* * *

 時の流れは絶えずして、しかも元の時にあらず。
 なんちゃって。
 何が言いたいかというと「月日の流れは光陰矢の如し」、あっという間にデート当日・決戦の日曜日はやってきたのだった。
 そして本来ならば学校でバレー部の休日練習があるところ、メグはもちろん「外せない用事」で欠席になっているものの、メグ以外のCチームメンバー・俺、ムツ、ミキも部活を休み――俺達は、横浜駅の中央改札を出て徒歩十分強のところにあるメグの住まうマンション前にいた。
「諸君、ついにこの日がやってきた……」
 オートロックマンションの玄関前に立ったムツはわざとらしく渋くした声で言い、それに続けてこう叫んだ。
「メグの初デートの日だぁぁぁっ!」
「うるせぇ」
 いつも通りムツの頭を平手で叩く俺と、それを大層面白そうにげらげらと笑いながら見ているミキ、という構図である。
 俺達三人は全員が私服姿だった。いかに友達同士、休日も一緒に過ごす部活のチームメイトだといっても、会うのは大概が学校内だったりするので、実はお互いの私服姿というのは知り合って一年経った今でもあまり見慣れていなかったりする。俺の私服センスについては説明を省くが、ここで特筆すべきはムツのファッションで、ユーズド感溢れるジーパンに黒プリントが斬新な白いシャツを着て漆黒のジャケットを羽織り、首に真っ赤なバンダナを結び靴はゴツいこれまた黒の革靴、頭にハンチングみたいなカーキ色の帽子を乗せるという格好は、こうして言葉で描写すると斬新過ぎて奇妙だが、不思議と似合っていた。その整い過ぎた顔立ちやすらりとしたスタイルも相まって、雑誌からファッションモデルが一人飛び出してきたみたいだ。
 くそ、こいつ、悔しいことに同性の目から見ても格好いいんだよな……確かにメグが言った通り、惚れるならどう考えたってこっちだ。
 ちなみにその脇で控えているミキは、少女風に可憐な外見とは反して案外ボーイッシュな、七分丈のカーゴパンツにプリントTシャツ、でか過ぎるパーカーという格好なのだけれど、俺的にはこのギャップがたまらない美人マネージャーの私服も結構ツボだったりする。
 で。
 問題は、何故そうして私服姿の俺達がメグの家の前にいるのかってことなんだけど。
「じゃあ、早速行きますかねー」
「行きましょうっ、隊長! どこまでもついていきますっ!」
 ムツとミキはオートロックマンションの自動ドアをくぐって玄関ホールに入ると、迷いなくメグの家の部屋番号を呼び出した。しばらくしてスピーカーから聞こえてきたのはメグのすました声で、
「はい、どちら様ですか?」
「あ、おはよーございます。本日めでたく初デートを迎えられた浜野恵君のことをお祝いに来たお友達ですがー」
「……」
 ムツのチャラけた台詞に、スピーカーの向こうでメグは黙りこくった。
 そりゃそうなるわなぁ……。
「メグー、聞こえてる?」
「……聞こえてるよ……何で……何でムツがいるの……?」
「ユキとミキもいるぜ」
「……」
「開けて?」
「……わかったよ」
 すると、がちゃんと音がして厳重に閉ざされていたオートロックのガラスドアが開錠された。早々にミキがドアノブを引き、俺とムツを手招きする。
「どうぞ、上がって」
 スピーカーから最後に聞こえたメグの声が怖かったが……悪く思わないでくれよ、メグ。言い訳がましいけど、こんなことになったのは決して俺の責任じゃないからな。
 どうして俺達がデート当日の朝になってメグの家に押しかけることになったのか。
 ここで唐突に、時間軸はメグと電話をしたあの日の夜にさかのぼる。

 * * *

 お互いに「じゃあな」を言い合った後、たまには友達と電話で話すのも悪くないなぁとか珍しくそんな感想を抱きつつ、俺は通話を終えて携帯電話のフラップを閉じた。
 その直後、再び携帯電話がけたたましい着信メロディを奏で始めた。満足げに吐息を一つ漏らして食べ終わったアイスの棒をごみ箱にスローインしようとしていた俺は、突然の着メロに柄にもなく「わっ」と声を上げて驚いてしまう。激しくバイブレーションを続ける手中の携帯電話、そのサブディスプレイに表示されていた名前は今度こそ、

