* * *

 色々と迷った末、俺が急に泣き出した学校のアイドルと言うべき超絶美人を連れて行ったのは、ここのところご無沙汰になっていた中庭だった。曜日によっては応援団部やバドミントン部が活動場所にしていることもあるのだが、今日は幸いなことにどちらの部員の姿もない。放課後の平和な時間を過ごしているらしいどの部所属か不明の生徒が何人か、本を読んでいたりゲームをしていたりするだけで、基本的に中庭は静かだった。時々そうした生徒の何人かが「何なんだろうねぇ……」とでも言いたそうにいぶかしげな視線を送ってくるが、まぁやむをえまい。プリンセス的美少年を隣で泣かせていたら否が応でも目立つからな。それでも、少なくとも二人きりの体育館においての同じ状況をうっかり目撃されるよりはマシと思う訳だ。恐らく俺がミキを苛めたとしか見えないだろう。そんなことになったら、逆上したミキファンに後ろから刺されたりしかねない。
 俺は乱れた呼吸に合わせて肩を揺らしているミキをベンチに座らせると、とりあえず自分もその隣に腰を下ろす。それから、未だ泣きじゃくっているミキの、次から次へと溢れてくる涙をぬぐおうとハンカチを制服のポケット中をまさぐって探したのだが、当然の如くハンカチどころか布切れ一枚発掘することはできなかった。困ったな。教室を出た時からずっと肩にかけっぱなしだったエナメルのスポーツバッグには部活で使う用のスポーツタオルが一枚、入っているには入っているが、朝練の後たっぷり汗を吸わせたそいつを差し出す訳にはいくまい。
 いっそワイシャツの袖でもちぎってやろうかと考えていると、肩に小さな重みがとす、と微かな音を立ててたくされた。見ると案の定、ミキがその額を紺のブレザーに押しつけてきている。どうやら再び、そこがミキの涙を受ける場所に選ばれたらしいと、俺は何ともむず痒い気持ちで遠慮がちなミキの泣き声を聞いていた。
「……何か飲み物でも買ってくるか?」
 ひたすらの沈黙、あるのはすすり泣きオンリー、こそばゆいミキの温もりつきという状況にいい加減精神的限界を感じた俺は、そう顔の見えぬミキに尋ねる。エジソンもノーベルも驚く天才的思いつきだと思ったのだが、ミキは俺にひっついたままゆるゆると首を左右に振った。
「じゃあ、購買で食い物でもいいけど」
 再びゆるゆると、否定。
「……メロンパンとか」
 こうなったらミキがうなずくまでありったけのアイデアを連ねようと、俺がそう考えた時だった。
「……っ俺……」
 それまで泣き声しかあげていなかったミキが、肩のところで久方ぶりに言葉を喋った。それは、心の中に溜まった何物かを搾り出すかのような声。
「俺……最悪だっ……」
 そんな声で紡がれた一言に、俺はミキにかける言葉を粗方失った。その時の俺の心情は、驚いたというより面食らったというに近い。何だって、最悪? 何が?
 ミキはやっとそこで顔を上げた。ぐしぐしと手の甲で擦った目は、両方とも真っ赤になってしまっている。それでも必死に涙を堪えようとしている様子のミキに、俺は彼が何かを言わんとしているのだと気がついて、黙って台詞を待つことにする。
「……俺がユキに付き合ってって言ったのは、このためだったんだ。この告白を断わる、ただそれだけのため」
 何とまぁ。
 少々、唖然とする。
「バレー部に仮入に行く前、学級委員の仕事とかで、生徒会室に行くことがよくあって……それであの人と知り合った。生徒会の会計なんだ、あの人。それで……だんだん俺を見る目が変わってくのがわかって……」
 彼が心をミキ一色で染めていると悟ったって訳か。ところでミキがバレー部に来る前は生徒会書記会計を希望していたというのは、俺達バレー部の一年生の中では有名な話である。学級委員なのも生徒会室に通っていたのもそういう理由からだろう。そしてさっきの彼は生徒会会計――なるほど、道理で見たことある顔だと思ったんだ。
