* * *

 回想シーン。
 それは、三年前の夏休み、始まって最初の平日から二泊三日で行なわれた合宿でのことだ。
 二泊の内二回目の宿泊、すなわちお泊り最終日の夜、俺達Cチームは宿舎であてがわれた一室で人生に一度しかない(二回あっても困るが)中二の合宿を満喫していた。練習を終了してから夕食と入浴を済ませて夜十時、トランプとUNOに始まった夜の宴はその後、「だ」と「つ」と「い」がある野球拳で更なる盛り上がりを見せ、じゃんけん激弱のミキの代わりに何故か俺が身包みはがされることになり、あまりに盛り上がりすぎて顧問の鬼監督に怒られて。懲りたところで新たに始めた怪談大会では、メグが用意してきた怪談に震え上がった。ああ、怖かったさ。もう二度と聞きたくなんかないってくらいにな。
 その後はお約束、まぁ、恋バナなんぞに花を咲かせて――
 夜も一時を回った頃。
「明日のことだ」
 唐突ともいえるタイミングで、ムツが言った。
「予定通り、持ってきたこいつを埋めるぞ。そうだな、練習の終わりが三時すぎくらいだから、その後にするか……中、確認しとけよ? 入れるもの入れるなら今の内に入れておけ!」
「全部ちゃんと入れてあるでしょってばー」
 馬鹿? とでも言いたそうに笑いながらため息をついて、ミキがそんなことを言う。言葉と共に俺達の目の前に差し出されたのは、中に入っているかさばる何物かで膨らんだ、某スポーツ用品店の袋だ。
「入れてないのはあと、これだけのはず」
「まだ入れられねーの?」
「うん。両方、まだ明日使うからね」
「明日か……」
 ムツとミキの会話に、メグが参加する。
「二回目の夏合宿も何だかんだであっという間だったよね。何か、今年は遊んでばっかりだったような気がするなぁ」
「ば、馬鹿! 遊んでねぇだろ! アレは練習だ練習!」
 昼間の、ムツが練習と言って始めた円陣パス、途中からアタックをわざと身体を狙って打ちまくり、最終的にドッジボールのような有様となった一連を言ってだろう、妙に目元だけを笑わせて言ったメグに、ムツが口から泡を飛ばす。そうか、やっぱり遊びだったのか。そりゃあ顧問に怒られても文句は言えないな。
「明日! 明日はちゃんとやろう!」
「ムツの口からその一言を聞けるのを待ってたんだよー」
 言ってミキが、手に持っていた某スポーツ用品店の袋の口に手をかける。
「何せ俺達、うちのバレー部の中じゃ一番落ち零れてるからねー。ここじゃレギュラーにならないと悲惨なだけだし、一年に顔向けできないんじゃ嫌だし、やっぱりそれなりに練習はしないとさぁ」
「とりあえず、やらなきゃいけないのはBクイックじゃないかな。全体的に」
 ミキに相槌を打ったのはメグだ。
「僕とのも微妙だけど、やっぱり主戦力のユキとがね……ムツのトスとユキのアタックが、微妙にずれてる感じがするんだよ。最高のタイミングでは打てていない感じ? 多分、距離感をユキが掴みにくいからだと思うんだけどさ」
「悪かったな、下手くそなトスで!」
「……距離感掴むの下手ですいませんね」
「もー。二人ともそんなことでヘソ曲げんなよ。子供だなぁ」
 手を突っ込んでいた某スポーツ用品店の袋から、口をへの字に曲げながらミキが取り出したのは――
「じゃあ、明日の練習はそれね。どっちもこの三日間の思い出として埋めるんだから、やっぱりそれなりのものにするよ! そのためにも明日は練習! 今の時点じゃ遊んだ思い出しかつまってないよ、これ――」
 言って、ミキが差し出したのは――

