昔話をしよう。
 今だって学生で、大して褒められるほど大人でもないが、それにしたって思春期真っ只中の学生の癖ってのには恐ろしいものがある。と、当時中学一年生だった俺は度々思っていた。その癖なるものには色々あって、例えば……そう、みんながやっていることはとりあえず自分もやるとか、マラソンの時に「みんなで一緒に走ろうね」と言うとか、テストの結果を見せないのは悪い時は当然としていい時も見せにくいだとか、コンビニ行くとついつい週間少年ジャ●プを立ち読みしちゃうとか、道端に落ちている妙に雑誌っぽい紙は何故か覗き込んじゃうとか、電車の中吊りのやばそうな部分ばかりに目が行くとか、エロい話題は聞かぬ振りして耳をそばだてたりだとか、そんな感じだ。
 と、思う。
 というか、こんなことを書いている時点で俺がそんな奴なんだと思われそうだな。みんながやっていることはとりあえず自分もやって、マラソンの時に「一緒に走ろうぜ☆」と言い合って、テストの結果は健やかなる時も病める時もそっと机の中に隠して、コンビニ入るとふらふらっとジャ●プ最新刊を立ち読み、道端に落ちている妙に雑誌っぽい紙を傘で突っつき、電車の中吊りはやばそうなものを選んで見て、教室で繰り広げられるエロトークに聞かぬ振りしてそっと耳を……げふんげふん。
 語るに落ちるな、俺。話を逸らそう。
 で、違う。別に俺はここで俺のよからぬ性質を晒したい訳ではない。断じてない。ただし、上の俺のギリギリな告白を見て何かに失望をされた方がおられるのならば、それは真に遺憾だと言っておこう。どんなに達観したものの言い方をしていようと俺だって所詮は思春期真っ只中の一男子だし、それは今だけでなく、中一だったあの頃もまさにそうだ。というか、俺だけにとどまらず、思春期の生き物ってのは大概「そんなもん」なんである。
 それを、俺だけに失望されても困ります。
 ……言い訳臭いな。
 で、何が言いたいかって言うと、そんな失望されかねない「学生の癖」によって、このあまりにもしょぼい事件は起こった、ということだ。だから、俺は正直この小説をそんなつまらないことでと怒る親には読ませたくないし、そんな奴等が読んで楽しいものだとも思わない。ここから先を読んでくれるのは、色々発展途上の学生の心を理解してくれる心強い同志達と、理解力のある「かつて学生だった人」だけで充分だ。
 そう、これは、今の俺からすれば失望してしまう「学生の癖」がきっかけの話――





チェーンメール


 で、早速共感を求めようとして悪いが。
 机の上とかに放ってあった携帯電話が、着メロだろうとバイブだろうと、とりあえず鳴ったら気になって、手に取って見てしまわないか?
 それがかったるいテスト勉強中ともなれば尚更だ。この時の俺がまさにそうだった。学園祭を二週間弱後に控えた十月の初め、まだ経験も足りない中一の俺は、机の上に教科書と一緒に置いてあった携帯電話を、バイブが鳴った瞬間にほとんど無意識で引っつかんでいた。勉強から逃れる理由ができてこれ幸い、俺はシャーペンを投げ出し小型ディスプレイに映されているメール(俺はメールのみバイブがなる。電話は着メロ)の差出人の名前に視線を落とす。

『野瀬睦』

 ムツか、と俺は声にせず心の中で呟いた。野瀬睦、通称・ムツ――名前の「あつし」を「むつみ」と読んだだけの超単純ニックネームの持ち主、同じバレー部に所属する同輩で且つ練習チームのチームメイト・セッター、面食い女子が刹那もおかずに飛びつきそうな極上イケメン面を持つクラスメイトからのメールともなれば、どうせ大した内容でもないんだろうが、勉強をサボれるならこの際別に構わない。うん、もう三十分勉強したし。休憩も大切です。
 俺は折り畳み式の携帯電話を開いた。
 液晶に映されたのはこんな文面。

