミキ……。
 本当、ムツといいミキといい、メグのことを一体何だと思っているんだろう。あいつは道路を横切る不吉な黒猫とか、地震の前触れとして踊るナマズとかじゃないんだぞ。
「あーもう、こんなんじゃ練習にならんな! ヤメヤメ」
 と折角朝練に来たにも関わらずもうやる気をなくしたらしいムツは、乱暴な口調で言って背筋を伸ばすとボールを持って他のチームの連中にちょっかいを出しに行ってしまった。その場には俺とミキが残されることになるが、はてさて俺の目の前に佇む美人マネージャーはといえば、
「折角だからユキもメグで遊んで来いよ。眼鏡取っても怒らないし、髪引っ張っても痛がらないし、ほっぺつねっても嫌がらないし、今なら弄り放題だぜっ。わははっ」
 完全に面白がってるだろ、ミキ。
 げらげらと何がおかしいのか一人で大爆笑するミキには肩をすくめることで答えるに留め、俺は尚も腑抜け続けるチームメイトに声をかけることにする。
「メグ。……大丈夫か、お前。覇気がないぞ」
 肩をぽんぽんと軽く叩いてそう言ってやると、メグは目だけでちらと俺を振り返り、
「……明日世界は終わるのかな?」
 と、言った。
 ……おい、本人がそれ言っちゃ駄目じゃないか。
「心ここにあらず、って感じだな、マジで」
「あらずなんだよ、僕の心はここに。だって信じられる? 僕が……この僕が、こんなものを貰っちゃうなんてさ。白昼夢でも見たんじゃないかって気分だよ。それとも危ない薬物で幻覚見ちゃってたとか」
「よっぽど衝撃的だったんだな……」
「本当に信じられないんだって」
 普段俺が吐いているのと同じような重い吐息を吐き出して、メグは手にしている封筒と便箋をこねくり回す。
「だって、まさかの僕だよ? そりゃあムツもミキも、ユキだってびっくりしてるとは思うけどさ。だけど、言わせてもらうけど一番驚いてるのは他でもない僕だよ。……何で僕なんだろう? 何か悪いことしたっけ? 万引きとか、カツアゲとか、いじめとか、暴走行為とか、薬物乱用とか」
「……悪いことの例がどうしてそんな一昔前の不良みたいなのかってのはさておき……何だよ、嬉しくないのか? お前も男の端くれなら、好きですって告白されて悪い気はしないだろ。それとも何、あの子は好みじゃないとか?」
「好みですっ!」
「好みなのか!」
「悪いかよっ!」
 メグ、あまりのことにキャラ崩壊が始まっているようだった。
 いつもにこにこ、如才なく笑っているだけのミスター平凡の落ち着いた態度はどこへやら。こりゃあ本格的にイカれちまってるらしいな。
「じゃあ余計にわからないな……。どうしてそう信じられないんだ? 喜ばしい現実なら素直に受け止めろよ。彼女にする返事だって、それなら悩むまでもないだろ」
「違うよ。僕が言いたいのは……」
 メグは情けなく眉の下がった表情でもう一度ため息をつくと、少しの間黙った後でこう言った。
「……何で、僕なのかなって」
「はい?」
「どうして彼女が好きになったのが僕なんだろうって。それが考えても考えても、わからないんだよ。僕のどこに惚れて告白までするような要素があったのか、考えてみてもちっともわからない」
 どことなく悲しそうにも見える目でメグが見つめる先の便箋に、俺も視線をやる。畳まれたままのそれに何が書いているのかまではわからないが、普通に想像すれば、
「そこに好きになった理由とか、書いてあるんじゃないのか?」
「書いてあるよ。前に何かの用事でうちの学校に来た時、体育館でバレーの練習しているところを見たんだってさ。その時から気になっていて、それから何回か体育館に来て。その内にって……」
「じゃあ、どうして好きになったのかわかってるじゃないかよ」
「違うよ、ユキ。僕が言いたいのはそういうことじゃないんだ」
 若干声を荒げたメグは、平生の落ち着きをすっかりなくしてしまっているようだった。
「僕が言いたいのはね……それで部活中の僕を見て、どうして好きになれるんだろうって。そういうことなんだよ。悪いけど、僕の自覚する限り、僕には女の子に好かれるような要素は一つだってないと思う。僕に好意を抱くようになったいきさつじゃなくて、好意を抱くそもそもの理由が――理解できないんだ」
「……」
「ましてや、僕を見初めたのが部活の時だっていうなら、その場にはムツだって居合わせたはずだろう? ついでにいうならユキもいたし、ミキだっていた。それなのに他の三人じゃなくて僕なのは何故? 凄く不自然な気がするんだよ。ユキだってそう思わないか? ムツとユキとミキと、それから僕がいて、普通に考えたら見初めるべきはどう考えたってムツだ」
「それは……それは、そんなことはないと思うけど」
