* * *

 俺達が夏を過ごしてきた合宿所は、電車を降りてバスに乗り継ぎ、終点近くで降りて更にそこから三十分歩いた、川沿いのえらい山の中にある。何が好きでこんな山の中、都会からは行くのも帰るもの面倒くさいところに合宿所なんか作ったんだ我が学校法人よ、と俺は初めての合宿の時に思ったものだが、しかしそんなここを合宿先とするのは一度来てみれば納得のことで、学校の体育館よりも何千何万倍と涼しく感じられる山間の体育館、それに隣接した宿舎、そうした合宿所を抱える広大な敷地――山あり、川あり、綺麗な空気あり、全てが全てくそ暑い中の夏合宿に適する、素晴らしい場所なのだった。
 昼過ぎに宿舎を訪ね、「タイムカプセルを云々」とシャベル片手のムツが事情を説明すると、昔から気前のいい管理人のおっちゃんは、お馬鹿な男子校生が勝手にモノを埋めたことを咎めもせず、快く発掘作業を許可してくれた。のみならず倉庫の機材を発掘に使っていいっていうんだから、いやはやおっちゃん、どこまで気前がいいんでしょうね。
「いやー、願ったり叶ったりってのはこういうことを言うんだろうな! 流石合宿所のおっちゃん。ははは、機材もがっつり貸してくれるし! うん、渡りに渡り鳥だ!」
 シャベルを肩に担いで緩やかな山道を足取り軽く登りながら、ムツが鼻歌交じりで言う。渡り鳥は渡りにいらないぞ、必要なのは船だ。というか願ったり叶ったりってお前、前もって許可は取ってなかったのか。門前払いを喰らったらどうするつもりだったんだ、ここまできて。
「あ、その時はその時で無許可でも入るつもりだったから」
「滅っ茶堂々と不法侵入じゃねぇか」
「やだなー、堂々となんて誰がするかよ。こっそりだよ、こっそり」
 その「こっそり」をこっそり言うことすらできないムツには、どの道こっそりなんて無理だからやめておいた方がいいと思う。
「だからちゃんと許可とって堂々真っ向、正面から登山してるじゃねぇか。ところで……どの辺りに埋めたんだっけ?」
 川沿いの道をしばらく歩いてつり橋を渡り、山道を登り出してから早二十分近くが経過しようとしている。何せ合宿の最終日、帰る間際になって埋めたタイムカプセルだ。行きと帰りに相当な時間がかかるほど遠くに埋めたはずはなく、そんな時間がかかるような場所に埋めることができたはずもない。はてさて、どの辺りだったかな。
「そんな時のために、じゃーん」
 おっちゃんが貸してくれた園芸用スコップとバケツを持っていたミキが立ち止まり、肩から下げていた鞄から何やら紙切れを取り出す。見た感じルーズリーフだ。
「ちゃんと俺達、場所忘れちゃった時のために地図、残してたんだよねー。用意周到じゃん? ただ問題があるとすれば、この地図をしまいこんだ場所すら忘れる可能性を想定してなかったってことかな」
 地図残したよねってメグに言われてから、探し当てるのに半日くらいかかっちゃったよ、とミキが肩をすくめながら差し出してきたそのルーズリーフには、俺達が歩いてきた道のりが記されている。ミキが読み上げていく埋めた場所への行き方と、目で追えるミミズののたくったような地図によると――川沿いを歩いて、つり橋渡って。山道を徒歩約二十分、少し開けた場所に出たら、
「って、ここじゃん!」
 ……。
 お願いですから、そういう低レベルなコントを仕掛けるのはやめてください。
「うーん、そう言われてみればここだったかも。でも、三年前に比べるとやっぱり色々変わっちゃってるね」
 きょろきょろと確認するように辺りを見回すメグに倣って見てみると、確かに景色だの広さだの地形だのが記憶の中の場所と一致する。ただ、これと似た場所なんてこの山の中には探せばいくらでもあるような気がするし、過去の俺達が地図を残したのは正解だったように思う。といっても、場所確認以外の何の役にも立たなかったけどな。
「じゃ、早速お宝発掘と行きますか! ……で、どの辺りに埋めたっけ?」
 一人やたらと元気よく、持っていたシャベルを天に向けて突き上げたムツに、ミキがため息をつく。
「やだなムツ、ここだって言ってるじゃん」
「阿呆。この開けた場所のどこに埋めたかって聞いてるんだよ」
「だから、ここっ」
 ここ?
 と、俺達はミキが指差した場所を見た。って、
「真下じゃねーか!」
「だっからー。さっきから言ってるだろ? ここだって」
 ……。
 もう結構です。ごちそうさまです。
「…………。掘るか」
 低レベル極まりないコントを繰り広げることになってしまったが、やがてムツがそう宣言し、練習Cチームメンバーによる一大発掘プロジェクトが始動した。ムツとメグ、俺が担いできたシャベルで土を掘り、掘り出した土をミキがスコップでバケツに入れていく。瞬く間にバケツは山の土でいっぱいになった。土が山盛り盛られたバケツをメグが持ってきた別の新しいバケツに代えて、尚も穴掘りは続く。
「…………どんだけ深くに埋めたんだよ、俺達」
 汗をだくだく流しながらムツが不愉快そうに呟いて、
「……知るか」
 それに俺が短く突っ込みを入れて。
 そんなやり取りを三回くらいしてからは、全員が黙々と作業を続けた。
 しばらくして。
「あれっ?」
 かつんっ、とメグが休みなく動かしていたシャベルの先端が、何か硬いものにぶつかった音を立てた。もうとっくにやる気をなくし離れたところでミキからもらったお茶を飲んで休憩していたムツが、その声と音に劇的に反応する。
「見つけたかっ! よっしゃあっ、メグナイスー! ……ミキ、スコップ貸せ!」
 さっきまでペットボトルのお茶片手に「あー」とかやる気なさげに座り込んでいたのは何だったのか、一発で元気になったムツはミキの手からスコップを奪い取ると、メグを押しのけてざくざくと土を掘り返し始めた。五十センチ近く掘られた穴に腕を突っ込んで、穴の脇に小山を作っていく。
「見つけたあぁぁあぁぁーっ!!」
 ムツの嬉しい悲鳴が上がったのはそれから十分後のことだ。
 その時の俺達? ああ、当然。やる気になったムツにもう全てを任せて、離れた木陰で座って休憩してたさ。