「……ちょっと待てよ。あの人がミキを見初めて、いつか告って来るだろうからミキがそれを断わろうと思ったのはわかった。それはいい。どうして俺が出る番になったんだ? 普通に断われば、それで良かったんじゃないのか」
「駄目だよ」
 はっきりと否定の言葉が返ってきた。久々に、ミキの淡い栗色の頭が大きく動く。
「男として男を好きになるなんて、イレギュラーな想いはそもそも普通の人には起こりにくい。起こりにくい想いは――同じだけ消えにくいものなんだ。俺は、それをよく知ってる。『興味がない』とか『付き合う気はない』とか、そんな簡単な断わり文句であっさり消火してくれるほど、生易しい炎じゃないんだよ」
「……」
「『嫌いだから』とか――『他に付き合ってる人がいる』とか。そういう断わり文句じゃないと諦めてなんてくれない。だから……どうしても付き合えない、好きでいちゃいけない、そういう状況を作らなきゃならなかった。そのための、ユキだったんだ」
「……」
「そうでもしないと。……違うな、そこまでしないと。そこまでしないと、鎮火なんてしないんだ。あの人達の、想いは」
 今まで――
 一体今まで、この可憐なチームメイトはどんな生活を送ってきたのか、と俺は思いを馳せる。それは多分、俺が送ってきたような平々凡々な日々とは全く正反対を成すものだったに違いない。そこらの女子よりも少女らしい外見のミキ。男子としての親しみやすさも持ち合わせたミキ。明るくて無邪気で、可愛らしいという形容詞を当てることに何の戸惑いも感じさせないミキ。言い寄ってきた同性は、果たして何人いただろうか。決して少ない人数ではなかったと想像するに易い。出会った当初思わず陥落しそうになり、その後もことある毎に魅了され、付き合いまでしてしまったこの俺がある種の証明だ。ミキには俺達男にそうさせるだけの魔力があるし、それは今だけでなく、恐らくは今よりももっと女子と差がなかった過去、尚更だったのではないか――そしてそれを理由に近寄ってくるかつての友人を、ミキはどんな目で見ていたのだろう。
「そもそもが間違いなんだよ、俺のこと好きになっちゃうなんてさ。その想いは、何が何でも忘れさせなくちゃならない。俺に対してそんな想いを抱いたことが間違いなんだって……気づいてもらうためには、ただ断わるだけじゃ――無理なんだよ」
 間違い。
 自分を大切に思ってくれるそれが、全てが全て間違いだなんて。
 そうか、と俺は気がつく。ミキはつらいのだ。相手が大事に暖めてきた想いを、自分のたった一言と小さな都合とで粉々にしてしまうのが、たまらなく苦しいのだ。はっきりと諦めてもらわなければならない、そのために試行錯誤を繰り返して、実行するのが、この上なく。
「でも……だからって、そのために。友達を利用して、口実にするなんて――最悪だよ。俺が傷つけたくないのは、ユキでも同じなのに、なのにこんな、こんな……酷すぎる。俺は自分のことを善人だとか自惚れて思ったことはないけど、でも、そこまでじゃなくても、ぶっちゃけた話『いい奴』だって思ってたんだ。善良だと思ってたんだよ。なのにっ……最低だ」
「……ミキ」
「人を自分のために利用するなんて、鬼畜か外道のすることだよ。俺はっ……俺は、俺がそんなことをするような奴だって、思われたくない、思いたくない! 俺の中身がこんな酷いものだったなんて――違う。本当は知ってた、けど……」
 やっと収まりかけていた涙声を復活させながら、ミキは俺を見ないまま吐き捨てるように言う。
「人の想いを平気で踏みにじって、人を平気で傷つけて、利用して、使い捨てて、そいでいてのうのうと生きている嫌な奴なんだって、本当は知ってたけど……信じたくなかった。俺は『いい奴』でいたかったし、そうじゃなきゃ駄目だった、はず、なんだっ。なのに――」
 ミキは言う。

