昔話をしよう。
 いや、昔話なんていっても、それがかつて昔本当にあったことなのかは、実はわからなかったりする。というのも、その昔話というのが何を隠そう俺の記憶で、次いでその記憶っていうのが何ともあやふやだからだ。いつの記憶なのか思い出せず、そもそも本当にあったことなのか、もしかしたら俺の脳みそが勝手に作り出した捏造記事なんじゃないか、やるなぁ俺の脳みそついに偽りの記憶まで作り出すか、なぁんて――うん、人の記憶というのは実にアテにならないということを、俺は生まれて三度目くらいに思い知ったね。でも人の記憶がアテにならないってんなら、この三度目っていう記憶すらもアテにならない訳だけれど。
 ……何の話をしていたんだっけ?
 そう、昔話。俺の記憶の話。
 その、どうにもいつの話なんだか思い出せない、そもそも本当にあったか以下略――の記憶。こいつがまた奇妙な思い出なんだ。
 場所は鬱蒼と木が生い茂るどこだかこいつもわからない山の中、時間は確か夕方過ぎ。猛烈に暑かった気がする。俺とその他数人、必死こいて山の地面をシャベルで掘っていて、そうして掘った穴に何かを埋めて。埋めた? 何を埋めたのかは記憶の映像の中にうっすらとモザイクがかかっていて見えない、すなわち思い出せない。とてつもなくどうでもいいような、かと思えば当時の俺からすればとんでもなく価値のあるものだったような気もする。で、埋めて。土かぶせて。
 はい、思い出ムービーおしまい。来週もまた見てね!
 ……要は、どっかの山で穴を掘ってものを埋めました、俺含め数人がかりでっていう、そういう記憶。埋めたものを思い出せないのは、もしかしたらそれが超とんでもないもので、脳みそが覚えておくことを拒否して記憶領域から弾き出しちゃったからなのかも知れない。超とんでもないものって――死体とか、死体とか、死体とか? もしそうなら俺のこの記憶は死体遺棄をした思い出ということになる。言われてみれば人の一人や二人殺しかけた気もするし、友達だったはずなんだけれどある日を境にそいつの記憶がまるでないってこともある。それにしたって死体遺棄か。俺が前科モノだったとは。
 ではなく。
 まさか人を殺しなんてしてはいないと思うけれど。ついでに、友達が人を殺したっていう過去もないはずだけど。
 とにかく、その山で穴を掘って(以下略)の記憶が暑い日のものだったからか、こうして夏がきて暑くなると、その訳のわからぬ事実かもわからぬそれを思い出すって寸法だ。
 高校二年生の夏、七月。
 定期試験Uの最終日を終えて午後、俺がクソ暑い中扇風機を回しながら左手で団扇をぱたつかせ、口にはアイスキャンデーを咥え、右手でパソコンをいじっていた時。

 その記憶の解答編っていうのは、唐突に訪れた。





タイムカプセル


 突然携帯電話が鳴った。
「うわっと」
 何せ今日、家にはテストが終わってぐうたらしている俺しかいない。今年中学生になった妹はまだ学校だし、両親は仕事中。俺がパソコンでネットサーフィンなんぞをしていたリビングは基本静かだったものだから、突然の着信メロディとバイブレーションに俺は思わず声を上げて驚いてしまった。不覚。そんな間抜け極まりない俺を差し置いて、携帯電話はしつこく着信メロディを奏で続けている。
「はいはーい、誰ですかー……今出ますよー」
 独り言を言いながら食卓の上に置いてあった携帯電話を手に取ると、ディスプレイには随分と久々になる奴の名前が表示されていた。すなわち、