『野瀬睦』

「……」
 着信拒否っと。
 俺はいくつかボタンを操作して着拒を設定すると、そのままベッドの上に携帯電話を放置した。友達相手にいいのかと突っ込みを受けそうな対応の仕方だが、それに対して反論させてもらえば、俺はムツのことなんかそもそも友達だと思っていない。いませんとも。いねぇっつうの。
 だから電話なんか絶対出ないぞ。
 と心に決め込んでいたものの、ムツは流れている着拒のガイドを聞いているだろうにも関わらず、しつこく何度も電話を鳴らしてくる。十分経過したところでまだぎゃーぎゃーと騒ぎ続けている携帯電話に、何としても無視を決め込めばよかったものを、俺はついに痺れを切らして通話ボタンを押して出てしまった。
「……ハイ」
「だからユキ、電話に出る時の『……ハイ』っつー声が怖いっての! あと着拒すんな!」
 ちなみに今回ばかりはありったけの憎悪を込めて意図的に怖く答えたのだが、それを知ってか知らずかムツは電話に出るなり絶叫を浴びせ掛けてくる。あまりのうるささに一旦電話を耳から離してから、俺は作った声色を変えずに言った。
「用件を五秒以内に言え、さもなくば切る。……五、四、三、二、一、ブー。サヨウナラ」
「ばっか、切るんじゃねぇ! 切んなよ、ユキっ!」
 再び襲い掛かってくる怒鳴り声。やめろ、馬鹿。俺の鼓膜を破壊する気か。
 俺は忌々しい気持ちで舌打ちをすると、電話の向こうのムカつくイケメン面を思い浮かべながら仕方なく答えた。
「何の用だよ」
「ようっ!」
「……真面目にぶった切るぞ」
「ごめんごめん、今のは冗談。つーかユキちゃん、いっつも思うけどこの程度のジョークでマジ切れすんなよな? アメリカに、」
「行ったら笑われちゃう話はもう何度も聞いたぞ。そしてその度に答えただろ、俺にはアメリカに行く予定はないって。な?」
「凄むなよ、結構本気で怖いからさ……はい、用件!」
 いつものようにくだらない漫才を一通り繰り広げた後で、ムツは唐突にこう言った。
「今お前、メグと電話してただろ」
 げっ、何でわかるんだよ、こいつ。
「……ムツ、お前ひょっとして超能力者なのか?」
「うむ、ずっと隠していたが実は俺はレベルセブンのテレパスで、バ●ルの特務エスパーなのだ。……とまぁ、冗談はさておき。ただ予想が当たっただけだよ。さっきメグに電話して出なくて、その直後お前に電話したら出なかったからさ。二人で電話してんじゃないかってさ」
「へぇ」
 いつになくムツが鋭い。もっとも、こいつは変なところで本当に超能力者みたいな超人ぶりを発揮することが稀にあるので、別段驚くことでもないんだけど。
 しかし、今日のこの鋭さに限っては何故かとてつもなく嫌な予感がするぞ……。
 やっぱ電話切りてぇ。
「で。メグと何の話してたの?」
「……別に。ひたすら惚気られただけだけど」
「ほう、惚気られたのか。ってぇことは、あの彼女ちゃんとの色恋沙汰に何か進展があったんだな?」
 ……。
 やばい、ちょっと墓穴掘ったか?
 言わなきゃよかったと後で後悔しそうなことを言ってしまった気がする。
「彼女ちゃんとの仲、一体何がどうなっちまったんだよ。え? なぁユキちゃん、メグには秘密にしておいてあげるから、お兄さんにこっそり話してみ?」
 俺は再度舌打ちをした。やっぱりだ。言うべきじゃないことを言ってしまったと後悔する羽目になっちまった。
 そもそもが、メグにも俺にも電話したことを聞いた時点で予測して然るべきだったのだ。何故ムツが、メグに電話したのか? そして続けて俺に電話したのは何故なのか? ちょっと思考すればすぐにでもわかるじゃないか、「メグの色恋沙汰にその後進展があったのか探るためだ」って。
「ほらほらほら、さっさと喋っちゃえよ。いいじゃねぇか、減るもんじゃないんだしさ」
