* * *
話の展開というのは恐ろしい、と俺は時々思う。合宿でも何度か走った道を合宿所へと駆け戻り、駄目元で声をかけたにも関わらず、やはり人がいい管理人のおっちゃんは空気入れの使用を笑顔で許可、バレーコートまで貸してくれた。どうして事ってのは、上手く運ぶ時にはこうも上手く運ぶんだろうな。
「どうする?」
空気が入って硬さを取り戻したボールのさわり具合を確かめながら、メグが言った。
午後の太陽が西から照らし出す中。
それは、懐かしすぎる光景だ。
「そんなに懐かしいかぁ? 懐かしがるところなんて一つもないけどな」
そりゃあムツ、お前にはそうだろうよ。昨日まで合宿だったというなら尚更だ。だけど、俺にとっては懐かしすぎてどうにかなりそうな光景なんだよ。
「そっか……ユキはもう、三年ぶり近くになるんだもんね」
感慨深そうに、ミキが言ってくる。
三年――か。
「……長かったな」
「そうか? 俺は、短かったけどな」
長かったさ。とてつもなくな。
何せ俺も――この三年間で色んなことがあったから。
「じゃあ、久々になるユキにルールを決めてもらおうか?」
「……おっけー」
メグに言われて今日を限りのルールを考えながら、俺は残った脳細胞で考える。
行きの電車の中で、俺はこの三人について、大分変わっちまったなぁなんて思ったりしたが――三年前までと変わらず楽しげに話している三人が、けれど知らない奴等みたいで、変わってないようで、変わっていて、何故だかずっと遠くにいる人間のように感じたりしてしまったが。
それが寂しかったが。
けれどじゃあ、三人に全く変わって欲しくないなんて――
それは俺の我儘だ。
エゴの塊。
一緒に過ごさなかった三年分、変わってしまったこいつ等とまるで同じように、こいつ等にとって俺もまた、一緒に過ごさなかった三年分、大きく変わって見えているはずだ。変われない人間は、いない。
そう、変われない人間はいない。
きっとこの三年を、こいつ等とずっと一緒に過ごしてきたところで、俺達は全員が全員、変わっている。それは避けられないことだ。ただ、その変わり具合が、一緒にいたかいなかったかによって、大きく見えるか見えないかだけの違い。
多分俺達は、一緒にいても、変わっていた。そうして変わった違いが、空白の時間を隔てたことで、大きく見えているだけの話なんだ。
変わってしまうのは、当然のこと。
自分が変わってしまっているのに、相手には変わって欲しくないなんて――そんなのは、醜いエゴでしかない。
「二人チーム、一セット、二十五点マッチ。……どちらかのチームが十五点を先取した時点で、コートチェンジ」
俺が告げたルールの下で、俺達の三年越しの望みが、実現する。
ネットを挟んで、メグとミキ、ムツと俺。
サービス権を得て久々に触るボールは変な感じだったが、一度フローターサービスをネットの向こうに打ち込んだら、すぐに感覚は戻ってきた。メグのレシーブ。ミキがトス。勢いのあるアタックをメグが打ち込んでくる。なるほど、確かにメグの奴、レギュラーに選ばれただけはあるな。
「ユキっ!」
久しぶりに受けたメグのアタックは痛かったが、それもレシーブ成功が認識できた瞬間には全て吹っ飛んだ。上がったボールを、ムツがトスする。ミキが言ってた通り、相変わらずムツはトスのタイミングが変だな。
でも、それがまた――懐かしい。
「ナイスッ! ――」
踏み切ってタイミングよく打ち込み、ムツの声援を聞いた時には、俺が打ち込んだアタックは丁度ミキが腕を伸ばした更に先のところに決まっていた。一点。
「うははっ……やっぱりユキは上手いなぁ」
無様にコートに転がることになったミキが、仰向けに身を返して笑う。ミキも上手くなってるさ。俺のアタックが狙った通りに決まってたら、あのレシーブで絶対返されてたね。流石、先輩達にレシーブのお墨付きをもらっただけある。それに対してこっちは――やっぱり三年のブランクがきついな。狙ったところに落ちなくて一瞬あせったっつーの。
「いや、狙ったところ外れたなんて嘘だね! 流石、元エースアタッカー……もしかしたらユキ、あのまま転校しないでいたら今頃僕と一緒に全国大会じゃないか?」
「……メグよ、それはレギュラーになれなかった俺に対する嫌味か……そうなのか……」
「ムツはどっちにしろ無理だよー。あのトスのタイミングでちゃんとしたアタック打てるのなんて、それこそメグとユキくらいだってばさ」
「るせーぞ、お前等!」
調子に乗った俺は、メグが転がしてきたボールをコートに叩きつけて声を張り上げた。
