* * *

「練習時の基本チームを決めるために、選抜試合を行なう」
 と、バレー部顧問の鬼監督は言った。バレーはチームによって様々な練習方法が工夫されることの多いスポーツだが、全国レベルのうちのバレー部で取り入れられているのが「練習チーム制」だ。
 バレーの試合チームには最大十二名の競技者がいて、その内六人がコート内で戦うが、必然その六人のチームワークというのが重要になってくる。バレーではラリー(相手側への返球)毎三回のプレー(ボールとの接触)を最大限使って攻撃を行なう訳だが、相手の攻撃を味方の攻撃へと繋げるためにレシーブする一回、返球されたボールを最も攻撃しやすい位置へトスする一回、最後に相手側へとアタックを繰り出す一回、計三回のチャンスを最大限活かすためには、プレーするメンバーの相性が何よりも大切になる訳だ。
 すなわち。
 レシーブ・トス・アタック、三本仕立ての攻撃をするために必要なチームワークというのを、日頃から部員に鍛えさせるために――基本的な練習では練習チーム毎に動いて、そのチーム内で高めた協力性をそのまま試合チームへ導入してしまえ、という考え方である。
 セッター、エースアタッカー、レシーバーないしレシーブとアタック・ブロックをバランスよくこなす補助アタッカー、プラス練習を監督・補佐するマネージャーとで、一チームを構成。協力性の高められたそれをまとめて試合チームへぶち込んでしまえば、戦略指導以外に特別な指導はいらないって寸法だ。乱暴だが、スマートな体制ではある。
 ……話が長くなりすぎたな。
 四月の最終週までに入部届を出した一年生は、全部で十八人。内三人がマネージャー希望で選手希望が十五人。これを五名か四名のチーム四つに分割するのが、今回の選抜試合だった。
「仕組みは簡単っ。まず、セッター・エースアタッカー・レシーブか補助の三つのポジションに希望でわかれて、各ポジションから一人ずつ、合計三人で仮のチームを構成する。全部で五チーム! そのチーム対抗での試合を、メンバーを変えながら何回もやるって訳っ。三対三、ラリーポイント制・一セット二十五点マッチ……俺達マネージャー希望者の仕事は、試合をしているチームのどっちかにくっついて、戦略とかのアドバイスをすること」
 監督から先に説明を受けたという服部が、百均で購入したらしいダブルリングのノートに書き留めた中身を俺に見せながら、はきはきとそう説明してくれた。
「……ふーん。つまり、その中で一番相性のよかった奴とチームを組まされることになる訳か」
「そういうことだねっ」
 しばし俺は考え込む。
 野瀬はセッター希望で、俺がエースアタッカーを希望。何でも卒なくこなせる浜野は補助アタッカーをやると言っていた。そして服部はマネージャー。
「……折角仲良くなれたし、同じチームだったりしたら楽しいよなっ」
 服部は、一段階声を落としたどことなく真剣そうな口調で言った。顔だけ日頃の笑顔をなぞっているのがわかる。
 複雑な心境になって、俺はそっけない口調になりながら返す。
「それだけは……俺には何とも言えねぇな」
「お前は? その方がいいとかは?」
「……さぁ」

 四月最終週、放課後の体育館で選抜試合は進んでいく。
 幾度となく仮チームは変えられて、俺は他の部員と組んで何度も試合をした。
 仮入部中や入部してから教わった基本動作をフル活用しつつ。
 俺同じく先輩達から技術を叩き込まれた同輩達には、誰をとっても酷く下手くそなのはいなかった。
 けれど――どうしてだろう。
 俺は何故かこんなことを感じていた。