『野瀬睦』

 と。
 ムツか。野瀬睦、通称・ムツ――名前の「あつし」が「むつみ」とも読めるから――は、俺の中学時代の友達だ。ちなみに俺は中学校というものには私立男子校と公立共学校の二つにそれぞれ一年半ずつ通ったことがあるが、こいつは前者、中一から中二の途中まで通った私立男子校の時の奴である。同じバレー部に入っていて、セッターを務めていた。とはいっても、俺が転校する前までは俺共々公式試合に参加したことがないけどな。
 ではなくて。
「はい」
 ムツねムツ、と電話の向こうにいるだろうやけにハンサムな、面食い女子が刹那もおかずに飛びつきそうなイケメン的面構えの元同級生を頭の中で思い浮かべながら電話に出ると、少しして、反応があった。
「……ユキか?」
 ユキっていうのは、俺の私立男子校時代のニックネーム。字面も読みも女と間違われる俺の名前を見て、ムツが決めた女々しい愛称だ。今の高校じゃ俺は「セツ」と呼ばれているが、こうして改めて聞くと、「ユキ」より「セツ」の方が何千何万倍もマシに思えて泣けてくるね。
 といったところで、電話の相手の認識が俺=ユキであることに変わりはない。久しぶりなせいだろう、どこか緊張気味の声で電話の相手が俺であるかどうか確認してきた、もう間違いない俺の元同輩兼チームメイト・ムツに、俺は「ういっす」と答えてやる。
「久しぶりだな、ムツ」
「お、おおお、おうっ。……はーぁ、お前さ、電話出る時に超怖い声で『……ハイ』っつうの、全然直ってねーのな? マジ怖いからさ、やめてくれない?」
 別にそんな怖い声で電話に出てるとは思わないけどな……。
 相変わらずのムツに、俺は一人苦笑してしまう。
 何かこういうの、本当、久しぶりかも。
「別に怖くなんか言ってないだろ、普通だ普通。……で? 本当、すごい久しぶりだな? 何? 元気?」
「ハイパー元気だよ。バレーの練習に日々明け暮れているっさ。また今年もうちのバレー部全国大会出るらしくてさぁ。先輩達とか、あと二年から一人だけレギュラーになったメグとか、すっげー忙しそう」
 メグというのはやはり俺の私立男子校時代の友達で、フルネームを浜野恵という、眼鏡とポニーテールと長身が目立つバレー部の補助アタッカーだ。俺とムツと、練習チームを組んでいた時のチームメイトでもあった。そうか、メグの奴レギュラーになったのか。それはそれは。
「ま、俺はレギュラー落ちしちゃったからメグよりかは暇してるんだけどね……よって、お前に今日電話なんぞをしている訳だ」
 ため息でもついてやれやれなんて言いそうな口調で、ムツはそんなことを言う。嫌なら電話かけてくんなよ、と頭の片隅で文句を言いながら、俺はムツに尋ねた。
「何、お前、何か用があって俺に電話してきた訳?」
「ユキになんか、用がなきゃ電話もメールもしねーよ。つまんない話題だったらすぐ電話切って、メールも律儀に返信してこない奴なんかにさ……そ。用があんの。他ならぬ愛しのユキ嬢に」
 気持ち悪いこと言うな。吐きたくなるような前置きはいいから用件を言え、用件を。
「ほら、そうやってさ。あーあ、お前は昔からそういう奴だよ……はい、用件! ユキ、お前覚えてる?」
 いきなり修飾語がない問いかけをされても困る。覚えてるって何を、と俺は聞き返した。
「中二の夏。お前が転校する前の最後の夏合宿でさ、例の山行って、合宿最終日の夕方に、俺達タイムカプセル埋めたじゃん?」

 ――――。

「……ああ、そんなこともあったっけな。確か」
 不意に記憶と過去が繋がった。
 なるほど、あの山で穴を(以下略)の記憶は、タイムカプセルを埋めた思い出だったのか。しかも夏合宿の時。あの頃俺達は確か全国大会に出場するレギュラーを目指していて、そんなタイムカプセルなんて思い出作りをする余裕があったとは思えないのだが……何をやっていたんだ、中二の俺。
「おおぅ? おいおい、俺に言われるまで忘れてたみたいな言い方だな」
 笑いながら言うムツに、俺は電話口で肩をすくめた。こういう時は、こっちの行動が相手に見えればいいのにと思う。やれやれ、今の華麗なる肩のすくめ具合をムツに見せてやりたいね。
「あながち間違っちゃいないよ。山の中で穴掘って何か埋めたのは覚えてたけど、それがまさかタイムカプセルを埋めた記憶だったとは忘れてたさ。……うっかり死体遺棄でもしたのかと思ってた」
 真面目な話。
 が、電話の向こうのムツはその笑顔を想像するに易い声で豪快に爆笑した。 「死体遺棄ってなぁ? はは、どんな勘違いだよ、ユキ。つーか、冗談言うならもうちょっと笑えない、背筋が凍るような冗談にしとけよな」
 だから、本当だって。
 ……とか言っても信じてくれないだろうから黙ってよーっと……。
「了解。次はお前が携帯持ったままぶっ倒れるようなジョークの一つでも考えておくよ……で、そのタイムカプセルとこの電話と、何の関係があるんだ?」 「……マジで忘れてるのな、ユキ」
 電話口のムツは呆れたような声でそう、今度こそ嘆息した。