「自分がこんなにも最低な生き物だったなんて、信じたくない」

 可憐であることを求められるミキ。
 無邪気であることを望まれるミキ。
 少女のようにあることを願われるミキ。
 善良であることを――強いられるミキ。
 俺はそこでようやく、ミキを支配し泣かせまでしているものが俺達が作り出しミキが思い込んだ呪縛であることに気がついた。男として性を受けたにも関わらず、周囲はミキにそれと正反対のことを望み、ミキも全力でそれに応えようとする。いつも笑顔を求められ、それだけでも充分つらいだろうに――考えもしなかった。ならば同性から想われることなど、ミキにとって最高の苦痛であるのは至極当然だ。
 望まれれば、ミキはそれに答えようとしてしまう。
 自分を殺してまで。
 本当は――いい奴だから。
 善良であろうと自分に強いることができるくらいに、いい奴だから。
「……そうか」
 俺の本当の役目は――こいつの友達としての俺の役目は、呪縛をかけることじゃない。そのミキの呪縛を、解いてやることだ。
 人に対しいい面ばかり見せなくてもいいように。
 可憐でも少女でも無邪気でもなく、あくまで自分の意思で、思いを言葉にできるように。
 それが――一度は恋人のポジションを与えられた俺が今、すべきことなんじゃないか?
「ミキ」
 しっかりとした意図を持って口を開くと、ずっとはっきりした声が出た。
「何……?」
 ミキは潤んだ瞳を頼りなく俺の方に向けてくる。
 このままじゃ駄目だ。
 強く、そう思った。
「えっとだな……ミキが嫌な奴だとか、何だとか、そういうのはとりあえず、ありえない。俺はミキがいい奴だってことはこれまで一緒にいて、よく……ではないか。でも、それなりに知ってるつもりだし、つーかそれは俺だけの話じゃなくて、多分ムツもメグも、まぁ二人からそうだって聞いた訳じゃねぇけど、そう思ってて……」
 ところがその思いばかりが先走って、口から上手く言葉が上手く出てこない。俺は普段授業中を中心に眠ってばかりでゲームにしか使用先のない脳細胞をフル動員して台詞を探したが、うっかりするとミキが更に落ち込みかねない単語を口走ってしまいそうになり、もどかしいったらありゃしなかった。どうでもいい時は自分でもため息をつきたくなるような気障台詞が浮かぶんだがな、涙目うるうるミキが俺の神経を麻痺させているからか、頭はヒートするばかりで、結局どの台詞も尻切れになってしまう。
「つーか、そこまで相手のことを思いつつっていうのはミキならではで……ならではって言い方もおかしいけど、その時点でミキは充分いい奴だし。誰だって、そう、今日ミキが断わったあの人だって、ミキがそういういい奴だってわかってるから、言い訳とかしないでも、うん、その、普通にミキらしく主張したって気にはしないっていうか。怒ったりとか、傷ついたりとか、落ち込んだりとかはしないと思う訳で、」
「……」
 呆れたような目で見られてるかもな。それが怖くてミキを直視できなかった。
「だから……そうだな。うん」