『迷惑なのはわかってるんですけど、本当にごめんなさい。
 私は今、東京の女子校に通ってる中学一年生です。ついこの前、兄の通っている学校にたまたま行った時にある人と出会って……軽く挨拶したくらいで特別話をしたとかじゃないんですけど、凄く好きになっちゃって困ってます。どうにか話したいんだけど、でも兄に迷惑をかける訳にもいかないし、それで、兄の携帯にアドレスが入ってたその学校の人にこうしてメールを送ってます。
 本当に好きなんです。
 もしかしたら私のことを覚えててくれてるかも知れなくて、だから、その人にこのメールが届いたらいいなと思って。
 なので、よければ協力してください! このメールを、同じ学校に通ってる三人の人に送ってください!
 もしかしたら直接話したら早いんじゃないかとか、思ってる人もいるかもしれません。でも、私、それはできないんです。こういう手段でしか、その人に近づけないんです。すっごく馬鹿みたいだけど……
 お願いします。』

 ……チェーンメールですよね、これ。しかも露骨な。
 ちなみに俺的チェンメの見分け方は「〜人の人に送ってください」ないし「できるだけたくさんの人に送ってください」と書いてあるか否かだ。部活とかクラスとかの連絡網は別。それは、自分で把握できるから外して良し。
 元々この学校に入学してから、こうして回ってくるチェンメはかなり多い。背筋が凍るような怖い系から信用不可能な幸せになるらしいもの、送ると画像見られるよ♪ みたいな非現実的なブツ、またちょっとエロいやつまで、百花繚乱だ。つい最近回ってきたのは「うちの学校で新しい校則ができた!」「五人に回さないと退学になる!」とかいうヤツだったが、「一条・登校時は制服を着用のこと。特別に全裸で来る時は許可を得る」を始めとして、「三条・バナナはおやつに含まない」とか「八条・もち肌停学」「九条・イケメン退学」、「十三条・遅刻三回は遅刻二回と見なす」「十四条・校内暴力も遅刻二回と見なす」というありえないもの、「十八条・線から出ない」とか訳のわからないもの、「二十条・ハゲは控えめに行動する」「二十五条・ハゲは控えめに行動する」「三十条・ハゲは控えめに行動する」と間にいくつか別の規則を挟んで繰り返し出されているもの(しかしこれを書いた奴はどれだけハゲが好きなんだろう)、などなど馬鹿じゃないかというような校則が連なっているものだった。ちなみに、これはあまりに面白かったから回した。
 まぁ、学生なんてそんなもんだ。
 メール一通送るのにかかる金なんて高が知れているし、面白いやつや回さないと怖いものは、このくらい大丈夫だろうと軽い気持ちで回してしまう。軽率だと大人には怒られるが、そもそも誰がどんなメールを送ろうが自由という考えが俺達学生の間にはある。特に迷惑になることでもないんだから、送りたければ送ればいいし送りたくなければ送らなきゃいいんだ、みたいな。
 もっと酷い奴だと、面白がってこういうチェンメを研究し積極的に回している奴等だってうちの学校にはいる。ちなみにそいつ等は「チェーンメール研究同好会」を作ろうとして学校側から非難されたとか(先輩情報)。
「しかし……好きな人探しか」
 一体こんなメールを作る奴は何を考えているんだろうと心の底から思う。こんな内容で実は送り主がおっさんだったり同い年くらいの野郎だったりするから尚更幻滅だ。もしこれが本当に女子で、しかも可愛い子だったらまぁ、協力してやらないでも……
 でも、それで協力するにしろチェンメってなぁ。
 阿呆じゃないか、その子。
「ついでに……つうか、それよりも何よりも、」
 おっさんだろうとチェンメ同好会の野郎だろうと可愛い女の子だろうとこんなものを送る送り主は問題だが、それはともかくとして、どうだろう。そんなチェンメを回してしまう方にも問題があると思うんだが。
 俺は携帯電話のアドレス帳からとある電話番号を呼び出し、迷いなく電話をかけた。今月の通話料はまだそんなに使っていなかったはず。大丈夫大丈夫。
「おいーっす。ウチの可愛いユキちゃんですか?」
