* * *

「でも、ちょっともったいないような気もするなぁ」
 相模大野駅までの道中、いい加減午後の感じが強くなってきた太陽の光の下でメグが言った。何が、と俺達はそろってメグを振り返る。
「だって、ムツと美伊ちゃんだったらぴったりって感じがするし。何ていうか、王子様とお姫様みたいでさ。それに、」
「それに?」
「ミキの妹なんだし。気兼ねないだろ?」
 メグの少し残念そうな口調での台詞に、俺達はそろって笑った。確かにな、気持ちはわからなくもない。俺も、ムツと美伊ちゃんなら何となく上手くやっていけそうな気がしたしな。
「でもさ、美伊はアレでよかったんだよっ」
 しばらく笑った後で、ため息を混ぜてそう言ったのはミキだった。自分から来て欲しいと言った手前そのまま帰す訳にはいかないと、駅まで送ってくれるつもりらしい。
「アレでよかったって?」
「実はさぁ、すっげぇ惚れっぽいんだ。美伊の奴」
 ミキは言うと、美伊ちゃんによく似たその顔を豪快に歪めて苦笑した。
「もうこういうのだって十回以上目だぜ? しかも毎回、学年とか学校で一、二を争うモテ男! ……その上あんな弱気なクセして自分が絶対にゲットすると思い込んでるんだからね、もう、笑うしかないよっ」
 そうなのか。
 清楚な見た目してそんな過去を持っているとは、女の子はわからないな。
「どうせムツと付き合うことになっても、途中で飽きたと思うしね。むしろはっきり振られたのは初めてだから、これで少しは考え直すかも」
「はっ……だといーけど」
 本日人生で何人目かの女の子をふいにしたモテ男は、ミキの台詞にはシニカルに苦笑するだけだった。美女が惚れた男の顔は、見るとどことなく複雑そうだ。
「……なぁ、ムツ」
「んぁ?」
「どうしてお前、振ったんだ。美伊ちゃんのこと」
 二、三歩先を行っていたムツに並んで、何気なく尋ねてみる。何で、とムツは不可解そうに眉をひそめた。
「いや、」
 俺は言うべきか言わざるべきか少し悩んだ後で、意を決して言葉を唇に乗せた。
「メグが言ってたのと、大体同じ理由。お前と美伊ちゃんだったら、きっとお似合いだっただろうな、とかさ。それに美伊ちゃん、ムツのいつも言ってる好みなタイプでもあるだろ、ぶっちゃけ。……なのに何で付き合わないのかな、とか思ったから」
「ふぅん」
 ムツは言って、しばらくの間何かを考えるようにして黙っていたが、やがて口を開く。
「まー確かに、俺のタイプではあるよ、美伊ちゃんは。可愛いよな。流石ミキの妹って感じ。性格も申し分なさそうだしな……」
「じゃあ……?」
「強いて言うなら、そこなんだよ」
 ムツは複雑そうな顔のまま、頭を掻いた。
「ミキの妹で、ミキと似てるから……どーにも、ミキと重ねそうな気がしちゃってさ。それじゃ、申し訳ないなって思ったから」
「……ムツ」
「俺はさ、ミキが好きだよ。ミキが男じゃなかったら、多分ミキに告る連中の一人になってたんじゃないかな、とか思うこともある。別に、男としてのミキが嫌って訳じゃねーけどさ? その可愛い顔で下ネタ平気で言っちゃうところとかも、好きだし」
「……」
「だからこそ、だよ。ミキに似ている美伊ちゃんは、確かに俺好みで、好きになれるかも知れない。でも、その『好き』は、美伊ちゃんへだけの思いじゃ、多分なくなっちゃうんだよな。俺はそれじゃ、美伊ちゃんに失礼だと思ったから」
 ムツは言う。

「俺は、『お前だけ』って嘘偽りなく言える相手以外とは、ぶっちゃけ、付き合っちゃ駄目だって思ってるから」

「……怪しい台詞ぅ」
 冷やかすように、ミキが言った。そんなミキを振り返って、ムツはばーか、と左手の中指を立てる。
「人が折角いいこと言ってるのに冷やかすんじゃねーよ。ったぁく……」
「やー、でもまさかムツがそこまで俺のこと好きだとは思わなかったよっ。わははっ、来世で女に生まれたら付き合ってやろうか?」
「死ーね」
 言って今度は右手の親指を下に向けたムツは、もうすっかりいつもの笑顔。
「でもま、あともう一つ理由があるとすれば……」
「何だよ、まだあるのか」
「いいじゃんよ、ユキ。……かんわいーいミキ嬢ちゃんを『お義兄さん』って呼ぶことに、抵抗があっただけだよ」
「うっわー、ムツ酷ぇっ!」
「でも、ミキを『お義兄さん』って呼ぶ気には、確かにならないかも」
「うわーん、メグまでそんなこと言うんだ! もういいよ、俺、来世は超格好いい男に生まれてくるから!」

 いつものように騒ぐ三人を後ろから見ながら、俺はぼんやりと、今日一日のことを思い返す。
 運命、か。
 果たして美伊ちゃんは、本当にムツがあのチェンメを回されて、誰かもわからない送り主の「自分」を探して、更には見つけ出してくれると、信じていたのだろうか?
 そりゃあ、少しは信じていただろう。そうじゃないとあんな迷惑行為とも取れる行動に走った理由が説明できないからな――が、だからといって、本気で信じていたとは言えないんじゃないだろうか。
 チェーンメールが自分の想い人に届き。
 その想い人が、自分を探し。
 そして二人は出会う。
 そんなシチュエーションを本気で信じていたなんて、俺にはとても思えない。人間っていうのは男であろうと女であろうと、ある程度は現実的なものだ。夢物語にも夢物語な展開に、全身の信頼を込めたりなんかしない。
 それでも――
 ムツは、名も知らぬ送り主を探した。
 探して、探し当てた。
「何か知っているような気がする」、そんな馬鹿馬鹿しい気まぐれで――誰も本気にしていなかった奇跡を、起こした。
 してやられた、か。
 本当にしてやられたのは、実は美伊ちゃんの方だったりしてな。
「無理すんなよミキ、俺はそのままのミキも好きだぜ☆」
「だーっ、それがムカつくって言うんだよーっ!」
「あはは。でも、僕もミキはそのままの方がいいかも」
「何!? メグのはムカつくって言い切れない謎の圧力を感じるんだけどっ!?」
 まぁ、兎にも角にもいずれにせよ。
 こういうムツみたいな人間がいるから、美伊ちゃんみたいな人間がいるのさ。
 夢を見るのは、夢があるから。
 若さ故の、夢見がち。
 きっと美伊ちゃんが信じたのは、ムツという王子様が自分を探し出してくれることじゃなくて――

 そんな少女漫画みたいなことが起こりうる、世界。

「おい、ユキーっ! ユキはどう思うよ? ミキのこと!」
「俺、来世は絶対絶対ぜーったい、格好いい方がいいよなっ!?」
「僕はこのままでいいと思うんだけどなぁ……」
 気がつけば、先を行っていた三人組が振り返り、俺を待ってくれている。
 さて、どう答えるべきかね。
「俺? 俺は――」
 まぁ、今日くらいは。
 こいつ等に付き合って、青春小説みたいに騒いでやっても、いいか。

「ミキ、俺と付き合わないか?」


[チェーンメール 了]
[読了感謝]


参考URL:チェンメ屋

(敬称略)



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