* * *

 それからというもの、野瀬はしつこく俺に付き纏うようになった。とにかく俺と仲良くなりたくて仕方ないらしい。というのを、面と向かって言ってくるんだから相当変な奴だ。
 そんな変人を追い払わないでいるんだから、やっぱり状況に流されやすい俺だった。

 それでも昼休みと放課後は、野瀬とは半ば別行動だった。というのも、野瀬は放課後は仮入部・昼休み中は惰眠貪りで、それぞれすぐ帰宅と読書という俺とは生活パターンが相当に違い、野瀬はいくら俺と仲良くなりたいといっても自分の都合を曲げてまで付き纏いたい訳ではないらしい。おかげでゆっくりと本が読めてよかった。
 そんな平和な、ある日の昼休み。
 野瀬が隣の席でウザいくらい幸せそうに寝息を立てているので、俺は前々から気になっていた学校図書館に行ってみることにした。蔵書三万冊、とか。規模としてはちょっとした市民図書館並みの、我が校自慢の施設である。
 読書好きの俺としては今日という日まで行かなかったのが不思議なくらいだ。もちろん放課後に行く手もあったんだが、やっぱり授業が終わったら速やかに帰りたいだろう? 優先順位は帰宅→読書→図書館。図書館で本をあさるよりは自室のベッドの上で自前の文庫本を読む方が好きな、引きこもり予備軍・俺。
「……やっぱ凄いな」
 入学して二日目に校内を一巡りした時にも来たが、改めて書架を探索すると蔵書のかなり充実していることに気づく。俺は迷わず文庫本のコーナーへ直行した。天井まで伸びている背の高い本棚のそこですぐさま、前から読もうと思っていつつ買っていなかったあるシリーズの最新刊を発見し、即借用決定。その他にも数冊の収穫があった。なかなか使える図書館じゃないか。
 あ、貸し出しには生徒証がいるんだっけ。持ってくるの忘れたかも。まぁいい、とりあえずカウンターに行ってみよう。
「あっ」「おっ」
 と。
 カウンターの方へ行こうと書架の間を出た時、誰かとぶつかった。声が上がった直後、ぱたっと軽めの音を立てて相手が持っていたらしい本が床に何冊か落ちる。その内一冊の文庫本を拾い上げた時、表紙が見えた。
「……あ」
 俺がシリーズで借りようと思っていた本の内、一冊欠けていた最新刊だった。最新刊とは言っても発行が半年以上前なので本棚にあってもいいと思ったのだが、ないものはしょうがないと諦めた一冊だ。
 誰が借りてたんだ? 本を差し出しつつ、俺はぶつかった相手を確認する。
「あ……ありがとう」
 他に落ちた本を拾い上げていたそいつは、俺が差し出した本を受け取るとにっこりと微笑んだ。やけに優等生的な笑みだ。俺にそう思わせるくらいにはぴたりとはまっているフレームの細い眼鏡をかけていて、髪型は……ポニーテール。優男という表現が当てはまりそうな顔立ちに俺よりも十五センチ程も高そうな長身は、確かに優等生風だ。
 しっかり着こなされた制服。
 完璧だな、おい。でも持ってた本はライトノベル、ですか……
「あれ……君ってさ、」
 エセ優等生面のそいつが急に会話を開始しようとしたので、俺は観察をやめて少し高い位置にあるそいつの顔を見上げる。それにしたって背、高いな。学年でもずば抜けてるんじゃないか? 「うちのクラスの人だよね?」  え、そうだっけ。  何せ野瀬以外の人間とはほとんど関わっていないから(入学して十日とかだから仕方ない。と思う)、うちのクラス〜と言われてもいまいちピンとこない。そう、野瀬くらい目立つ容姿をしているんならともかくだ。
 とか言いつつ、こいつもそれなりに整った顔立ちしてるけど。
「えーっと……B組だけど」
「やっぱり! そうだよね。あの、いつもあの格好いい人……野瀬君だっけ、と一緒にいるさぁ」
 おお、素晴らしい認識力。
 軽く感心していると、そいつはにっこりと微笑んでこう言った。
「僕は浜野恵。君は?」

 話を聞けば、浜野の席は野瀬の後ろの席、つまり俺の斜め後ろなんだそうだ。それなら俺達のことを認知していても何ら不思議はない。「貸し出し?」と聞かれてうなずくと、浜野は俺をカウンターまで連れて行って貸し出しの処理をしながらそう話してくれた。
「ていうか、お前図書委員?」
「うん。君は……何だっけ?」
「確か入ってなかったんじゃないかな、委員会には」
 更に会話を続けると、浜野は図書委員として毎週この曜日の昼休みには図書館で貸し出し・返却業務や書架整理の仕事をしているとのことだった。さっき落とした本は、手続きした後で本棚に戻そうとしていたらしい。
「じゃあこれ、別にお前が読んでた訳じゃないんだ」
「うん? あ、それなら読んだことあるよ」
「へぇ」
「ラノベ好き?」
「うん、かなり」
「僕もね、結構読むよ。これは面白かったな」
 何かこいつ、話しやすくていい奴かも。
 折角なので図書委員の仕事を手伝ってやりながら、俺は浜野とくだらない話をした。そうして話してみると、結構趣味なんかが似ていることがわかる。好きな本のシリーズとか小説家とかの話でなかなか盛り上がれた。
 そうこうしている内に昼休みは終了。
「あ、そう言えば君さ、部活は?」
 図書委員の仕事でもう少しだけ残るという浜野に、別れ際いきなりそう尋ねられた。どこの部活にも仮入部に行っていない俺は、首を左右に振ることで答える。
 すると「そっか、まだ決まってないんだ」と微笑む浜野。いや、部活やるかどうかもそもそも決めてないけど。
「僕さ、バレー部に入ってるんだけど、」
 バレー部か。背が高い浜野にはぴったりな部活だな。
「今日、よければ来ない?」
「いや。興味ない」
 とか、折角仲良くなった奴につっけんどんに言えるほど冷え切った人間を俺はしていない。実際にはバレーボールに興味なんてほとんどなかったが、誘われたんだから行ってみるくらいはいいだろう。
「いいよ、行く」
「じゃあ、放課後ホームルーム終わったら一緒に行こう」
「オッケー」
 普通の友達らしい会話でその場は終了し、俺はそれからも、浜野とそんな心地よい距離での付き合いを続けるつもりだった。
 浜野恵、後の通称・メグを――そんな付き合いのできる、普通のいい奴だと思っていた。
 けれど、本日の収穫五冊を手に教室に戻る俺はこの後、この浜野も実は結構な問題児だということを知ることになる。
 この後とはいつか。

 放課後の部活で、だった。


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