* * *

 迎えた七月二十四日は朝から快晴だった。
 南林間に自宅を持つ俺は、猛暑日になるだろうと予想しない方が難しいほどに照り付けてきている太陽の下を最寄駅まで自転車を走らせ、小田急線に乗って相模大野駅を目指した。今日の最初の待ち合わせ場所は、Cチームの一人が住んでいる相模大野だ。
 その相模大野に住むメンバーは、その名を服部実紀という。「実紀」をしっかり「さねのり」と読めたそこの君、素晴らしい。俺は最初、そしてムツも、この名前を見て「みき」と読んだ。よって彼の愛称はミキだ。随分と可愛らしい呼び名だけれど、その呼び名がどんなものよりもふさわしいことは、ミキ本人を見てもらえれば一瞬で理解してもらえるだろう。
 相模大野駅で電車を降り、改札を抜けずにぼーっと待っていると、しばらくして見える改札を通って駆け寄ってくる小柄な人影。
「ユキーっ。久しぶり!」
 言って手を振る動作が、三年前と全然変わっていない。思わず、苦笑して――
 それから俺は、ついに目の前にやってきたミキの姿に唖然とすることになった。
 だって、どう思う?
 正面から俺をちょっと上目遣いに見てきている元同級生の男子が、町の男の十人に八人は振り返るような美人になっている、なんて。
「びっくりしただろ? だもんね。俺、ばっちり三年前から全くって言っていいほど身長伸びてないもん」
 Tシャツにジーンズという簡単な格好のミキのことを、一回見ただけで男だと判断できる奴はいないはずだ。それくらいミキは可愛い。それは出会った頃からで、あまりの可愛さに男子校であるにも関わらず告白する先輩が後を絶たなかったほどだ。そのミキが可愛いのみならずかなりの美人になっていたもんで、俺はびっくりしてしまったという訳。
 背中の中ほどまでかかる長い髪を、ミキお気に入りのハーフアップに。  整った顔立ちはよく見れば男なんだけど、ぱっちりとした目やにこっと笑う笑顔はやっぱり可愛い。うん、可愛いです。
「……ホント、小さいままだな、お前」
「実際には三年前と比べて二センチくらいは伸びてるんだけどね……髪も伸びたと思わない?」
「今度気分転換にばっさり切ってみたらどうだ? 肩くらいにさ」
「うーん。夏は暑いし切りたいのはやまやまだけど、俺ってば短いのは似合わないからなぁ」
 言って考えるように首をひねるしぐさまで可愛いとは、神様、彼を男に生まれさせたのは貴方の最大の罪です。
 そんなミキは、バレー部ではマネージャーをしていた。本当は生徒会の書記会計を希望していたらしいが、あれこれと事務や管理をこなしていくミキには、生徒会役員よりもよっぽどマネージャーの方が合っているように思う。メグにバレー部に連れて来られて以来、俺達Cチームの専属マネージャーみたいな立ち回りだったミキは、俺達のバレーにとって欠かせない存在だったと言えよう。
 何せ、いるだけでこの存在感だ。
「そういうユキも、髪伸ばしたのかい? ゴムでくくって、気取っちゃってさ」
「別に気取ってはいないけどな……俺もミキと同じ理由だよ。短いのは似合わないんだ」
「ふぅん。確かに、髪長い方が短いのよりもとっつきやすい感じだけどね……会ったばっかりの頃のユキなんて、いっつも仏頂面してて話しにくかったもん。髪が短いと余計に性格キツく見えてさぁ。よっぽど、そっちの方が似合ってるよ」
「さんきゅ」
「うん」
 会話しているだけで、身体中が浄化されていく感覚。ミキが持つその浄化作用が、俺達に悪い影響を及ぼす訳がない。
「行こうか。ムツとの待ち合わせ場所、町田だろ?」
「うんっ」
 二人で電車に乗るが、同じ車両に乗っている乗客の目には一体俺達はどんな風に映っているんだろうね。まさか男子校の元同級生だと思う人はいないだろう。中学生か高校生の男女二人組、あるいは恋人同士に見えている人も少なくないはずだ。いや、恋人同士は言いすぎか。というか、何を考えているんだ俺は。
「そういや、ムツからお前と相模大野で会って、町田で落ち合おうっていうのは聞いてるんだけど……あと、メグは?」
 あの電話の後、三日ほどしてムツからメールがあった。そこで指示されたのは、ミキと相模大野駅で待ち合わせてその後二人で町田駅に来いということだけだ。メグ――浜野恵は横浜住まいで、その待ち合わせの話には何も噛んできていない。
「メグは町田でムツと待ち合わせてるはずだよ。ほら、横浜線でさ」
「ああ……そっちか」
 別に、俺とミキに気を遣ってくれた訳ではないか。
 何せ俺とミキにも色々あったし。うん、バレンタインのほろ苦い思い出は忘れられないさ。
 相模大野駅から町田駅へはたったの一駅だ。ミキと二人きりの電車旅はすぐに速度を落とし、JR線と小田急電鉄線が乗り入れている駅へと入っていく。

