* * *

 俺の心配をよそに、三人は部室内に置いてあった楽器をとっかえひっかえにいじり始めた。
「うー……こうか? えっと、」
 本棚からギター教本なるものを取り出してエレキギターをアンプに繋がずいじっているのはムツだ。ページをめくりながら一つ一つコードを押さえ、つたないストロークで音を奏でている。つたないとは言ったものの、素人目から見ても初めてにしてはできている方だろう。少なくとも、ムツに押し付けられたアコースティックギターを抱えている俺よりはできている。
 でも、比べれば当然、上には上がいるものだ。
「うわはっ、面白いなー」
 言いながらべけべけとベースを鳴らしているのは、同じく教本片手のミキだ。小さい身体にあまりにも大きく見えるエレキジャズベースを笑顔で奏でるミキは、教本にのコード進行などを一通り、かなり滑らかな手さばきでなぞっていた。ついには教本の楽譜を元にして新しく旋律を作って演奏し出す始末だ。聞いていると、ベースラインが特徴的なまでによく目立って動いているのがわかる。というか、ベースの弾き方じゃないぞそれ。お前はギターソロを弾いた方がよっぽどいいんじゃないか。
「えー、でも、ベースの方が俺、好きかも?」
 ……先輩達からの告白が絶えない超絶美人のミキにこちらが悶絶して死にそうになるような笑顔で「好きかも?」なんて台詞を言わせるとは、ベース恐るべし、だった。
「それに、俺がベースだったら見た感じ丁度いいでしょ? ユキとムツはギターで、メグはドラムやってるし」
 と、ミキがベースのヘッドで示した先では、メグがドラムセットの前に陣取っている。ついさっきまで教本片手だったのだが、自ら木之本の元に出向いて軽音部員を引き連れて戻ってきてからは、その彼を先生にしてあれこれとドラムの叩き方を教わっていた。
「結構上手いじゃんっ」
 ミキがそういうのも一理あるし、傍で教えている軽音部員の彼の顔がどんどん蒼白になっていくのを見ると、うん、多分上手いんだろうな。最初の内手と足を同時に動かせなかったのが嘘のように、今は理路整然とリズムを刻んでいる。
「決まりだな!」
 いつの間にかムツがフライングVのギターを抱えたままで俺達のところに寄ってきていて、奴はメグを横目にそんなことを言ってきた。
「ベース・ミキ、ドラム・メグ、ギター・俺とユキ。ぴったりじゃん? やー、まさかここまであっさり決まるとは思ってなかったぜ。うん、これで行こう!」
「ちょっと待て、」
 かなり勝手な楽器分担を言い渡し、順風満帆だと笑顔で言ってのけたムツに、俺はそう待ったをかけた。
 理由は単純明快。
「……俺、ギター大して弾けないぞ?」
 メグとミキは初心者にしてほとんど完璧、ムツもそれなりに何とかなりそう、それに対して俺はさっきも言ったがコードを押さえて鳴らすのが精一杯だ。正直とても形になっているとは言いがたい。だったら他の楽器なら何とかなりそうか、と言われれば残念なことにタンバリンでウンタンやるくらいしかできなさそうなのだが、しかしギターよりは遥かにマシだろうと思う訳だ。
「いーじゃん。ギターで」
 が、そんな俺の抗議はあっさりとそう言って却下するムツだった。
「ギターは毎日抱えてれば弾けるようになるって、我らが音楽教師も言ってただろ? まだ本番まで二ヶ月あるんだし、ユキなら何とかなるべ。とりあえずコードだけでも弾けるようになってくれれば、あとは俺がカバーしてやってもいいし。つーか、練習次第だって! 弾けないとか何とか、そのくらいは根性で何とかしやがれってんだ」
 最終的に根性論かよ。
「テストだってあるだろ。二ヶ月あってもろくに練習できるとは思えないけどな」
 何とか考え直させようと、そう最後の反論を試みる。十月の始め・学園祭の三週間前には定期テストが待ち受けていて、それは今から数えて約一ヵ月後に迫っているものだった。俺は勉強第一とかうるさいことを言う親じゃないが、学生を職としている以上少なくとも赤点はご免こうむりたい。となると部活も休みの試験一週間前は集中して勉強したいし、試験中はもっての外、合わせて大体二週間くらいは練習できなくなる計算だ。な、な?
「別にいーじゃん、テストなんて」
 が、そんな学生としてけしからんことを言ってのけるムツだった。
「俺達中高一貫だしさぁ。そりゃあ高校受験とかするんだったら頑張んなきゃまずいかも知れないけど、俺達は次、大学受験な訳だろ? 四年後じゃん。今回一回くらい落としたところで、特別進学には響かねーよ。痛くも痒くもないって! 一緒に赤点取ろうぜっ!」
 あのな。
「それに、ミキがベースでメグがドラムだと、俺達にはどの道ギターしか残ってねぇ。ま、その二週間除いたところであと一ヶ月と二週間くらいあるから。頑張れぇ、ユキーっ」
 ムツの自己中ぶりには呆れるを通り越してもはや感心するところがあるな。仕方ない。そこまで言われてしまえば、もう俺には断わる権利はない。だったらステージの端っこで、やたら手元を見ながらギターの一本や二本(二本無理だけど)でも弾いてやるさ。
「あ、ユキ。ついでだけど、お前ボーカルやってくれねぇ?」
 しかし、そんな俺のプランを根本から台無しにすることを、ムツが練習に戻る前、振り返りざまに言った。ちょっと待て、何で俺がボーカルなんだ。
「分担的にギターのどっちかがボーカルだろ?」
 だったらお前でもいいだろうが。二者択一で俺になる根拠は何だ、二十五文字以内で言ってみろ。
「カラオケの採点、俺よりお前の方が点数高いから」
 あっさり二十五文字以内で完結に述べ、頼んだぜーと言うだけ言って、ムツは教本との睨めっこを再開した。俺はため息をつく。カラオケの採点が理由か。まぁ、ムツらしいといえばムツらしい。
「いいじゃん、ユキ。僕もユキがいいと思うよ」
 結構夢中になってドラムセットに向かっていたメグが、こういう時に限って練習を中断して言ってきた。
「ムツに歌いながらギター弾くとか器用なことができるとは思えないしね。その点、ユキは何かと器用だからさ。僕等も安心して見ていられるよ」
 はいはい、そーですか。
 どうやら今回のバンドの件、俺が意見できる機会はほとんどなさそうだ。ムツはどこまでもゴーイングマイウェイ、メグはニコニコしてるだけだしミキは何だかんだでムツに乗り気だし。こうなったら、突っ込み役兼流されキャラの俺が何かをできるはずもない。
 やれやれ。
 曲を決める時くらいは、せめて意見取り入れてもらうこととしよう。