「仮にもお互い、バレーやってる、やってた身だろうが。だったら……勝負が全て! 上手いだのそうじゃないだの――言葉はいらないはずだ」
サービスラインに立って。
打ち込むのは、渾身の変化球サービス。
「全力でやろうぜ。手加減なしで」
結局。
一定の時間を置いて、その間に人間として変わっても変わらなくても、それは大したことではないんだろう。確かに俺達のつながりにおいて多少の意味はあるだろうが、でも、そこまで大騒ぎするものではない気が、今はする。
確かに、みんな変わった。メグはイメチェン成功してるし、ミキは一層美人になったし、ムツは――一見変わってないように見えたが、やっぱりそのイケメン的面構えに磨きがかかっていて。見た目だけじゃない、その中身が、やっぱり三年分、変化している。
それは、髪を伸ばした俺も同じこと。
三年前の俺と今の俺じゃ、経験値は三倍以上も違うさ。変わったか変わらなかったかと聞かれたら、絶対に変わっているはず。
でも、そうして外も中も変わっても、それは世界がひっくり返るほどに大した問題では、全然ないのだ。
問題は別にある――
「ユキ、Bクイック!」
「了解っ――」
そう。
例え三年前に比べて変わってしまっていても。
外見も、性格も、思考も、感情も、能力も、記憶も。
何もかも。
全てが変わってしまったのだとしても。
俺達は今、バレーボールをしている。
三年前と変わらず、四人そろって、バレーをしている――
笑い合っている内容は三年前と変わっても。
笑い合っているという事実は、三年前と何も変わらない。
* * *
ここから先は後日談になる。
あのバレーの試合の後――ちなみに結果は二十八対二十六でメグ・ミキの勝ちだった。次があるなら絶対に勝ってやりたいと思う――管理人のおっちゃんにお礼と別れを告げて帰路についた俺達は、電車の中で座れたことをいいことに、疲れに任せて爆睡した。さぞかし異様な光景だったろうと思う。男四人組(内二人は超美人と超イケメン)がお互いに肩を貸し合ってヨダレ食って寝ているっていうのはさ。
当然、寝ている間に話すことなんてできないから会話もなく、町田駅近くで起きてから少し思い出話をしたのを関の山に、夜八時を回った町田駅で俺はムツ・メグと別れ、ミキとは相模大野駅で別れた。そうしてミキと別れた後の電車内でも爆睡の俺が、うっかり降りそびれて湘南台駅まで行ってしまい引き返してきたのは、三人には秘密だ。
そうしてやっとたどり着いた自宅で、俺は荷物も崩さないままふらふらとベッドに倒れこみ――それから、死んだように眠った。
その間やたらと楽しい夢を見た気がするが、三人には言わないでおこうと思う。あえて話すことでもないだろうからな。
で、今。
この小説を書き上げようとしている俺のそばには、俺に対して宛名書きがなされた封筒が一つ、置かれている。差出人はミキだ。中身は、先に届いたミキからのメールによると、例の使い捨てカメラの中身らしい。まだ開封していないが、何が写っているのか楽しみだ。
そう。
この封筒の中には、あの日の俺達がいる訳で。
写真には、変わりようのない事実が、写っている。
「……昔の友達っていうのは、いいもんさ」
今まで書いた小説の文章を読み返しながら、声に出して、そう気取ったことを呟いてみた。気取ってはいるけれど、偽りようのない俺の本音さ。久々に会う昔の友達は、誰が何と言おうとやっぱりいい。
色々寂しい思いをしたりは、するけれど。
逆に、新しい喜びに、出会える。
変化とは時に喜びであり。
変化とは時に悲しみである。
どっちもあって、そのどちらにも出会えるから、そこがいいなぁ――なんて。
だから、もう奴等ともしばらくは会わないだろうけど。
会わないだろうから、また次、何年か後に会うのが楽しみだ。
「奴等が、どんな風に変わっているか――ね」
そうそう、久々に会ったといえば。
久々にお目にかかった某ライトノベルの最終巻、それに挟まっていたとあるモノの正体を、まだ明かしていなかったな。折角だから、暴露しておこう。
それは、ミキから届けられた物品と同じ、一枚のフォトグラフ。
日付は四年前の夏。
ミキとメグとムツと、それから俺が、並んで写っている。
俺が知る限り、四人がそろって写っている最初の写真さ。
それをタイムカプセルに入れていた、なんて――
恥ずかしくて、到底、言えないけれど。
[タイムカプセル 了]
[読了感謝]
初出:O高校文芸部誌・第三十一号
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