 最後の方は頭にこめかみの辺りから物理的ショックを加えつつ口を開いたのだが、よくわからない接続詞や感嘆詞が出てくるだけで、結局馬鹿に難しい顔をするだけして黙り込むことになってしまう。この頃の俺はまだ戯言を充分に吐けるほどの経験も能力もなく、俺とミキの間には痛い沈黙だけが続いた。
 ミキがこう言うまでは。
「もう、いい」
「……は?」
 隣からやけに明るい否定の声が聞こえた気がして、俺はその方を振り返った。そこではミキがまだ赤い目を、涙を溜めつつ精一杯笑わせている。
「もう、いいよ?」
 いいって何が。
 言葉が出なかったもどかしい気持ちのまま、つい苛ついた口調で言いそうになった時、俺の唇を何かやわらかいものがゆっくりと制した。見るとそれはミキの白くて細い束ねた人差し指と中指で、俺が何かを口にすることをやんわりと拒絶している。
 それを見て、俺はああ――と思った。
 いつものミキだ。
 察しがよくて明るくて元気で、楽しそうに笑う顔が印象的な、俺達のチームマネージャー。コマドリのようによく動き回って、みんなを幸せな気持ちにさせてくれる――誰にとってものよき理解者。
 すなわちミキは気づいたのだ。俺がどんなことを言わんとしているのか。どうしてこうも歯切れの悪い口調で何かを伝えようとしているのか。煮え切らない俺の言葉と態度を見れば、この状況下でのそれを想像するのはミキにとって決して難しいことではないはずだ。そうしてミキが思い至った場所は、今俺が存在しているところとほとんど同じに違いない。
「……うん」
 うなずくことで、やんわりとその指先を振り払う。落ち着いたら言葉も出てきた。やはり、言うべきことを言うのは俺の役目なんだ。
「でも、最後に一つだけ、いいか?」
 前置きに、何、とミキはまっすぐ見つめ返してくれている。
 思いついた台詞が急に恥ずかしくなってその視線を受け流しながら、俺は若干しどろもどろになりつつそれを口にした。
「そもそもマジな話、俺は今回そこまで酷いことをされたんかな?」
「……ふぇ?」
 それはミキにとって、かなり意外な一言だったらしい。それでなくても大きな目が皿のように丸く見開かれるのがわかって、思わず苦笑しながら俺は続けた。
「メロンパン食わしてもらって、付き合うことになってさ。一緒に行き帰りしたり、ムツやメグに秘密でその……こういうとちょっとアレだけど、いちゃついたりさ。俺はミキといて楽しかったし、喜ばしかったし、相当いい思いをさせてもらったと思うんだよな。……ミキは利用しただとか言うけど、ミキがどういうつもりで付き合おうって言ったのかはさておき、俺は――充分楽しかったぜ。それは、ミキが初めから『言い訳にするつもりで』って言ってきてたところで、同じだったと思う」
「……ユキ?」
「だから、さ。ミキは無理して自分を殺さなくても、いいと思う。例えばミキが偽りなく振舞って……俺に対して付き合う理由を黙ってたみたいに何かを偽るなんてそんなことしなくても、それで誰かが傷ついたりすることは、多分ねぇよ。ショック受けたり、軽く落ち込みくらいはしてもさ……告って思いっきり『興味ない』とか『嫌い』だとかって振られても、多分相手はミキを恨んだりしないはずだ」
 ミキは俺を見つめている。
 俺もミキをまっすぐに見据えた。