 * * *

 掘り出されたのは一斗缶だった。
 ……今時一斗缶を知っている高校生なんかいないかな。一斗缶というのは液体を入れるために作られた、簡単に言ってしまえばドラム缶の小さいバージョンみたいな金属製の容器である。当然液体を入れるための容器だから中に固体を入れられるようにはなっておらず、蓋といえばペットボトルみたいな口にキャップが一つついているだけだ。正直タイムカプセルに適した入れ物ではない。
 ところが俺達が掘り出した一斗缶は缶の上部一面が切り取られており、そこにゴミ袋だろうビニールがかぶっていた。多分中にモノを入れるために天井面を切り取ったんだろうな。となれば、中身を出すにはそのビニールをはがせばいいってことだ。
 が、かつての俺達は一体何を考えていたんだか、かぶせたビニールをガムテープで何重にも固定していた。がちがちに貼り付けられたそれをはがす作業は当然難航し、全てはがし終わった時にはムツがすっかりやる気をなくしていた。
「じゃ、いよいよ」
 と、はがしたテープの処理を終えたミキが言う。
「かつての僕らがタイムカプセルに入れた物品とご対面と行こうか」
 ビニール袋をはがした下では、更に中身がビニール袋に包まっていた。取り出して、ビニール紐でくくられていた口を開ける。そこからまた別の袋。
 ……マトリョーシカか、これは。
 って突っ込みを入れたくなるほど何重にもビニールに包まれていたタイムカプセルの中身は、それから更に五枚ほどビニールを剥いだところで、
「出てきた!」
 やっと俺達の前に姿を見せた――
「あ、説明書が入ってるよ。えっとね――」
 中身と一緒になって入っていたらしい一枚の紙切れ(これまたルーズリーフ)を開いてミキが内容を読み上げる。
 曰く――
 このタイムカプセルの中身には、二種類がある。
 一つは、一人一人が将来の自分に向けて残そうと決めたもの。個人の物品。
 もう一つは、四人全員で決めて残したもの。チーム共通の思い出の品。
 三年後、無事に発掘されたし。以上。
「……って、みんな聞いてる?」
 というような内容を最後まで聞いていた奴は、残念ながら誰一人としていなかった。何せ最後の三年後無事に以下略、の辺りでは、みんながみんな、各個人の物品に気を取られていたからな。
 ちなみに俺が入れていたのは、当時の俺が有り金をはたいて全巻揃えた文庫本(当然ラノベ)シリーズの最終巻だった。「苦労して買ったんだから大事に読もう」などと考えながら読んでいたシリーズで、しかし最終巻まではほとんど一日で読み上げてしまい、それではもったいないからと埋めることにしたんだっけな。……何てことしやがる、昔の俺。なくしたのかと間違えて、改めて最近買っちまったじゃねーかよ。
「はは、ユキらしいや」
 実は超恥ずかしい品が栞のようにそれの間に挟まっていたのだが、丁度メグが話し掛けてきたことだし、あえて触れないことにしよう。
「……メグは何、入れてたんだよ」
「僕? 大して面白いものじゃないよ」
 言ってメグが見せてくれたのは、飾りのついたヘアゴムと洒落たデザインの眼鏡ケース、どこぞのファミレスの割引券だった。俺の記憶が正しければ中一の頃、俺達がメグに贈った誕生日プレゼントだ。確かヘアゴムがミキで、眼鏡ケースが俺、ファミレスの割引券がムツ……何てことしやがる、昔のメグ。そんな恥ずかしい過去を入れるなよ。
「恥ずかしい過去かな? 僕にとってはいい思い出だけどね……でも、今の僕にはどれも役に立たないものになっちゃったな。ヘアゴムも眼鏡ケースも、今となっては用無しだからね、もう」
 確かにな。特にファミレスの割引券なんてとっくに期限切れてるだろ。ムツの馬鹿、一体何を考えてそんなもの誕生日に贈ったんだか。
「あー、これっ」
 誰も耳を貸さなくなった説明書をほっぽり出して袋の中をあさっていたミキが歓声を上げた。見ると、ミキの手の中にあるのはホイッスルと一冊のノートだ。
「昔使ってたホイッスルと、中一の時の練習記録! なくしたと思ったらこんなところに入れてたのか! うわはっ」
 ミキも俺と同レベルだな。ただ俺と違うのは、そうしてミキが入れていた物品が、他に代用がききそうもない思い出の品だったというところだ。銀色が少しくすんでいるホイッスルは中一の時ミキが使っていたもので、振り回したり叩きつけたり乱暴に扱っていたものだから傷も入っていて年季を感じさせるし、まして練習記録などミキの直筆である。どこにも売っていない、非売品だ。もしかしたらマニアには一万円くらいで売れるんじゃないか?
「すっげー、色々書いてあるー。几帳面だな、俺! ……六月十三日、今日の練習内容、メグが休みで練習にならないのでサボって円陣やってた。落とした人は罰ゲーム、脱衣。……はは、馬鹿だなー」
 ……。
 結局、それも俺達の恥ずかしい過去を炙り出す結果にしかならなかった。
「ムツは何を入れてたんだ?」
 少し離れたところで一人くすくすとやっているムツに声をかけてやると、ムツは睨めっこで笑うと負けよを実践している脳みその足りないガキのような顔を向けてきた。ついには見えない敵に負けて、げらげらと爆笑し始める。本当、お前は何を入れたんだ。
「……か」
「か?」
「乾パンっ……」
「……は?」
 乾パン?
「と、……週間少年ジャ●プっ……」
 ……。
「いやっ、メモがついてるんだけどさぁ……これがさ、またアホなんだよ! 『乾パンは非常食だけど、三年後でも食べられるか?』、『このタイムカプセルを埋める直前に買ったジャ●プ。連載、何と何と何が続いてる?』」
 言って、再び爆笑し始めるムツ。……何をやってるんだ、昔のムツ。お前の馬鹿さ加減を未来に残してどうするんだよ。
「じゃ、いよいよ――かな?」
 ムツの腹の中にいる笑い虫がようやく死滅したところで、ミキが言ってもう一つの袋を持ち上げた。最後の袋、俺達個人個人の物品が入っていた袋の中に入っていた、某スポーツ用品店の袋――
 それはもちろん、三年前の合宿最後の夜、ミキが差し出した袋。
 袋の中身は、これもまた、ミキがあの時取り出したのと同一を成す物品。
 中に入っていたのは――