 電車内での会話によると、三人はこの三年間、俺が転校してからも変わらず同じ練習チームでわいわいとやっていたらしい。
「でさー、今ミキはマネージャーもしながら俺達の練習チームの補助アタッカーもやってる訳よ、これが!」
「……ミキが?」
「だって、我らがエースアタッカーが転校しちゃったからね。実はあの後結構大変だったんだよ? 僕が代わりにエースに転向して、ミキを練習中だけの補助にして」
「最初の内は練習、大変だったよねー。流石のメグも、アタックだけならユキには勝てないもん」
 はい、この身長では信じてもらえないかも知れないけれど、俺はこのチームではエースアタッカーを務めていた。メグに引っ張られて部の仮入部に参加し、そこでアタックの打ち方を教わって、実践していたところを先輩達に目をつけられたのがことの始まりだ。要は、まぁ、上手かったらしいが……残念なことにその後は出た芽が伸びず、中二の十一月に公立中学へ転校するまで、俺は公式試合というものに一度も出ずに終わってしまった。どうせ俺はその程度さ。
「あの頃こそは、ユキ嬢の偉大さを思い知った――って感じ?」
 ムツはそんなことをやたらハンサムなその顔に笑みを浮かべながら言ってくるが、どうだかな。何か三人でも楽しくやってたっぽいくせに。
「ま、そりゃ楽しいよー」
 つり革にぶら下がってメグに叩かれているムツを横目で見ながら、ミキがくすりと笑みをこぼす。
「ムツは相変わらずトスのタイミングが変だしね! それにいちいちメグとか突っ込み入れながら練習するから、馬鹿みたいだよ、マジで。昨日までの合宿でもさぁ、」
「は?」
 昨日まで? 合宿?
「お前等、昨日まで合宿だった訳?」
「あん? あれ、ユキ、言ってなかったか? 俺達昨日まで合宿だよ。ははは、帰ってきてすぐ合宿所へリターン、みたいな。俺達伝書鳩かよってな。首前後に動かすぞ!」
 つり革から手を離したムツが、メグの鳩尾に軽く拳を入れながら笑って言うが、正直笑いごとじゃない。
「何やってるんだよ……」
 あの合宿、帰ってきてたった一晩で疲労から完全回復するのは至難の技だぞ。まして出かけるなんて、そりゃあもう自殺行為としか思えない。今目の前で三人が公の視線を気にもとめずぎゃいぎゃい騒いでいるのは、はっきり言って異常だ。
「だってさ、元々合宿の時に掘り出す予定だったんだし。なら疲れてるんでも、合宿の翌日とか合宿そのものに近い日の方がいいかなーって思った訳」
「とか言いながら、ムツ、ユキに電話する前は『合宿の後改めて行くのは疲れるし面倒くさい。ほっといて合宿の時三人で掘っちまおう』とか言ってたんだぜ?」
「馬っ鹿、アレはだな――」
「それにムツ、この前だってさぁ、ユキのこと――」
「言うな馬鹿ミキ! アレは言うな! 言ったら殺す!」
「あはは。あのね、ユキ、実はこの前さ――」
「メグぅううぅぅぅうぅぅっ!!」
 ……。
 何というか。
 三人はあまりにも変わっていなくて。
 でも、何か、昔のままではないような気が――する。
 少し、胸が締め付けられるような思いがした。
 今年、去年、一昨年。
 俺はこいつらとは一緒に合宿に行っていない。
 そこであったことは、俺が知らないこと。
 合宿だけじゃない、三年間。
 俺が知らない間にも、三人は一緒だった訳で。
 俺も、三人も、同じように時間は流れていた訳で。
「――ってことがあった訳だよ」
「……アホか」
 突っ込みを入れる声にも、何故か力が入らなかった。
 俺の知らないこいつらが、ここにはいる。
 そう思うと、何か、やたらとため息をつきたくなる。
「くっそー、何でそんなことユキに言うんだよー。ほじくり返すなよー!」
「あんなこと、忘れろっていう方が無理だってばさ」
「あ、折角だからあの話もする? 今年の四月、新入生が入ってきた時さ、ムツ――」
「だーっ! 言うなー!」
 俺の知らないことを和気藹々と話す俺の知らない三人は、

 少し、遠くに感じられた。

「……ユキ? どうかした?」
 ふと気がつくと、メグの整った優等生面がすぐ目の前にあった。その表情から考えるに俺のことを心配しているらしい。何というか俺、よっぽど深刻そうな顔をしてたんだろうな。
「本当、すっげー深刻そうな顔してたよ。あ……俺達何か悪いこと言ったかな?」
「別に」
 続いて顔を覗き込んできたミキに、俺は首を横に振ることで答えた。
 ただし、続けてこんな本音は、さりげなく伝えてみることにする。
「ただ、何かみんな変わったかな……とかさ」


←Back Next→



home

inserted by FC2 system