「そのままのミキでいいから。な?」

「……うんっ」
 そう大きくうなずいてみせた笑顔のミキは、偽ったところの一つもない、俺のよく知るいつものミキだった。思えば今回の一件、ミキは最初のあの時からおかしかったのだ。挙動不審並みに落ち着かない様子で俺を呼び出したあの時のミキは、確かにミキじゃなかった。従って、それに連なる九日間も、言ってしまえば間違いみたいなものだったんである。
 しかし、間違いだったとしてもそれでいい、と俺は思う。
 だってそうだろう? いつものあるべき姿を取り戻すための間違いだったら、いくらでもあって然るべきなのさ。

 * * *

 ここから先は後日談。
「へーぇ、道理で妙な風に仲が良いと思ったら、そんなことがあったのか」
 昼食のサンドイッチを口に押し込みながら、ムツがにやにやとした笑いを浮かべてそう感想を述べた。本日学年全体の親睦と釘打った遠足、観光バスで東京見学に来た際の、昼下がりの上野恩賜公園での会話である。俺とミキが別れた――そもそも本当に付き合っていたのかという疑問は残るが――翌日のこと、俺達は二人そろってあの十日間の話を遠足バージョンの昼食での暴露トークにしたのだった。あえて話すことでもないのかも知れないが、下手に隠しておくのもどうかと思ったのである。後々妙なところからバレて変な勘違いとかされても嫌だし、弁当のスパイスにでもして笑い話になるのならそれもまた一興だ。案の定、ムツもメグも大層面白そうに俺達の話を聞いていた。
 ……ミキの話は事実よりも一.五倍でかくて、その度俺が修正する羽目になったけどな。まぁ、笑えたからよしとする。
「でも、言い訳のためにわざわざユキと付き合うなんて、ミキって結構大胆だよね」
 とは、いつもと内容も形も大して変わらぬ弁当をつつきながらのメグの談だ。確かにな。いきなり体育館裏に連れ出して「付き合って」とは、今から思えば場所が男子校だっていうのに随分と大胆不敵である。
「っとりあえず断わらなきゃって必死だったんだってばっ」
「必死故に俺を利用したんだよな?」
「あぁもぅっ、それは言うなよっ!」
 メグと俺の両方から苛められて、ミキは海苔の巻かれた手作りと思しき握り飯にかぶりついて「意地悪ー」とその頬を膨らませた。そのあまりにもストレートなむくれ具合に、俺達はそろって爆笑する。
「しっかし、言い訳に利用されたとはいえ、このかんわいーいミキ嬢と九日間も付き合ってしまうとはなー。畜生、羨ましい奴めー」
「ぐねぐね絡むな鬱陶しい」
「ユキも男の端くれだったんだな!」
「当たり前だろうが。俺が女に見えるか馬鹿」
 タコかイカのような軟体動物の如く絡みついてきたムツを、手の甲で邪険に払い落とす。それを見たミキが、くすくすと笑いながらこう言ってきた。
「……端くれって言い方がやけにぴったりだけどなっ」
「何でだよ」
「だってユキ、俺に全然手、出さなかったじゃん? ぶっちゃけちょっとだけ試してたんだよ、ユキがいつの段階で手ぇ出してくるかさぁ。なのに、いつまで経っても自分から手を繋ごうとすらしないしー……ユキって奥手なのかっ?」
「あのな……」
 一度は付き合った相手のことを奥手って言うな……。
 まぁ、付き合ったからこその意見かも、知れないけれど。
「……本気でもない相手に手ぇ出されたらミキ、絶対傷つくだろって。お前が本心で付き合ってないことなんて、実は最初から見抜いてたんだよ、馬ぁ鹿」
「その割には結構俺に骨抜きだったじゃんっ? やっぱわかってなかったんだろ、嘘つくならもっと本当っぽく嘘つけよなっ」
 ぎゃはは、とさもおかしそうに笑うミキに――俺はふと思う。
 果たして。
 果たして、俺はこの可憐な同級生の運命を変えることに成功したのだろうか? 人の想いにナイフを突き立てることに苦痛を抱き続け、断わるという至極当たり前の行為にためらいを感じ、俺を言い訳にまでしようとしたミキ。そんなことに良心を痛めずともいい、正直な気持ちで告白を断わることに罪はないと――自分を殺さないように、生まれ変わってくれたのだろうか?
 必ずしもそうだと言い切ることはできないが、きっとミキは――
 あのままだったら。
 俺と付き合いもせず、あの会話を交わしもしなかったら。
 これからも、同性の誰かから想いを告げられる度に、迷っていたはずだ。
「でも、ミキもミキだよなー。何でそうやって選んだ相手がよりによってのユキなんだよ? ユキ選ぶくらいなら、この俺を選んでくれりゃーよかったのにさ。ばっちり守ってやったぜ? ついでに、そうやって奥手とか何とか文句だって言わせないし?」
「あははっ。でも――」
 そんなミキの運命が、少しでも変わったのだとしたら。
 あの会話が、ミキの笑顔が少しでも増えることに繋がったのなら。
 例え九日間の関係が、間違った形のものだとしても――
 充分、正しかったと言えるんじゃないだろうか。
 充分、運命だったと。
「でも、俺は、」
 そうでなかったところで。
 そうでなかったところで、誰に対しても平等・公平であるべきはずの学校のアイドルたるミキがこう言ってくれただけで、俺は今回の一件について全て良しと思えるのだ。

「何かぁ――ユキ、だったんだよなっ」


[マイフェアボーイ 了]
[読了感謝]



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