* * *

「ちょっと会って欲しい人がいるんだ」
 というのが、俺達を学校から連行したミキの言い分だった。制服に着替えたミキは俺達三人より少し先を歩きながら、駅までの道で電話をかける。相手がどこの誰かはわからなかったが、「じゃあ、そこにいて。出かけるなよ」と言ったところから察するに、ちょっと会って欲しいというその人らしい。
「誰?」
 電車の中でメグが幾度となく尋ねていたが、ミキはその度に首を緩やかに振った。
「確証がないから今は言えないけど。多分、そのチェンメの送り主だろうって人」
「……別に、誰だか教えてくれたらそれでいーんだけど」
「会って欲しいんだよ。特にムツに」
 俺に止められたことが気に食わないらしいムツが不機嫌そうに言っても、ミキはそう答えるだけだった。
 誰に会わせる気なんだろうね。

 そんなミキに連れられてやってきたのは、ミキのホームである相模大野駅だった。ミキは俺達に改札を抜けるように言って駅を出ると、携帯電話をいじりながらほんの少し急ぎ足で歩き出す。
 そうして辿り着いた目的地は、駅から徒歩十分くらいのところにあるミキの自宅。
「上がって」
「服部」と表札が挙がっている一軒家の門を開けて、ミキが言う。促されるままに敷地に足を踏み入れると、ミキは俺達をそこで待たせたまま一人玄関から入って、ただいまっ、と声を張り上げた。
美伊みに、ちょっと降りてきてっ」
「……   」
 ミキの呼ぶ声に誰かが家の奥から答えたが、よく聞き取れなかった。一体誰を呼んだのか首を傾げる俺達を数十秒待たせて――
 その声の主が出てきて、俺達はそろって驚くことになった。
「……」
 玄関からミキと共に姿を現したのは、唇をぎゅっと締めて頬を軽く紅潮させた、ミキに匹敵するかそれ以上の美女だった。年は恐らくミキ、そして俺達と大して変わらないだろう彼女は雪のように肌が白く、色素の薄い髪をショートに切りそろえている。ひらひらとしたワンピースが、その可憐な見た目に合っていて何とも愛らしい雰囲気をかもし出していた。緊張気味な表情のため想像するしかないが、笑顔の一つでも浮かべれば芸能事務所の一つや二つが飛びついてもおかしくない外見だ。
 ミキは彼女をこう紹介した。
「これ、俺の妹っ。双子の」
 ……。
 えぇええぇぇえぇぇっ!?
「ミキの!? 双子の妹っ!?」
「二卵性だけどね」
「いやっ、男女の双子なんだから二卵性なのは当然……だけど、えぇっ。でも似てるっ……」
 絶叫するムツと、動揺を隠せないメグ。俺も面食らってしまい、ミキの妹とやらをまじまじと見ることしかできなかった。というか、似ている。そう言われてみれば、二卵性であるにも関わらずミキにそっくりだった。
 ……つーかミキ、妹いたのか。
「……美伊です」
 ここにきてやっと、妹ちゃんは言葉を話す。相変わらず硬い表情だったが、出てきた声は風の鳴るような控えめで綺麗な声だった。ますます驚く。
「へえぇ……へぇっ。何コレ、すっげぇ可愛いじゃん。いいなミキ、こんな妹がいるなんて初めて聞いたし」
「話してなかったっけ?」
 驚いたように美伊ちゃんをまじまじと見ているムツにミキは平然と答えるが、全く聞いてない。初耳も初耳だ。
「で、さっきのチェンメ。……こいつが送ったんだ」
 えー……。
 もう驚きすぎて驚けなくなってきた、唖然とするというのはこんな状況を言うんだろう。何てこった。改めて美伊ちゃんを見る。睨むように頑なな視線を俺達に送っている彼女が、まさかあんな熱烈な文面を作っただなんてとても想像できない。
「そ……そうなんだ。へぇ。勇気あるな、お前の妹」
「納得するのはまだ早いよ」
 ミキはそう言うと、ため息をついて俺達にこう告げた。それがまた、更なる驚愕を呼ぶ。