 で、繋がったと思ったら電話の向こうから聞こえてくるのん気な声。
「ユキちゃんって呼ぶなよ馬鹿。殺すぞ」
 とりあえず、俺は電話をかけた相手であるムツにそう突っ込みを入れた。ユキというのは俺のニックネームで、読みも字面も女々しい俺の名前を見て他でもないムツがつけたものだ。
「お前もいちいちジョークが通じないよな……アメリカに行ったら笑われんぜ?」
 電話口でムツは、そう言ってため息をこぼす。イケメン故やたら様になるムツの呆れ顔をその声から想像しながら、俺は肩をすくめた。俺にアメリカに行く予定はないぜ。残念だったな、ニヤケハンサム野郎。
「それは褒め言葉だって思っていいのか?」
「いや、完璧けなし文句だ」
「あっそ。冷たいこと言わないで素直に褒め言葉って言えよ、ちょっとツンデレ気味な可愛い俺のユキ嬢ちゃん」
 てめぇ……
 とまぁ、もう社交辞令みたいなものになってしまっている漫才をいつも通り終わらせて、俺は電話した本題に移る。くそ、今日も一分くらい通話料を無駄に使っちまった。
「お前、さっきチェンメ回しただろ。俺に」
 言うとムツは、おっと、と小さく笑った。
「好きな人を探してるんですとかいう例の胡散臭いやつだよな? いや、俺もついさっき回ってきたんだけどさー。もう見たんだ、ユキ? 早いな。お前、テスト勉強サボってんの?」
 いーえ、してましたよさっきまで。そうやって人が一生懸命勉強しているのに何でチェンメなんか回してくるんだかね、こいつは。それも内容、胡散臭いと思うなら回すなよ……っていうか、
「俺にチェンメ回すなって言ったろ? パケ代がもったいない」
「でも、この前の校則のやつはユキ、すげぇ面白かったって言ってたじゃん。ああいうのはまた回せってさ。その時と今日とで言ってることが百八十度違うぜ、お前?」
「この前のは例外……」
「例外とか何とか、えぇ? 可愛い言い方で言い訳してくれちゃいますねぇ。何その口調、拗ねてんの? あとお前、パケ代もったいないとかけちくせぇ」
 お前、慣れない突っ込みするなよ。一体何ヶ所突っ込んだんだ、あんまり色々突っ込みすぎてて逆に切り返せないじゃねぇか。
「いいんだよ、何だろうとこの前のは例外。あと、別に可愛くない。つーか俺のこと可愛いって言うなお前、ムカつくから。それから拗ねてないし。ケチ? 何とでも言えよ、俺は無駄なことに金を使うのが嫌いなんだよ」
「……ムキになって全部突っ込み返すなよ、お前……」
 ……苦笑されてしまった。何か、すげぇ負けた気分。
「とにかく、」
 悔しいので言い返す。
「この前の校則のやつみたいな面白いのならまだしも、あんなくだらないチェンメは回すな。つーかそもそも、回ってきたやつはとりあえず回そうとか軽々しく考えてんじゃねーよお前は。お前みたいなのがいるから学校がチェンメ回すななんてプリント配るんだよ」
 真面目な話。
「あ、じゃあやっぱユキ、それ怒るために電話してくれたんだ?」
 が、いつも通り笑いながら何か言い返してくるかと思ったら、電話の向こうのイケメン面は思ったよりも真剣な返事を返してきやがった。ちょっと拍子抜けする。
「お前ならそうやってすぐ電話くれるんじゃないかって、思ってたよ」
 で、何を言い出すかと思ったらそんな言葉。
「……何お前、ちょっとマゾっぽい発言してんの?」
「別にそんなんじゃねっての。ただ、お前は変なところで真面目だから、きっと電話してくれんじゃねーかなってさ」
 そして、ユキ――と話を変えてくる。
「お前、さっきのチェンメ、どう思う?」
「……どう思うもこう思うもないだろ。お前がさっき言った通り胡散臭いし、馬鹿みたいだし。回す方もどうかと思うけど、送り主も明らか変だよな。チェンメで好きな人に届いてって――少女漫画の読みすぎじゃねぇの?」
「ふぅん。でも俺は、」
 それからムツは、ふっと笑って、俺が思わず馬鹿じゃないかと言いたくなる台詞を吐いた。

「何か――その送り主のこと、知ってるような気がするんだよな」


Next→



home

inserted by FC2 system