 * * *

「おっせーぞお前等! どこで道草食ってるんだよ! 道草なんてどこ行ったって大して旨くねーぞ! 雑草だ雑草! 道端の雑草食うくらいならうちの庭に生えたぺんぺん草でも食いやがれ!」
 待ち合わせ場所へミキと二人で赴くと、ムツが三年前に比べ大分磨きがかかっているイカサマハンサムスマイルで、タイムカプセルを掘るために持参したらしい大げさまでにでかいシャベルを振り回してきた。隣でミキが苦笑し肩をすくめる。同感だよ、ミキ。
「ムツ、駅だぞ。んなもん振り回すな。通行人にぶつかったらどうするんだ」
 半分呆れながら言ってやると、声だけなら二週間ちょっとぶりになるムツはシャベルを俺の脚にヒットさせて、
「んなもん、俺様のシャベルがぶつかるようなところを歩いている通行人Pが悪いんだよ!」
 さいですか。普通に痛ぇよ。
 満足したのかシャベルを肩に担ぎ上げてにかっと笑ったムツをさておいて、俺はじわじわと痛みを発する脚をさすりながら、ムツの少し後ろに立っているもう一人の待ち人に目を向ける。そこにすっくと、まるでそこが自分の指定席であるかのように立っていた長身の男は、俺と目を合わせて出会った頃とまるで違わぬ微笑みを作ると、「やぁ」とやたらと爽やかな口調で言った。
「久しぶり! ユキ」
「…………おう、久しぶり」
 が、変わってなかったのはせいぜいその微笑みとひらりと手のひらを晒した所作くらいさ。他の部分のあまりの変貌振りに、俺は正直驚きを隠せなかった。驚きすぎて思わずすぐに返事が返せなかったくらいだ。
 浜野恵。
 今俺の目の前でミキ同様のラフな格好を晒している長身のエセ優等生面野郎は、Cチームで補助アタッカーを務めていた、且つ俺達の中で一番バレーに長けていたそいつ、通称・メグで間違いない。ただ、記憶の中のメグと目の前のこいつはあまりにも違いすぎていた。メグといえば、昔はその長身プラスちょっとムカつく優等生面によく映える、細いフレームの眼鏡とばっちり結んだポニーテールがトレードマークだったのが……今はコンタクトにしたのか眼鏡なし、髪もばっさり切って肩よりほんの少し短い辺りで切りそろえていた。ものすごいイメチェンだ。雰囲気がまるで違いすぎる。
「全然違うだろ? どっちもバレーやるのに邪魔だから、今年レギュラーになったのを機にイメチェン兼ねてやってみたんだよ」
「……随分と思い切ったんだな、メグ」
 さっきのミキにはあまりに変わっていなくて、且つよく見たら超変わっていたので驚いたが、今度のメグには百八十度近く変わっていてびっくりさせられた。でもこうして会話してみると、見た目こそそこら辺のちまっとスポーツができる兄ちゃん風になったこいつも中身は大して変わっていないことがわかって、何となく俺はほっとしてみたり。
「そういやメグ、少し身長伸びたか?」
「あ、バレた? うん、三年前と比べると十センチ近く伸びてるよ。そろそろ百八十超えそうな感じかなぁ。ユキは、……何か縮んだ?」
「悪かったな、どーせ大してでかくなってねーよ」
 あとは、この頭一つ分の身長差はそんなに変わってないな。……そこは変わっておけ俺よ、と、未だに百六十センチくらいで伸び悩む身長を俺は心の中で嘆いた。こういう時には牛乳が恋しいね。
「まぁ、積もる話も色々あるだろうけどさぁ、」
 和気藹々という感じになってきたところで、携帯電話を取り出して時刻を確認したムツがシャベルを肩から下ろして言った。
「そろそろ行かねぇと、帰り真夜中になるぜ。もしもしお三方、今日の目的忘れてやしませんでしょうね? 題して『三年前の俺達に会おうよツアー』! ……おら、さっさと行くぞ! 話は道中、電車の中ででもすればいいだろ。俺は野宿するほどの勇気はないからな! 何が何でも日帰りだ! 今日は時間との戦いだぜ!」
「勝手に一人で戦ってろ」
「おっ、久々のユキの突っ込みだっ」
「何か懐かしいなぁ〜」
 これで大体、朝九時少し前。
 ムツのやたらテンションが高い台詞に俺が突っ込みを決めたところで、俺達は久々になる再会の挨拶もそこそこに、どんどん気温を上昇させていく真夏の空気の中を歩き出した。
 四人全員がオールスター、足並み揃えていざ。
 ――かつての俺達に会いに行きに、ね。


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