「あの文面は、美伊の本気。……で、美伊が惚れたっていう相手は、他でもない、ムツ」

「…………ぇぇええぇぇえぇぇっ!?」
 今度は、三人そろって絶叫してしまった。
「俺っ!?」「ムツ……っ!?」「何でっ!?」
 ムツ、俺、メグ。
 その驚きようがあまりにもおかしかったのか、「そこまでびっくりしなくてもいいじゃんっ」とミキはくすりと笑った。
「美伊は、うちの学校近くの女子校に通ってるんだ。で、この前さ、ちょっとどうしても部活で必要なものがあってね……美伊が持ってたから、連絡して放課後に持ってきてもらったことがあったんだよ。こいつがムツを見初めたのはその時っ」
 ミキの口から衝撃の事実が語られていく。
「一応その時、ムツと目が合ってお互いに会釈くらいしてたと思うんだけどねぇ……まぁ、それで。俺が家に帰ってから、アレは誰かって美伊ってば質問攻め。その時点で多分、あーこりゃあ惚れたんだなーとは思ってたんだけど」
「……そういえばそんなこともあったかも知れないな」
 眉間にしわを寄せて考えるようにしながら、ムツはそう答える。おいおい、忘れるなよな、そういう重要なことは。
「で、何で美伊がチェンメを送ったのかについて話すよ」
 ミキはそう前置きをして、一度確認するように美伊ちゃんを振り返った。彼女は軽くうつむきがちになって、しかし上目がちに、俺達――否、ムツを見ている。
 それは恋する少女の目だった。
「美伊は俺から話を聞いて、自分が見初めた相手がムツだってこと、俺の練習チームメイトであること、B組に所属してること、バレー部に来る前は演劇部に出入りしていたこと、なんかを知った。それで当然、アプローチをかけようとした訳だけど……そもそも体育館でちょっと会釈をしただけの間柄だし、自分のアドレスからメールしたところでちゃんと見てもらえるとは思えない。そこで、俺の携帯から連絡を入れることにした。オッケー?」
「ちょっと待て」
 そこでムツが待ったをかける。多分、俺と同じ疑問を抱いているんだろう。黙って聞いていると、案の定ムツはこう言った。
「じゃあ何で、俺に直接メールしなかったんだ? 俺のアドレス、ミキの携帯に入ってんだろ」
「そこが美伊の悪いところ」
 ミキはその質問は想定内と言わんばかりに肩をすくめる。
「見てもらえりゃわかると思うけど、美伊、かなり人見知りが激しいし、恥ずかしがり屋さんでね……いざ送るって段になって、直接メールするのがたまらなく恥ずかしくなっちゃったんだ。そこで路線変更。ムツと関わりがあるだろうバレー部の連中と、B組の奴、演劇部の人達に、チェンメを送ることにした。……俺のアドレス帳は、クラスや部活とかでグループ分けしてあるからね、的確にムツと関わりある奴に送られてたのは、そういう理由」
 なるほど。これで、何故バレー部の一年生や演劇部の理音、B組の面子なんてピンポイントなメンバーにチェンメが送られていたのかの謎は解けた。
 しかし、ムツに直接メールするのが駄目だからチェンメって、どういう思考回路だ、それは……。
 詳細希望。
「いえっさ。……美伊はね、ああいう文面のチェンメを回すことによって、それがいつかムツのところに届くんじゃないかって考えたんだ。それで、メールを読んだムツが自分を探し出してくれるんじゃないかって、少女漫画的な展開を思い描いた」
 ムツがこういう性格でっていうのは、俺が話してたからね。
 ミキは言う。
「敢えて名前を出さないでああいう内容で――ならムツはきっと探してくれるって、読んだんじゃないの? まぁ、結果は美伊の思惑通りになったけどさっ」
「……」
「してやられたな、ムツっ」
 ミキはそう言っていたずらげに笑う。ああ、全くだな、ミキ。要するにムツは、そんな美伊ちゃんの描いたシナリオにぴったり当てはまったってことだ。