 * * *

 そうして慌しかったその日は終わり、次の日からは怒涛の音楽漬けの日々が始まった。
 俺達Cチームは部活が終わった後から毎日軽音部室に赴き、メグがどこからか入手してきた楽譜を数譜片手に、日が暮れるまで練習することになった。夏休みが終了するまでのその二日間、一番の成長振りを見せたのはドラム担当のメグで、最終的には与えられた楽譜を初見でほぼ完璧に叩けるようにまでなった。普段は天然系のドジッ子なクセに、メグはこうやって神童的な一面を見せることがごく稀にある。
 その他のメンバーにしても、ムツは一通りのコードを押さえられるようになり、ミキは曲を聴いてベース譜を作るという上級テクニックを披露できるまでになった。一方の俺はまだコードの半分も覚えていないような状況で、覚えたにしてもスムーズにコード進行できないままである。おいおいお前等、あんまりにも上達早すぎやしないか。少しは待ってくれよ。
 と言った俺がムツから与えられた処方箋は、軽音部備品のレスポールタイプのギター一本で、要は毎晩抱えて眠れということらしかった。よって俺は夏休みの最終日、終わっていない宿題を慌しく片付ける休憩時間に、教本&楽譜と睨めっこをすることになり、翌日は寝坊して盛大に学校に遅刻した。
「いい加減曲を決めなくちゃなぁ」
 とムツが呟き、部活をサボった放課後の軽音部室で曲決めが行なわれたのは、そうして夏休みが明けて一週間くらいしてのことである。そんなムツに、お気に入りのジャズベースを抱え、
「提案があるんだけどさぁ、」
 と言ったのはミキだった。
「シングルのカップリングか、アルバム収録のそんなにメジャーじゃないやつをやらない?」
「あ? 何で?」
 軽音部からパクる気満々のフライングVを膝に乗せたムツが聞き返す。だってさ、とミキは木之本からつい先日もらったエントリー表を持ち上げた。
「シングルの表題作とか、アルバムのメジャーなヤツだと、他のバンドとかぶっちゃうかも知れないじゃん? それじゃ、やってる俺達も聞いてる人達もつまんないんじゃないかなー、って思う訳」
「あー、そっか。そうだよね、他の人と同じじゃつまんないもんね」
 メグが言って、ムツの持参したBUMPのCDの数々を取り上げる。一枚ずつ目を通しながら、
「あるいは隠しトラックとかでもいいかもしれないよ? 楽譜はないけどさ」
 などという難易度Aくらいはありそうなことを言い出した。
「シングルのカップリングか、アルバムのマイナー作品、隠しトラックってことだよな? 何があるんだ?」
「えーっとね……」
 それからは、軽音部室の黒板一面に曲名をずらり並べ、シングルの表題作他アルバムとシングルとで重複している曲を全て斜線で消していくという、面倒くさいこと極まりない作業をするに至った。
 三十分近くの時間を費やされて書き出された曲は四十八曲という、全てやろうと思ったら気が遠くなるような数で、そこからどうしても演奏できなさそうな隠しトラックやメジャーだと考えられるドラマの挿入歌、有名な曲やその他諸々を除くと、大体二十五曲くらいに絞られた。最初書き出した全ての曲数から考えるとかなりのダイエットに成功した感じだ。
「バランス的に、シングルのカップリング一曲とアルバム一曲、隠しトラック一曲がいいんじゃないかな?」
 軽音からもらった発表時間はステージへの出入りを含めて二十分なので、準備などに五分はかかると計算すると三曲くらい演奏できる。それを踏まえてのメグの意見には、俺達は迷うことなくうなずいた。
「じゃあ、それぞれ三曲ずつくらいに絞るか!」
 そうして最終的に候補として残ったのは、シングルのカップリング・アルバム・隠しトラック、それぞれ二曲ずつ計六曲で、曲と時間を書かなければならないエントリー表の提出期限まではこれ全てを練習するという方向で一致した。
 しかし六曲か。
 俺の眠れない音楽漬けの日は続くことになった。


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