* * *

 以上、回想シーン。
 結局その晩俺は、メグから聞いたことを、煽てられたり宥められたりすかされたり脅されたりしながら粗方ムツに話すことになってしまったのだった。電話の最後では更に脅迫され、それから先メグからその後の展開を話された時には逐一報告するようにという確約を取らされてしまうといういらないオチまでついてしまった。
 つまり、メグがムツにはあまり話したくないと思っていた恋愛のことは、実のところ全部ムツに筒抜けだったってことである。ごめん、メグ。
「…………」
「よー、おはよーっす、メグ。元気ー? 元気ハツラツー?」
「…………元気ー。元気ハツラツー……」
 すぐさまエレベーターに乗り込んでメグの自宅がある十階へやってきた俺達を、玄関へ招き入れたメグはとても不愉快そうな何とも形容し難い表情で出迎えた。眉間に深くシワが刻まれ、俺達よりも高い位置から恨みに満ちた眼差しを向けている。ムツのチャラけた台詞に答える声にも心なしかドスが効いていた。
「……で。こんな時間に何の用ですか」
「ようっ!」
「ムツ。……悪いけどここ、僕の自宅だからね。奥の台所に行けば切れ味鋭い出刃包丁があることを忘れないで」
「うわ、超怒ってるのな。インターホンで話した時から何となく怒ってんじゃねーかなとは思ってたけど」
 常識で考えろ、ムツ。初デートの日の朝に、自分がそうして初デートを迎えることを知っているはずのない、暴走癖を持つ迷惑千万な友人が訪ねてきたら、メグじゃなくたって怒る。即刻出刃包丁を持ち出されたところで文句は言えない。
 恐らくははらわたが煮え繰り返る思いだろうメグの心境を知ってか知らずか、「カルシウム不足じゃねぇの? いかんなー、イライラには牛乳でカルシウムだぜ」とか火に油を注ぐような発言をして、ムツは愉快そうにからからと笑った。
「……何でムツが……何でムツが、今日のことを知ってる訳……?」
「ん? うん、そこの可愛い俺のユキちゃんをな。ちょっくら脅して聞き出してみた」
 とんでもねーことを本当にさらっと言うよな、こいつは。
「……」
 メグはメグで、ムツの言葉を受けぎろりと俺を睨んだ。怖いっての。あと、俺が悪いんじゃないから。俺は脅されて喋るより他なかっただけだから。
 とか言ったところでメグは怒るだろうから黙ってよーっと……。
「で、メグさぁ。それ、今日のデートに着ていくつもりの服装か?」
「……え? あー、うん。そうだけど。それがどうかした?」
 唐突に話題を変えられ、そのあまりの速さに怒りはひとまず吹っ飛んだらしく、メグはムツの問いにきょとんとした顔をした。そんなメグが着込んでいるのは、Tシャツの上にチェックの前開きコットンシャツを羽織り、下はジーパン、という、世の中の男子の七割がする典型的な服装だった。髪はまだ整えていないらしく、軽くうなじのところでくくっただけの髪型である。
「ふぅむ」
 まだ靴も脱がずに玄関に突っ立ったまま、ムツはそう納得のいかないような声を漏らして顎を撫でた。メグのコーディネートを一通り眺め回した後、もう一度同じようにふむ、と言って、次の瞬間放った台詞は、
「全然駄目だな」
「ふぇっ!?」
 ばっさりといった感じの駄目出しは、メグじゃなくてもこういう反応をするだろう。実際俺とミキも、おいおいそんな全否定するほどじゃねーだろという視線をムツに送っている最中である。
「何つーかさぁ、気合が感じられないんだよなぁ。彼女に『格好いい!』『素敵!』『イカしてる!』って言ってもらいたいという気合! 意気込み! ガッツ! そういうもんが、お前の今の格好からは感じられねぇ」
「…………」
 メグが微妙に悔しそうな顔をしている。
 そりゃあ初デートともなれば、メグ的にはこれでもかなり気合を入れた服装のつもりなのだろう。それを、いかに自分より服飾センスのあるムツが相手とはいえ、全否定されたら誰だってムカつくはずだ。
 てめぇ、命より大事な男のプライドを何ストレートパンチでかち割ってんだ、みたいな。
「……、で、何? 今日来たのは僕の私服センスに駄目出しするためなのかい?」
「うん」
 うなずきやがった。
 最低だ、コイツ。
「いや、丸っきし駄目とは言わねぇよ。けどもさー、それはメグ、デートに着てく服装では確実にないだろ。何つーの? 変な訳じゃないんだけど……むしろティーンの男子には普通な格好なんだけど、逆に無難すぎてつまんないぜ」
 う……最低だが、言っていることはぶっちゃけ正しい。
 メグが今している格好、私服で遊びに行ったりすると仲間内の八割がしてくるような極々普通過ぎる格好なんだよなぁ……センスがない訳じゃないのだが。
 普通すぎて、逆にぱっとしない。
「だからさ、俺達を上げてくれよ。何か他に変わった服持ってねぇの? 俺がファッションチェックしてやんよ」
「……結構です」
「おいおい、遠慮すんなよな? つーか、それでお前の恋路を邪魔しようとしてるってんならともかく応援しようとしてるのにさ、無下に断わるなよ。並の友達ならな、『諸君、童貞力を極限まで高めろ……奴の恋路を何としても邪魔するのだ!』とか言って徒党を組んで邪魔しにかかってるところだぜ」
 そんな訳で、上がらせてもらいます。
 言ってムツは、メグの許可も取らずに靴を脱いで不法侵入していった。もはや止める気にもならないほど呆れているのか、メグは眉間にシワを寄せたまま深くため息をついて、
「……普通はそうだから、こうもムツが協力的なのを疑ってるんだけどな」
 と、ぼそっと呟いた。
 俺はミキと目を見合わせた後、疑心暗鬼になっているらしい友人に肩をすくめてこう言ってやる。
「ムツがどういうつもりかはともかくさ。……少なくとも俺とミキは、お前に協力するつもりでここに来てるから。上がっていいか?」
「駄目って言っても、どうせ上がるんだろ」
「まぁな」
 とりあえず、勝手知ったる人の家といった様子でさっさとメグの部屋に入って何やら暴れているらしいムツを、止めるくらいはしたっていいだろ。
 そんな思いを込めて目配せすると、メグは仕方ないなぁと言うように盛大にため息をついてから、客人用にスリッパを取り出したのだった。
 ……申し訳ない。

