* * *

 有言実行というのがムツのポリシー、というか生き様なので、当然言葉通り軽音部室に直行だった。本当に直行だ。昇降口の自販機に寄る時間さえ与えてくれなかった。ムツの馬鹿。水分不足で死んでやる。
「ちわーっす! 有志バンドの参加を頼まれていた野瀬でーすっ! 楽器決めしたいんで来ましたー!」
 中で活動している人のことをまるで考えずに、ムツはそう大声で言いながら軽音部室のドアを開け放ち、ずかずかと元気よく飛び込んでいった。多少乱雑に聞こえてしまう軽音楽の楽器ならではの音を響かせていた部員の内一人が、そんなムツを見て目を輝かせた……と言ったら、それが誰だかわかるだろう。木之本だ。
 木之本はしばらくの間、ムツにありがとうと月並みな礼を言ったり助かったといって泣きついたり(大げさじゃなく本当に泣いてた)、練習場所や時間についてこっちが遠慮したくなるような好条件を持ちかけたり、楽器について一通りの説明をしたりした。その間メグとミキと俺は、他の軽音部員から椅子を勧められたのでそれに座り、木之本が満足するまで練習で疲れた身体を癒していた。本当は自販に行きたかったが、ここを出て行こうとするとムツが何を言うかわからないのでやめることにする。
「よっしゃ」
 後は好きに使っていいから。別の部屋にいるから、終わったら声かけて。
 まだ何か色々と言いたそうだった木之本から最後にそう言われた後、引き渡された軽音部室で、ムツがワイシャツの半袖を少しだけめくって言った。
「じゃあ、早速楽器決めと曲決めするか!」
「まずは曲じゃないかな。楽器より」
 と、提案したのはメグだった。ムツと木之本が話している間、置いてある軽音機材を物珍しそうに眺めていたエセ優等生面は、両手を広げ、その提案の理由を説明し始める。
「曲っていうか、うーん、バンドの形? ほら、曲によって必要な楽器が変わってくるだろ? バンドにも色んな形があるじゃない。ギター・ベース・ドラムにピアノとかキーボードとか、もしくは一人ボーカル専任がいるとかさ。……その形によって、できる曲も勝手に決まってきちゃうだろ? 楽器を決めて、じゃあやりたい曲ができないんじゃ、ちょっと嫌だからさ」
「ふーん……そっか。そうだな、この楽器ができないーよりはこの曲ができないーの方がやだもんな」
 ムツはわかっているんだかいないんだか、やけに納得したように言って腕を組むと、じゃあ何やる、と即刻曲決めに移った。
「バンドかー」
 やったら大きい目をきらきらさせながら、ミキが言う。
「バンドっていったらやっぱ、俺からするとBUMP……なんだよねぇ」
 丁度俺が考えていたのと、それは同じことだった。
 BUMP OF CHICKENは、今俺達くらいの学生の中で人気のロックグループだ。ギターボーカルを担当している藤原基央氏が主として書く曲と、その歌詞が俺達の共感を誘っている訳で、まぁ、うん、他に説明の仕様がないので繰り返すことになるが、人気なのである。俺達というからには俺ももちろんファンの一人。音楽関係は大抵CDをレンタルして終わらせてしまう俺がシングルもアルバムも欠かさず買っている、数少ないアーティストの内の一つだ。
「お、やっぱ?」
 くいっと人差し指をミキに向け、ムツが言う。どうやらムツも同じことを考えていたようだ。
「折角やるんだったら好きなアーティストのがいいよなー。オリジナルをやるってんでもそりゃいいかも知れないけど、そんな時間ないし、だったら既存の曲をやるしかないじゃん? で、同じ既存の曲なら……BUMPだよなぁ、BUMP。時代は今B☆O☆Cですよ!」
 星マークを連発しながらくるりとその場でターンし不可解なポーズを決めたムツのBUMP OF CHICKEN万歳な台詞を引き継ぐように、メグが続いて口を開く。
「そうだね。それに、BUMPなら僕らと同じ丁度四人だしね。ギター二人で内一人はボーカル兼任、ベースが一人、ドラムが一人でしょ? 丁度いいよ。BUMPくらいの人達になれば、楽器店とかに行けばバンドピースもそろってるはずだし。もしかしたら軽音の人達もいくつか持ってるかも知れないしね、楽譜。賛成賛成」
「おっ、味方が増えたな。三対一だ」
 随分と説得力のある賛成理由をさらりと言ってのけたメグにそう言って、ムツは最後に俺を見た。「で?」、言った目がにやにやと笑っている。
「ユキはどうだよ? まぁ、駄目って言っても三対一だしどの道BUMPやるけどさぁ」
 だったら聞くなよ。ついでに反対する理由もない。BUMPの曲をやれるっていうなら俺としてはそれこそ大歓迎さ。下手にお前が作ったオリジナルをやるよりもずっといい。
「あっそ。……来年はぜーったい、俺の書いたオリジナルでやるからなっ」
 触れ合うぎりぎりまで顔を寄せてきてそんな恐ろしいことを言ってくれやがるムツだった。というかお前、来年もやるつもりか。今回上手くいくかもわからないのに。
 という俺の突っ込みは華麗に無視して、ムツはメグとミキを振り返った。
「おっし、それじゃあBUMP OF CHICKENの曲をやるってことで決定! 早速楽器を決めるかな! 適当に触ってみようぜ、まずは」
「おっけー」「うんっ」
 壊すなよ、お前等。借り物なんだからな。


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