 どうしてもしっくり来ない。

 そうして、そのまま選抜試合の最終日最終枠がやってきた。
 試合をまた一つ終え汗をぬぐいながら、次の試合のチーム編成がかかれているはずの体育教官室前ホワイトボードに視線をやる。自分の名前を探し当て、それに連ねられている仮チームメイトの名前を見――俺はどきりとした。
 セッター・野瀬睦、補助・浜野恵。
「……そういうことかよ」
 野瀬や浜野と同じチームになったことは、どっちも一度もない。よって奴等と同じチームになる最初で最後の機会が、次の最終枠だった。
「よっ、ユキ」
 ぽん、と肩を叩かれて振り返れば、悔しいことにも見慣れてしまった野瀬のイケメン面がそこにはあった。
「……何だよ」
「まさか最終枠で当たるとはな」
 ひゅう、と口笛を吹いて野瀬は言う。俺は何も言わずに視線をホワイトボードへと戻したが、内心は野瀬が言ったのと同じことを思っていた。まさか、よりによっての最終枠で当たるとは。随分とできたストーリーだ。
「お前にいいことを一つ、教えてやんよ」
 もう一度俺の肩を慣れ慣れしく叩き、野瀬は言った。
「最終枠に出る俺達以外の奴等は、もう粗方チームが決まってて――次の最終枠、どうも、監督が最後までチームを決めかねた奴等が集まってるらしいぜ」 「――」
 俺は何も言わなかった。すると野瀬は、俺が言い返してこないことに気をよくしたのか、ふっとほくそ笑む。
「ミキに、俺達のチームにつくように言ってみるか?」
「……好きにしろ」
 俺は肩に乗ったままの野瀬の手を振り払い、ホワイトボードの前を離れた。

 * * *

 二年の先輩が主審に立ち試合開始を告げ、ついに最終試合が始まった。仮にキャプテンと決められた野瀬が相手のキャプテンとトスを行ない、コートかサービス権の決定権を決める。相手側が勝利し、ほとんど迷わずサービス権を選んだ。
「まぁ、基本線押さえて適当にやっていきますか! レシーブよろしく、お二人さん」
 三対三のミニゲーム、ラリーポイント制・一セット二十五点マッチ、ローテーション有り。
 ネット際に立った野瀬は、隣の俺とバックゾーン(ネットから三メートルのアタックラインより後ろ)に立った浜野にひらりと手のひらを晒してそう言った。「うん、頑張るよ」とは浜野談。
 主審の先輩が笛を吹いて、サービスを許可する。
 相手のサーバーが、アンダーハンドでサービスを打ち込んできた。
「――はいっ」
 緩めのサービスを浜野が正確にレシーブし、野瀬へと返球する。野瀬はネット際で体勢を整えると、浜野が上げたボールを全身を使ってトスした。
 次は順番から言って、エースアタッカー希望の俺だ。
 俺は先輩から教わった通りに、基本的なタイミングで助走に入って、踏み切ろうとし――
 すぐにタイミングを見失った。
「……!」
 俺の入るタイミングが悪かった訳では申し訳ないが全然ない、問題はセッターたる野瀬の方にあった。レシーブをした浜野を正面に見てボールを受け、身体をひねってレフト方向へとボールを上げようとする野瀬のフォームにおかしいところは確かに何もない。基本的なオープントスのフォームそのままだ。普通なら、ボールは俺の読んだ通りのタイミングでネット際へと高めに上げられる、そんな体勢。
 けれど――野瀬は。
 オーバーハンドパスでボールを受けた際、何故か一瞬だけ、ボールを溜めたのだ。
 軽く腕を曲げ、ホールディング(ボールの動きを止めてしまう反則)ぎりぎりに。よほどバレーを知っている人でないとわからないくらい、今まさにスパイクを打たんとしている俺がやっとわかるくらいに、微かに――
「っやべぇ」
 完全にタイミングを見誤った俺が相手コートへ打ち込んだのは、高すぎる地点でボールを捉えた故の、勢いの半減した緩いにも程があるスパイクだった。
 ……何なんだ、あの間の悪いトスは。
 つい舌打ちがついた俺だったが、危機感はそれだけに留まらない。
 相手のレシーバーが安定してセッターへ返球し、セッターが見事なオープントスを上げる。アタッカーが踏み切り、スナップを利かせた手首から上がボールにクリティカルヒットする鋭い音がした。
 奴の狙う先は、スパイクを打ち損ねて体勢を整えたばかりの俺。
「――っ!」
 勢いを、殺せない。
 フォームを作り低い位置できちんとスパイクを受けたにも関わらず、角度的な問題かそれともスピードか、ボールは俺の腕に強烈な痛みを与えてコートの外へと吹っ飛んでいってしまった。
 浜野がフォローしようと走っていくが、間に合うはずがなく。
 努力も虚しく、ボールはサイドラインの外へと沈黙した。
「たっ、」
 俺達側のバックゾーン脇で経過を見守っていた服部が、声を張り上げた。
「――タイムアウト!」