「そんなことがあるから言ってるんだよ。四月に入ってから既に三回も告白されているムツを見れば、いくらユキだって認めざるを得ないだろう? 普通、こういう状況において惚れられるべきはムツなんだ、僕じゃない。なのに何でよりによって? 自分でも自分の良さがわかっていないような人間なのにさ」
「そこまで自分を卑下するのはどうかと――」
「卑下なんかしてないよ。正しい判断をしてるだけ。……どうして僕なんだろう? 僕のことなんかを好きだって言った、彼女の心情が全然理解できないよ。僕なんて女々しいし、おせっかいだし、生真面目で融通が利かないし、堅苦しいし。その上優男で草食系だ。笑うしかないじゃないか」
「メグ……」
「いや、優男はマイナスの言葉じゃないんだっけ。じゃあ取り消し」
 訳のわからないことを流れるような口調で喋るメグは、どうやら見た目よりもかなり混乱しているようだった。多分俺の相槌なんてこれっぽっちも聞こえちゃいないだろう。
「彼女が僕を好きだって言ってくれたのは……それはもちろん嬉しいよ。嬉しくてどうにかなりそうだ。だけど一方で、理解することが出来ないんだよね。僕を好きって言ってくれた、その彼女の心情を――」
 その時だった。
 メグの正面にしゃがみ込んだ俺の背後からにゅっと腕が伸びてきて、その先端についている固そうな拳が鋭い動きでメグの頬をぶん殴った。
 避ける間もないパンチに捉えられたメグの眼鏡は勢いで吹っ飛び、少し離れた体育館の床に転がる。あまりに衝撃が強かったからかメグはげほっと咳をすると、さも痛そうに手で頬を擦りながら、拳の贈り主をゆるゆると見上げた。
「馬鹿野郎。メグ、お前は本当に正真正銘の阿呆だな。……俺様に殺されたいのか、てめぇ」
 案の定、俺の背後で仁王立ちしていたのはムツだった。傍にはミキが心配そうな表情で控えている。いつの間に戻ってきて俺達の話を聞いていたのか、ムツは整った顔立ちを盛大に怒りの形に歪めて、頑なに腕を組んでメグを睨みつけていた。その眼光のあまりの鋭さに、自分に向けられたものじゃないとわかっていても尚、俺は背筋が凍りそうになってしまう。
 普段へらへらしているくせに、たまにこうして異常なくらい険しい顔をするのは反則だ。
 まして向けられているメグは、尋常じゃない恐怖を味わっているだろう。
「な……何が、」
「何がじゃねぇ。お前のさっきの台詞は聞き逃せねぇっつってんだよ。今ユキに何つった、メグ? 『彼女僕に好意を抱いた理由が理解できません』ー? 阿呆じゃねぇのか、お前。殴られてぇのかよ、ぁあ?」
「そんな……殴られたくはないけど……」
「別に、お前がてめぇのことをどんなに卑下してようが、それが慇懃無礼みたいで俺が苛々しようが、んなことは悪いけどどーでもいいんだよ。お前がどんなに自分のことを魅力のないカス野郎だと思っていたところで、俺にはこれっぽっちも関係ねぇ。……だけど、それで彼女のことを全否定するのは納得がいかねぇな。自分を何様だと思ってんだ、お前。浜野様恵様メグ様か? 笑わせんな」
 日頃のへらへらした態度からじゃ想像できないが、ムツは久々にマジになって怒っているようだった。
「そんなこと思ってないって」
「思ってなくたって、そう思われても仕方がないことをお前は言ってるんだよ。……お前が自分をどう思っていようとそれは自由だ。女々しかろうがおせっかいだろうが生真面目で融通が利かなかろうが堅苦しかろうが、んなことは知らん。けどな。――そんなお前のことを理由はともあれ好きになった、彼女の立場はどうなるんだよ?」
「――」
「お前が優男で草食系だと思ってるその男を、彼女は本気で好きになったんだよ。その気持ちを軽々しく侮辱すんな! ろくすっぽ恋愛もしたことないようなお前に、彼女の気持ちの何が理解できんだよ! もちろん俺だってできない。できないからこそ――せめて、彼女がメグを好きだっていう、その気持ちだけは尊重したいと思うけどな」
「別に、侮辱してなんか……」
「してんだよ。そのつもりがなくともしっかりばっちり侮辱しやがってんだ。お前は無意識の内に彼女のことを全否定してるんだよ。『僕のことを好きになった心情が理解できません』だぁ? ざっけんな。そうそう人の気持ちが理解できてたまるか。んなことは当たり前だ、当たり前のこと言って、訳のわからん悲劇のヒーロー気取ってんじゃねぇぞ。そのヒーロー気取りのために、彼女の想いを易々と否定するなッ!」
 最後にもう一発、そうまくし立ててからメグの顔面を殴ると、ムツはさっさとさっぱりした表情に戻ってまた腕を組んだ姿勢になった。「さて」、元の軽い口調で言って、ムツはメグを見下ろす。