「で、携帯にそんなメールが残ってたら流石に俺が気がついて怒るから、送った直後にメールは削除。送り主になってるのに俺があのチェンメの内容を知らなかったのは、そういう理由」
 以上QED、とミキは笑顔ながらに吐息をこぼした。一通りの事情を聞いて俺達も感心するやら呆れるやらだが、恐らく一番呆れているのは他でもない兄であるミキなのだろう。
「美伊が俺の部屋から出て行くの見て、何したんだろうとは思ってたけど……まさかこんなことしてたなんてね。びっくりだよっ」
 案の定、ミキはそう言って肩をすくめた。俺達は顔を見合わせるしかない。
「そっか……犯人はミキの妹だったのか」
「すげぇ妹持ってるのな、ミキ」
「びっくりはこっちの台詞だって……」
「ちょっとちょっとっ、勝手に終わらせんなよっ」
 メグ、ムツ、俺。
 謎が解けて一件落着といった雰囲気のところに、ミキが待ったをかけた。
「で、俺がここにお前等を――特にムツを――連れてきたっていうことは、さ。どういうことだか、わかるだろ?」
「……」
 へらへらと緩い笑みを浮かべていたムツの顔から、その笑みが消える。そんなムツの正面で、ミキは隣に立っている己の妹の背中を押した。
「ほら、美伊っ」
「……無理だってばっ」
「無理とか言わなーい。折角俺がお膳立てしてやったのにさっ」
「でもっ……」
「もう色々バレてるし。恥ずかしがることないだろ」
 ミキに押された美伊ちゃんは、おずおずといった感じでムツの方へ一歩踏み出すと、うつむきがちだった顔を上げて上目遣いでムツを見た。ミキは小さいが、彼女はそれに輪をかけて小さいので、こうして向かい合って立つとムツとはかなりの差があるのがよくわかる。
「あの……っ」
「うん……」
「す……」
 頑張れ、美伊ちゃん。
 心の中で応援する俺の目の前で言い留まる美伊ちゃんの顔は、真っ赤だった。
「……すきです……」  聞き取れるか聞き取れないかくらいの小さな声でやっとその言葉が出てきたと思った時には、既に一分近くが経過していた。よく頑張った。ちょっと時間がかかりすぎだけどな。
 さて、次はムツが答える番だ。
「……ありがと」
 ムツは――
 そう言って、女子連中が騒ぎ立てる端整な顔に甘い微笑を浮かべた。
 それはムツが、自分に告白してきた相手だけに向けるもの。
 そして、その微笑がどんな返事の時に浮かべられるのか、こいつと半年も同級生をやっている俺は、よく知っている。
「気持ちは、すげぇ嬉しい」
「……」
「でも、ごめんな。付き合ったりは、できない」
 ほらな。
 ふと見ると、隣でメグも、美伊ちゃんの後ろでミキも、やっぱりという顔をしている。
「理由は特にないんだけど。怒る?」
「……」
 美伊ちゃんは黙って首を横に振る。よかった、とムツは笑った。
「美伊ちゃんが嫌いって訳じゃないぜ? や、むしろ可愛いと思うし、嫌いか好きかって二択なら、確実好きなんだけど。ただ、俺自身あんまり恋愛に興味、今のところなくてさ」
「……はい」
「ごめんな」
「……いえ」
 苦い顔をしつつも決して泣いたり喚いたり、すがったりはしない美伊ちゃんは健気だった。そんな美伊ちゃんに、ムツは再び甘い微笑を作る。
「わかってくれて、ありがと。……大丈夫、美伊ちゃんなら顔だけじゃない他にいい男、きっといるから。な?」
 振るつもりのクセにムツはそう優しく言って頭を撫でたりするんだから、ずるい。そんな風に言われてしまったら、例えどんなに未練があっても絶対に追いすがることなんてできないだろう。
「……はい」
 美伊ちゃんはうなずいた。うなずいて、微かに、本当に小さく、微笑んだ。
 それは俺が初めて見た、美伊ちゃんのしっかりした笑顔だった。

 かくして。
 ……俺はもう何度目になるかわからない、ムツが女の子に告られる現場を目撃することになってしまったのさ。


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