「そのタイムカプセル。三年後に掘り出そうっていう話だったじゃねーかよ」

 * * *

 その後ムツから聞いた解答編によると、俺達は三年前、こんなことをしていたらしい。
 三年前、中二だった俺達バレーボール部練習Cチームは、夏休みが始まってすぐにある合宿の時にタイムカプセルでも埋めてやろう、という話をしたらしい。言い出しっぺはそういうイベント大好きのムツ。Cチームはムツと俺を含めて全部で四人だったのだが、そのチーム全員がその意見に賛成したらしく、梅雨明けの近い七月初頭、部活が忙しくなってきた合間を縫ってはあれやこれやと計画を練ったとか。本当、何やってるんだ中二の俺。真面目に練習しろよ。
 ……で、タイムカプセルの中身を決めた俺達は、計画通りにそれを持って合宿先に赴き、合宿であれやこれやと思い出を作った最終日に、その思い出作りの締めくくりとして、山に穴を掘って埋めたそうだ。勝手にモノ埋めるなよ、中二の俺達。人ん家の山だぞ。
 そして、埋めた後こんな決めごとをした――曰く、

 三年後の夏合宿の時、俺達が高二になった年の夏休み――
 このタイムカプセルを開けようと。

「何でそんな『三年後』なんて、比較的近い未来にしたんだろうな? 折角タイムカプセルなら、二十歳とか、きりよく十年後とか、そういう風にしたらよかったのに」
 そう尋ねると、ムツは電話の向こうで再び笑った。
「何でって、お前が言い出したんだよ。『どうせ俺達のことだから、二十歳とか十年後とかにしたら思い出せないんじゃないか』ってさ。だったら思い出せる内がいいってんで、きりよく三年後にしようって決めたんだよ。お前、最後まで五年後とぎりぎり迷ってたけどな……五年だと忘れるかも知れないからって、三年後を選んだのは他ならぬお前だぜ? ユキ嬢ですよ?」
 記憶にございません。
「ははは、だっせー。お前、五年後で忘れるからって三年後にしたのに、三年でも忘れやんの。ばっかでー」
 返す言葉もございません。
「で、そのタイムカプセルを掘り出そうっていう話になってる訳だ」
「そ、ざっつらいと。やー、だってお前、転校しちゃったしさぁ。予想外だったよな? 何せあの時俺達は、また高二で合宿にきた時に掘り返せばいいよね♪ くらいにしか考えてなかったし。よって、こんな電話で打ち合わせなんて面倒くさいこと極まりないことをしなくちゃいけないハメになった訳だ、これが」
 俺の転校のせいか、ムツよ。アレだってやむを得なかったんだし、予測もできない急のことだったんだから勘弁して欲しいね。
 そう言うと、ムツは「わぁーってるよ。だから電話してるんだし」と言ってまた笑った。
「で、俺とメグとミキはだな、まだ学校も同じだし、部活も同じで予定把握してるからいいんだけど、問題はお前よ。……ユキ、夏休み暇してる?」
「まあ、それなりかな」
「じゃあさ、俺達が合宿終わった後に、四人で旅に出ませんか? 題して『三年前の俺達に会おうよツアー』! ま、多分日帰りだと思うけどさ。朝早く出て、帰り夜遅くって感じ? 俺達外泊できるほど金ないし」
「そりゃ、あのバレー部続けてるんじゃバイトだってできないだろうっていうのは、想像つくけどな」
「そ。あ、そういえばユキはバイトしてんの? してるんだったら給料で立て替えておいてくれてもいいんだけどさ――」
 そんないつ返ってくるかわからない金、無利子で貸す訳にいくか。ついでに俺はまだバイトもしてねぇ。
 ニヤケハンサム野郎・ムツにそう突っ込みを入れて、それから少しばかり日程の打ち合わせなんかをしてから、俺は電話を切った。
 ふむ、三年前の俺達に会おうよツアー、ですか。
 三年前のタイムカプセル云々以前に、俺にとってはバレー部の友達連中に会うのが久しぶりだ。ムツとは電話するばっかりで何だかんだ会っていないし、後の二人は年賀状のやり取りとたまのメールが関の山。実際、転校してから初めて全員で会うんじゃないか?
「三年ぶりの再会か……くさいねぇ」
 ネットサーフィンを再開する前、俺はそんな独り言を言いながら、携帯電話のスケジュールに予定を一つ書き込んだ。七月、夏休みが始まって大体一週間後。

 七月二十四日、俺は、友達と、三年前の俺と友達に、会いに行く。


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