* * *

 三年前のあの日と変わらず、俺達がそうして最後に演奏したのはBUMP OF CHICKENの「グロリアスレボリューション」。
 メグが叩くオープンハイハット四連打に続いて久々にギターを掻き鳴らし始めた時は、あの日のように――否、あの日よりも上手くどうにか最後まで弾けるのか、そんな不安が一瞬頭を掠めたけれど、すぐに気にならなくなった。俺の身体はあの頃のメロディをちゃんと覚えていて、勝手に左手も右手も動いてくれた。
「実は飛べるんだ その気になれば そりゃもう遠くへ!」。
 グロリアスレボリューションといえば、直訳ではかの有名な「名誉革命」のことを示すが、歌詞の内容は革命に対する皮肉だとか言われている。このフレーズはその中でも俺達が一番好きな部分で、俺は間奏明けのそのフレーズをあの時と同じ気持ちで歌った。
 すなわち――
 俺にとってはこの学校に来て、ムツやメグ、ミキに出会えたことが、一番の革命――レボリューションだったんだろうと、そんなことを思いながら。
 そしてその革命は、あの日を境に終わったのではなく、今日という日までずっとずっと続いていたんだろうと、そんなことを思いながら。
 拍手喝采の中に、最初にして最後だと思っていたあの日のバンドライブの続きは終演を迎えた。

 そうして学園祭が終わり、ムツからメールで指定されて赴いた、体育館棟内・バレー部部室にて。
「ユキが転校してね、一番寂しがってたのはムツだったんだよ」
 他の誰よりも早く喫茶店の仕事を終えてやってきたメグが、そうあの頃と変わらない温和な微笑を浮かべて言ったのはそんなことだった。
「もっとも、僕もミキも寂しいことには寂しかったけどね。比べればの話なんだけど。……だけど、それにしたってムツの落ち込みようは半端じゃなかったよ。うーん、いや、落ち込むっていうのも、よくよく考えるとあんまり正しい表現じゃないかも知れないね。そう、あれは――」
「……あれは?」
「魂が抜けた、とでも言えばいいのかな。そんな感じだったよ」
「Now come back now come back now come back I'll take it back」。
 ムツの、「あの時の俺はこればっか聴いて泣いてました。理由は別にいいですよね?」という台詞を思い出す。
「……電話もメールも全然しなかったくせに」
「僕もそう思ったよ。だけどね……これは最近、僕が勝手にそうなんじゃないかなって思ったことなんだけどさ。多分ムツは、そうすることで何とか自分の中で折り合いをつけようとしていたんじゃないかな」
「折り合い?」
「うん。……泣いても笑っても、ユキが転校したことは事実でさ。それは電話してもメールしても絶対に取り返すことのできないことで……だから、ムツはムツなりに、『ユキがここにいない』っていう事実と、戦おうとしていたんじゃないかなって思う」
 そう言ってメグは静かに瞳を閉じた。しばらく黙って目を瞑ってから、やがて開く。
「でも。……それでもやっぱり、ムツは待ってたんだよね、きっと。ユキのことを。ユキがここに、帰ってくるのを」
「I'll be here I'll be here I'll be waiting here for you」。
 僕はここに、ここにいるから――ここでずっと、君を待っているから。
「そうやって三年間、ムツは我慢したんだと思うよ。今ここにユキはいないって事実を、色々どうにか受け入れて、だけど受け入れ切れなくて、さ。きっといつかは帰ってくるからって――そうやって折り合いをつけて、待っていたんだと思う」
「……メグ」
「それでもってユキも、やっぱりここに帰ってきた」
 そう言ってメグは楽しそうに笑った。
「いや……別にここにもう一回転入してきたとかじゃないんだから、帰ってきたって言い方はちょっとおかしいかもね。でもさ――そういう意味じゃなくて。それでもユキは、僕達と一緒にいるじゃない」
「……」
「ユキがどう思ってるかは知らないけどさ。……一度は散り散りになったって、戻ってこられる場所があるっていうのは、決していいこととは言い切れないにせよ、悪いことじゃないよね」
 独り言のように言って、決して広くはない部室を見渡すメグ。
 俺もまたメグと同じように部室の光景を眺めた。並べられたロッカー。散らばったジャージ。点々と置かれた生徒用椅子。その上に漫画雑誌と教科書。三分遅れた時計。コンセントに携帯電話の充電器。床に整髪剤と制汗スプレー。ぼろけたバレーシューズ。ぼろけたバレーボール。埃で汚れた小さな窓。掃除用具入れ。連絡用黒板の卑猥な落書き。ついたり消えたりする切れかけの蛍光灯。壁に貼られたグラビアアイドルのポスター。
 毎日のようにみんなでここに溜まり、くだらない会話に花を咲かせて。
 それから色んな出来事が、この部室から始まっていった。
 怖くなるくらい、全てはそんなあの頃と変わっていない。
 まるであの頃のまま、俺のことを待っていてくれたみたいだ。
「……いつまでも秘密の基地の中ってことか」
「そういうこと」