「どうしたんだよ、さっきのレシーブっ」
 与えられた三十秒間のタイムアウトで、服部は俺の元へ駆け寄ってくると身を乗り出し畳み掛けるように言った。
「全然、セッターに返ってなかったじゃんかっ」
「……あんなのレシーブなんかできねぇって」
 集まってきた野瀬と浜野にも聞こえるように、俺は声荒く答える。
「大体な、野瀬。……さっきのあのトスは何だよ」
「何だって何が」
 八つ当たり的に尋ねても、野瀬は口をへの字に曲げて不機嫌そうな顔をするだけだ。
「上げるタイミングがおかしいだろ。何であそこで溜めるんだ」
「……。溜めてねぇ」
「いや、溜めてる」
「……溜めないと上げられねぇ」
 野瀬は口をへの字に曲げたまま、ぼそりとした口調で短く俺にそう告げる。
 ……何だって? 溜めないと上げられない?
「あのフォームなら、溜めなくたって充分上がるだろ」
「無理。……もう癖になっちまった。何回も直そうとはしたんだけど……悪い。あのタイミング以外で、俺はトスを上げられねぇ」
 苦々しく野瀬は言う。何てこった、そういうことか。いわゆる選手一人一人の癖。独特のタイミングを持つ選手とはこれまでの選抜試合でも何度か組んだが、野瀬ほど酷い癖を持った奴は初めてだった。野瀬がさっき言っていた、「チームを決めかねた奴等」という台詞を思い出す。
 ……ずばりお前がチーム決めかねられてるじゃねぇか。
「……もうタイムアウト切れちゃうよ」
「……。とりあえず、あいつのスパイクレシーブは俺はできない。浜野、悪いけど全面的にそこは頼んだ。……野瀬。お前は何でもいいから癖、直すように努力してくれ」
 俺が言ったところで丁度タイムアウトが切れ、主審が試合再開を告げた。