 中に入っていたのは、撮り切った使い捨てカメラと、新品に限りなく近いバレーボールだった。

 ここで話は唐突に、例の回想シーンへと戻る。
「じゃあ、明日の練習はそれね。どっちもこの三日間の思い出として埋めるんだから、やっぱりそれなりのものにするよ! そのためにも明日は練習! 今の時点じゃ遊んだ思い出しかつまってないよ、これ――」
 言って、ミキが差し出したのが――これだった。使い捨てカメラと、いくらかずつお金を出し合って買ったバレーボール。カメラの方には、合宿中に取った写真が入っており残りわずか、バレーボールはそれまでの練習で使ってある。
 要は、合宿の思い出だ。
「カメラは、現像しないでこのまま入れるんだよな?」
「もし三年後、現像できなくなってたらどうするーっ?」
「まさか、フィルムが駄目になるとは思わないけどね。ただ……ボールは空気、抜けるかな」
「穴さえ開かなきゃ平気だろ、空気入れればいいだけだし。俺達が望むのはただ一つ!」
 ムツの一言を、今更ながらに、思い出す。

「このボールで、三年後もまた、俺達がバレーをプレーすること!」

 * * *

「このボールで、三年後もまた、俺達がバレーをプレーすること!」
 俺が思い出したまさにその一言を、ムツが声高らかに宣言した。
「どうだ、使えそうか?」
「っちゃー。駄目だね、予想はしてたけど、大分空気が減ってる」
 ムツに尋ねられ、圧を確かめるようにボールを手で叩きながら、ミキが言った。目に鮮やかな色で飾られたカラーボールには、マジックで一人一人のコメントが書かれている。その他にも、合宿中についた傷など、思い出が中の空気以上に詰まっている、それは――
 過去の俺達からの、贈り物。
 だが、それに込められた俺達の望みはどうにも叶えられそうにない。空気が抜けてるんじゃ無理だし、第一場所が――
「そうだ、」
 ミキが持つボールを見て、メグが言った。
「合宿所に戻ればいいよ! タイムカプセルの発掘、許可してもらえただろ? じゃあ、ボールに空気を入れるのもいけるんじゃないかな」
 ついでに――と、メグは言う。
「バレーコートも、貸してもらえるかも」

 俺達の三年越しの望みが、叶おうとしていた。


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