 メグがそう柔らかく微笑んだところでムツとミキが例の衣装を手に部室へやってきたため、俺達の会話はそこまでで打ち切りになってしまったけれど。
 久々に部室でチーム全員が集まっててんやわんやの大騒ぎをしながら、俺はメグが言った言葉の意味を一つ一つ頭の中で咀嚼していった。
 ――「嬉しくって 楽しくって 冒険も いろいろしたね」。
 俺の記憶に残っている全てが全て、そんな風に全肯定して言えるほどの嬉しくて楽しい思い出ばかりではない。嫌なことだってあったし、泣きたいことも泣いたこともあったし、ため息ばっかりついていたし、ぼんやりとした不安があったような記憶だってある。少なくとも、自分の身に起こる事件を片っ端から手放しで楽しむ余裕は、当時の俺にはなかった。
 けれど、どうしてなんだろうか。
 今、こうしてムツに服をひん剥かれ無理矢理メイド服を着せられ、ギャルソンの格好をさせられたメグに横抱きにされて悲鳴を上げながら――
 一つ一つ思い出していくあの頃のことが、当時ほど、嫌なことだと思えないのだ。
 色あせた訳じゃない。
 そうじゃなく……もっときらきらと、煌いているように思われる。
 セピア色だった記憶に、鮮やかな色がついていくようで。
「ユキ嬢ちゃん、かーわーいーいー☆」
「死んでしまえ」
「ユキの突っ込みって今でも過激だよね。何か懐かしい」
「あとは何故か女装が似合うところもなっ。わははっ、超ウケるー」
 あの頃忌々しくて仕方なかったムツのはっちゃけた笑顔も。
 いつもにこにこと如才なく笑っているだけでムカついたメグの傍観者具合も。
 当時と変わらず俺の癒しとなってくれるミキの馬鹿笑いも。
 転校してから三年という時間の流れをまるで感じさせないくらいに、俺をすんなりと受け入れてくれていて。
 一度は散り散りになったって、戻ってこられる場所があるということ。
 決していいこととは言い切れないけど、だからといって悪いことでもないこと。

 最終下校時刻になるまで思う存分騒いでから、俺は駅前でムツ達と別れた。
 電車で帰路につく三人とは別に、乗ってきたバイクを走らせて自宅までの道を行きながら、俺は今日のことと、今日思い出した昔のこととを思い出していた。
 家に帰ったらひとまずすることは決まっている。晩飯と入浴と、猫の世話も早々に、まずは机に向かっていつものノートを広げるのだ。幸い書くことにならもう困っていない。ネタならまだまだ、いくらでもある。
 まずは三年前の学園祭のことを書こう。あのバンドライブのことを書いたら、忌々しい記憶ではあるけれど、更にその一年前の学園祭のことも書こう。合唱祭でのムツの活躍は書いただろうか? そうだ、俺達の出会いの話もまだ書いてなかったよな――
 アクセルを開き続けながら、自宅に辿り着くまで、俺はずっとずっと、あの頃のことを思い出していた。
 三年間のブランク。忘れていたこともある。また忘れるまでもなく、その空白の三年の間に奴等の身に起こったことは、俺にとっては知りようもないことで。
 そういうものは、何をどう頑張ったところで小説にはできないけれど。
 それでも俺には、書くべきことがまだまだ山ほどある。

 俺には俺の、俺にしか書けない物語があるから。

 その物語の中で、まだあの頃の俺は、ムツとメグとミキと四人で馬鹿騒ぎを繰り広げている。
「だから こうして 夢の中で ずっと永遠に…」――
 俺達はずっと永遠に、俺達の秘密基地の中で、笑い合っている。
 終わることなく。
 ずっとずっと、続く。
 あの頃の夢は、まだ夢のままで俺の後ろの道を作っている。
 いつだって基地へと戻ることができる道を。

 今日思い出したことを忘れない内にノートに書き記すためにも、もう一速ギアを上げてアクセルを開き、俺は星空の下を自宅へと急いだ。


[シークレットベース 了]
[読了感謝]

作中歌詞引用:05410-(ん)
(アルバム「RADWIMPS 4〜おかずのごはん〜」、2006年12月6日)
作詞作曲・野田洋次郎
演奏・RADWIMPS(有限会社ボクチン ・ EMIミュージック・ジャパン)
secret base〜君がくれたもの〜
(シングル「secret base〜君がくれたもの〜」、2001年8月8日)
作詞作曲・町田紀彦
演奏・ZONE(ランタイム ・ ソニー・ミュージックレコーズ)
グロリアスレボリューション
(アルバム「THE LIVING DEAD」、2004年4月28日(再発版))
作詞作曲・藤原基央
演奏・BUMP OF CHICKEN(LONGFELLOW・トイズファクトリー)
15の夜
(シングル「15の夜」、1983年12月1日)
作詞作曲・尾崎豊
歌・尾崎豊(マザー・エンタープライズ ・ CBSソニー)

参考URL:本田技研工業株式会社

(順不同、敬称略)

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