「まぁ、説教はこのくらいにしてだな。そんな訳で話は大体聞かせてもらった! つまるところメグが思ってるのはこういうことじゃねぇのか? 自分は彼女のことを何一つ知らない、と」
「……そうかも知れない、けど」
 転がった眼鏡を拾い上げてかけながら、メグは小首をかしげた。殴られたところがわずかに赤くなっているのが痛々しいが、殴った音を聞いた限りムツも手加減しただろうから、痣になって残ったりはすまい。
「それなら、彼女と一回ちゃんと会って、彼女とたくさん話もして、……彼女がどうしてメグのことを好きなのか、その理由も含めて、彼女のことを色々と知る努力をするべきだな!」
 手を腰にやってエラソーな格好をし何を言い出すのかと思ったが、言ったことが案外まともだったため俺はへぇ、と少しだけ感心した。たまには正論も言えるんじゃないか。いつもそうだと大変助かるんだが。
「でも、知る努力をって言ったって、一体何をすれば?」
 また桜色の封筒と便箋を弄って、メグは拗ねたような口調で言う。
「デートをしろ」
 そしてそんなメグに、ムツの解答も実にシンプルなものだった。
 デート? と、メグだけでなく話を聞いていた俺とミキも、揃って頭上に疑問符を浮かべる。
「今日の放課後にする返事の中身は、別にイエスかノーじゃなくたっていいんだろ? 『思えば僕は君のことをそうよくは知らない。同じ学校な訳でもあるまいし、それは君にとっての僕もそうなんじゃないだろうか。ここは一つどうだろう、一度よくお互いを知ってから答えを出すのでは駄目だろうか?』とか何とかな。言って、デートに誘え。そんでそのデートで、相手が自分の条件に適う子なのか、じっくり見極めろ」
 まさしく正論だった。
 よくよく考えてみると、お互いをよく知りもしないのに付き合うか早々に結論を出してしまうのは確かに変な話だ。付き合う可能性のある相手くらいじっくり見極めていいと思うし、それから結論を出すんでも遅くなさそうである。
 自分だって誰とも恋愛したことないくせに、言うことがあまりに経験者じみていたので、俺は割と面食らってムツを見上げていた。
「とまぁ、そんな訳で、」
 その辺に転がしてあった練習用のボールを取り上げると、メグに向かって投げてムツは言った。不意のことに驚いた様子でメグはボールを受け止める。
「その辺りで話つけるんでどうよ? 彼女の方だって、本気でお前を好きになったってんなら断わりはしないはずだからな、気楽に誘ってみろ。……メグも男の端くれだろ。もう中学も二年生だ、そろそろデートの経験の一回くらいあっても早いこたぁないし、好みのタイプだっていうなら尚更がっついとけ。彼女も喜んでお前もいい経験できて一石二鳥だぜ」
「……ムツ、」
「あーそれと。変なところで自信喪失するなよ? お前はそういう奴だからな。……この案は確かに俺の考えたものかも知れないけど、放っておいてもメグなら二日ありゃ辿り着けた答えだと思うぜ。自信持って、自分の意見として彼女に言えよな!」
「……わかった」
 最終的にメグはうなずいた。それは今までの戸惑いに満ちた頼りないものじゃなくて、いつものしっかり者のメグがする確かな首肯だったから、見ている俺も一安心といったところだった。
「じゃあ、あとは放課後を待つばかりだな! ……今日一日くらいはぼへーっとしてても見逃してやるけど、言うこと言ったらしっかり気持ち切り替えて、明日からはちゃんと普段通りやってくれよ? メグがボケボケしてっと俺達のチームは正常に機能しないんだ」
「そんな、チームリーダーはムツじゃないか……」
「俺は形だけ、形式上。お前は俺の右腕、陰のドン。つまりお前がちゃんとしてくれなきゃ困んの。You see?」
「……はいはい、I see」
 勝手なことをムツに言うだけ言われ、メグは困ったように苦笑する。
 ひとまず迷いは断ち切られたらしいな、と俺はその苦笑いを見て思った。あとはそれが放課後と、その先へ繋がればいいんだけどね。
 ……これがムツなら全力で妨害するんだが、メグは――こういう言い方は好きじゃないけれど、俺のれっきとした、そう、大切な一友人である。それが本人の望む恋路なら、陰からながら応援したいものだ。
 今日の放課後が楽しみな一方、ちょっと緊張もしてしまうのは、他人事でありながら決して他人事では済ませられないからだろう。あっさり他人と言い切ってしまうには、俺にとってメグは心理的距離が近すぎるからな。
 嗚呼、神様。ちっとも信じてないけど、もしいらっしゃるというのなら、できることならば、メグの挑戦が上手くいきますように。

 自分のことみたいに妙な不安を感じつつも、とりあえずは一歩前進だった。


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