 その後も、俺達が相手に対して態勢を変えられることはなかった。
 相手はこっちの弱点が俺のスパイクレシーブだということに気がついたらしく、やたらと俺の方ばかりを狙ってスパイクを打ち込んできやがるようになったし、その狙いがどこまでも冷静で浜野がフォローに入る隙もない。仮に浜野がレシーブに成功して野瀬に返球しても、そこでは野瀬のトスと俺のスパイクが合わないという高い壁が立ちはだかるのだった。野瀬も努力をしているのはわかるんだが、タイミングが相変わらず掴みにくい。俺が相手コートへ叩き込めたのはろくに構えてなくても返せそうな失速気味のオープンスパイクと、するつもりもなかったのにそうなってしまったフェイントだけだった。
 主に俺のレシーブミスで失点を重ね、あっさりと十三点を先取されてコートチェンジ。
「……どうなってんだよ」
 別に勝ちたい訳じゃないが、負けっぱなしは腹が立つ。移動している際苛立ちがつい口をつくと、後ろをついてきた浜野が宥めるように言ってきた。
「ごめんね……もうちょっと、もうちょっとでいいから僕が間に入れればいいんだけど……」
「お前が謝っても意味ないだろ」
「そうだけど……」
 すぐに試合は再開した。
 相手のアタッカーは相変わらずしつこく俺を狙ってくる。確かにスパイクにおいてエースアタッカーを狙うのは定石だと先輩は言っていたが、だからってここまでしつこいといじめにも思えてくるから最悪だ。
 何とかボールを上げることに成功し、セッターの野瀬がフォローに入って大きくバックトス、それを浜野がスパイクしようとする。けれど、打ち出されるのはやはり気の抜けたアタックだった。タイミングが掴めないのは浜野も同じのようだ。
 あっさりレシーブされ、スパイクへと繋げられて一点を取られる。
「……十六対五か」
 得点表を見て、野瀬が悔しそう且つ忌々しげに呟いたのが聞こえた、その時――
「タイムアウト! テクニカルタイムアウトだろっ!?」
 と――
 そう大声を上げながら、ハーフアップにした長い髪をはためかせて一層小柄な人影が慌しく駆けてきた。何かと思って見れば、ダブルリングのノート片手の服部だ。いつの間にかいなくなったと思ってたけど一体どこへ行っていたんだろう? 主審からのテクニカルタイムアウト(どちらかのチームが八・十六点を先取した時点で自動的に与えられるタイムアウト。一分間)指示を確認した後で、俺達はコートの外でぜぇぜぇと肩で息をするマネージャー候補の元へ集まる。
「わかった、相手の欠点がっ! これなら勝てるかもっ」
 軽く呼吸を整えた後で、服部は多少の声は抑えつつも興奮を隠し切れぬ様子で言った。
「欠点? 相手のか?」
「そうっ! ……メインでスパイク打ってる奴! アレ、監督に聞いたんだけど――今年、一番実力があるって見てるエース候補らしい。小学校でも、クラブでバレーやってたんだってっ」
 そうなのか。道理で全く歯が立たない訳だ。
「でも組めそうなセッターがいなくて、決めかねてたんだってさっ。今、セッターやってる奴とタイミング合ってるところ見ると――丁度、相性いいのと当たったところで、俺達の相手になっちゃったみたい」
「ふぅん。……それで、それと俺達が勝てんのとどういう関係があんだよ?」
 言って首をひねる野瀬の疑問は、至極真っ当なものだ。
 服部はそんな野瀬にちっちっ、と舌打ちをすると、「頭悪ぃなら悪ぃなりに考えてみろよ」と自らの頭を指差して言った。
「あれだけの勢いのスパイク――無理にレシーブしようとしないで、上手く見逃したら、どうなる?」
「……多分アウトになるよね」
 浜野が答えて、それから「あ」と間抜けな声を上げた。服部は得意げにうなずく。タイムアウトが切れるまであと三十秒を切った。
「だろ? ……アウトになる回数が増えれば、当然バレー慣れしてる向こうは手加減するよなっ。そうやって手を抜いたスパイクなら、レシーブできるんじゃないか?」

 ――――。

「余裕あるレシーブができれば、トスも余裕持って上げられるし。レシーブが安定してる分、スパイクへの体勢立て直しも速やかにできる。体勢がちゃんと立て直せれば……きっと、トスとの上手いタイミングを掴めるよっ!」
 服部はそう、握り拳を作ってまで力説する。
「でも待てよ。俺なんかじゃ、こいつとのタイミングなんて合わせ――」
「ユキ」
 反論しようとしたところで、肩を誰かに掴まれた。
 野瀬だった。
「俺の下手くそなトスで、お前の攻撃を活かせてないのは認めるよ。本当に悪いって思ってる。……でも、俺も精一杯やってる。だから頼む、今の時点じゃミキが言った以外に特効薬がねぇ。俺がいくら一人で頑張ったって、お前がやってくれなきゃどうにもならないんだ」
「そうだよ」
 と、横から続けたのは浜野。
「君ならきっとできるって。……確かに野瀬君のトスは独特だし、はっきり君とはタイミングが合ってないよ。でも、思うけど――君は目がいい。ちゃんと冷静になって見極めれば、絶対に打てるって思う」
「俺の言うことに間違いはないよっ」
 自信たっぷりに、服部。
「今俺達が負けてるのは、思ったようにならなくて頭がこんがらがっちゃってるからってだけ! 冷静に対処すれば、絶対俺の言った通りになるって。焦ってもしょうがないし、お互いを信じるしかねぇよっ」
 タイムアウトは残り十秒を切った。
 俺は考える。時間が限られているため、ほんの少しの間だけ、思考する。
「……わかった」
 まず服部を。次に浜野を。そして、最後に野瀬を。
 順番に眺めて、うなずいた。

「やってみる」


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