「……お前に話したら減るような気がする」
「さぁ吐け、吐くんだユキ! 楽になれるぜ! ゲロしろ!」
「どこの熱血刑事だよ、お前」
「……おふくろさんがきっと泣くぜ。まぁ、とりあえずこれでも食べてからさ、ゆっくり話せよ。ほら、カツ丼だ」
「だからどこの刑事だって」
 面倒極まりない漫才だが、メグとの電話のことを話してしまうことになるくらいならいっそこのままくだらんやり取りを続けた方がいいような気がして、何とも微妙な気持ちでムツに応対する俺である。
 ところがムツは、普段ならそのまま三分くらいそんなやり取りを続けるところを、その日に限ってはたった十数秒で切り上げ、
「とまぁ、漫才はこのくらいにしてだな。……それで、メグは何て言ってたんだよ?」
「……話したくない」
「何だよ、口止めされてんのか?」
「別にそういう訳じゃねぇけど……」
「じゃあ何で話してくれねーんだよ。いいじゃん、どうせユキに教えてくれたことなんだろ? 何でユキはよくて俺だと駄目になる訳?」
「そういうのは直接メグに電話してだな……」
「やだ、面倒い。折角ユキに電話して繋がったのに、今からメグにかけ直す馬鹿がどこにいるんだ!」
「自分が情報を得るために努力を惜しむな」
「頑張って十分間ユキにコールし続けたぜ?」
「……」
「それに多分、俺が相手じゃメグは何も話してくれん。いいようにあしらわれて終わるだけだ」
「一応話してもらえない立場だっていう自覚はあるんだな!」
 俺がよくて自分が駄目な理由わかってるじゃん!
 自覚してるなら自重しろよ!
「おらおら、さっさと話しちまえ。じゃないとぉ……ユキのトンデモな秘密、全校にばらしちゃうぞ☆」
「結局脅しかよ!」
「俺は本気だぜ? そうだな、まずは手始めに――ユキが×××××で×××××が×××××だとかぁ……」
「なっ……!?」
 アニメ化とかドラマ化とかがされた場合には確実にピーっと音が被せられそうなそんなヤヴァいことを……っ!
 何と恐ろしい伏字の中身!
 いやっ……しかし俺は負けない! そうだ! メグの恋を守るためにも、このような卑怯な脅しには屈しない! 屈しませんとも! 屈しないゾ!
「他にも、この前ユキが×××××で×××××を×××××してたこととかー」
「ひっ……!」
「ユキの×××××は×××××で×××××だとか?」
「や、やめっ……!」
 ま……負けるものか……! 負けない……!
「ユキと俺は×××××を×××××して×××××だったことがあるとかぁ――」
「ば……っか!」
 ムツの野郎、何というヤヴァいことをばらそうとしてくれているのだ……!
 この時の俺の顔を客観的に見た人がいたならば、きっと顔面蒼白としか表現できない酷い顔色をしていたことだろう。そうして弱味を握られ、しかもそれを利用の上脅されたとなれば、俺も残念なことにただの気の弱い一般人であるからして、
「すいませんでした……全部話します。話すから、頼むからそれだけはばらさないでくれ……」
「おっ、よしよし、話してくれるんだな? よかったよかった、何だよ、ユキも話せばわかるんじゃないか!」
「お手柔らかによろしく……」
 だから言い訳しておくが、これは俺が悪い訳じゃないんだ。断じて違うとここで抗議の声を上げておきたい。悪いのは他でもないムツである。こいつほど、握った弱味を積極的に脅しに利用しようという奴もいないだろう。つくづく最低な人格をしていると思うね、本当に。
「で、メグは何て言ってたんだ?」
 ムツに尋ねられながら、口から魂が一部抜け出た気分でいた俺だった。


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