* * *

「知ってるような気がする、かぁ」
 翌日、学校へ行く電車に乗り合わせたムツ同じくのクラスメイト、同輩且つ練習チームのチームメイト・補助アタッカーの浜野恵――通称・メグにその話をすると、眼鏡とポニーテールが似合う長身のエセ優等生面は、そう言ってくすくすと笑った。
「ムツらしいね。何ていうか、それって凄いオーソドックス」
「笑いごとじゃねぇだろ……阿呆臭い」
「そうかな? 僕は笑えたけどね」
 お前は元々笑いのツボがおかしいからな。
 俺は肩をすくめる。
「で、お前そのチェンメ、回した?」
「まさか!」
「……だよな」
「そうだよ」
 同じようにメグは肩をすくめ返す。
「でも、それでユキはムツに電話するんだね。偉い。僕なんか無視しちゃった」
 だってテスト勉強中だったし、とメグ。こいつは俺やムツと比べて真面目な節がある。
「……でも偉いのか、それって?」
「偉いよ。何か、ユキはムツ思いだね。いつも思うけどさ」
「……別に」
 単純にあいつが俺のこと気に入ってるだけだろ。俺はそれに付き合っているだけだ、で、時々は気まぐれでああやって構ってやってるだけ。あの電話はそれこそ例外なんだ――
「あのさぁユキ。明日、テスト最終日だろ? 午後部活だけどさ、」
 と、あの後電話口で、ムツは俺にそう言った。
「別に夏の全国大会終わった後だし、サボれるしさ。あのチェンメの送り主、探そうと思って」
「……何で?」
「だーかーら、言っただろ? 何か知ってるような気がするんだよ、アレの送り主。で、探すんだ」
 探すって、どうやって。
 尋ねるとムツは、やたら自信たっぷりに答えた。
「あの文面見りゃわかるけど、あのチェンメ、うちの学校の人にしか回ってない訳だろ? で、俺に送ってきた奴、そいつに送ってきた奴、そのまたそいつに送ってきた奴……って辿っていけば、最初の送り主に到達すると思うんだよ。な、うちの学校だけならそんな人数もいないし、五人くらいさかのぼれば見つかると思うんだって」
「探してどうするんだよ」
「何か興味あるじゃん? あんなチェンメ回すような奴ってさ。それに、やっぱ俺知ってるような気がするから、そいつのこと。願わくば会って話す! 知りたいんだよ。私利私欲。知る権利の行使。プライバシーの侵害をしようとする意欲」
 最後の方、最悪だ。
「そうか。じゃあまぁ、ほどほどに頑張れよ」
 何か嫌な予感のした俺は、そう言ってさっさと通話を切ろうとした。するとムツが、電話の向こうで耳が割れそうになるほどの大声を上げる。
「何言ってるんだよ、お前も協力するんだよ!」
 ほぉら、嫌な予感的中……
 俺は舌打ちをしてムツに答えた。
「嫌だ」
「お前だけじゃなくて、そう、このメールメグにも送ったから、メグにも協力してもらってさ! 三人寄れば文殊の萌えだぜ♪」
「嫌だ」
「楽しそうじゃん! 俺前から一回くらいやってみたかったんだよ、チェンメの送り主探し! 折角のいい機会だし、ほら、何つーか、同じ送り主探すんだったら自分が知ってるっぽい人の方がいいじゃん? で、今回はそれで知ってるような気がするんだよ! 運命感じたんだって!」
 チェンメごときに何を運命なんて感じてるんだ、お前。
「嫌だって」
「はい決定ー♪ じゃ、また明日な! テスト頑張ろうぜ! あでぃおーすっ」
 ……。
 思い出すだけでため息が出る。何であの時電話なんかしたんだ、俺。例外で変な気まぐれ起こすなよ。
「本当、ムツは楽しいよねぇ」
 俺の傍らで、一通り話を聞いたメグは英単語帳をめくりながら再びくすくす笑う。
「いいじゃん、やろうよ」
 真面目っ子の優等生は、ついにはそんなことを言い出してしまった。
「ムツの言ってることは一理あるし。確かあれ、三人に回すんだったよね? 一時間に一回、送られた人が三人にきちんと回したとすると、五時間くらいで千人の人に送れることになるんだよ。nを時間として、三プラス三の二乗、プラス三の三乗……最後、プラス三のn乗、だね」
 ちょっと待て、頭が痛い。
 ていうかテスト前にそんな話するんじゃないって。
「千人っていうと、うちの学校の生徒、中高あわせて全員くらいだよね? つまり、五、六回辿れば最初の送り主に辿り着くんだよ。それくらいならいいじゃん」
 それくらいならいいのか? 俺は何かもっと根本的なところから間違っているような気がするんだが。
「いいじゃん、テスト後だし」
 メグは言ってうなずいた。
「正直僕もちょっと興味あるよ。チェンメの送り主を探してみようなんて、面白そうだと思うしね。部活もそこまで忙しくないし」
「じゃあお前等二人でやればいいだろ」
「え、ユキもやろうよ」
 挙句俺のことを誘ってくるメグだった。
「ムツじゃないけど、三人寄れば何とやら――だよ。もっとも、萌えじゃなくて知恵だと思うけど……」
 そこ、地味に突っ込むな。
「あっそ……」
 全く、俺の周りに普通の価値観を持っている人間はいないのかね。
 俺はテストが終わった後のあれこれを思って少しばかり憂鬱になると、ため息をついて手に持っていた英単語帳に視線を落とした。どうやら俺に拒否権はないようだ。流されやすい俺にも確かに反省すべきところはあるだろうが、どう考えたって振り回すこいつ等にも問題はあるだろ。
「運命ってねぇ……メタ小説じゃないんだから」
 テスト最終日って、こんなに憂鬱だったっけ。
 俺は車窓の向こうに広がっている、今の俺の心中を映したようなどんよりとした曇り空を見て、もう一度ため息をついたのだった。


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