 * * *

 メグの自室に備え付けられているクローゼットの中身を一通り引っ掻き回した後でムツがメグに宣告したのは、「うん、全然駄目だな」という身も蓋もない一言だった。
「どれもこれも哀しくなるくらいフツーだぜ。どうしたらデートにそんな格好選べんのかと思ったけど、持ってるのがこれじゃあそうなるわなぁ。……メグ、お前さ、一着くらいもっとぱっとする服買えよ。何なら今度買い物に付き合ってやっから」
 ひとしきりメグの私服センスに物申したムツに、言われたメグはどうにも納得いかないというような不愉快そうな顔をしていた。気持ちはよくわかる。俺もムツにファッションセンスについてうるさく言われたことがあるからな。
 そんなメグの表情の微妙な変化に気がついているのかいないのか、「とゆーことで」と拍手を一つ打って、ムツは俺に差し出した手をひょいひょいと振った。
「ユキ、それ貸して」
「……」
 俺は無言のまま、今朝ムツと町田駅で落ち合った時から持たされていたデパートの紙製手提げ袋を手渡す。中身について、駅で尋ねた時ムツは教えてくれなかったが、今となっては尋ねるまでもなく予想がついていた。
「ほれ、」
 と、ムツは紙袋から中身を出してメグに差し出しつつ言う。
「俺の私服貸しちゃる。下は今穿いてるジーンズでいいからさ、上はこれ着てけよ。俺達、身長は差があるけど体格は大して変わんないし、着られるはずだぜ」
 ユ●クロで売っていそうな灰色のタンクトップ。薄手の白いパーカーは、裾の辺りにゴシックっぽい黒文字のプリントがなされているだけで大して派手でもない。最後に出てきた黒いジャケットも特に装飾がある訳じゃなく、ムツの私服にしてはかなりシンプルな印象だ。こんなのも持ってたんだな。
「……ムツの?」
「俺の。つっても、ちゃんとメグに似合いそうなヤツを選んで持ってきたつもりだからよ。着てみ?」
 ついでにこれも貸すよ、と言って、ムツは自分の羽織っているジャケットのポケットからクラウンのトップがついた銀色のネックレスを取り出した。よく見れば、鎖を摘まんでいるその指にはご丁寧にシルバーのリングが嵌まってやがる。こういう細かいところまでこだわるのがムツのファッションセンスだ。
「……いいのかい」
「駄目だったら持ってこねぇし。ほれほれ、さっさと着た着た! 待ち合わせの時間に遅れちまうぞ」
 急かされてメグは、ムツに押し付けられた衣装一通りに慌てて着替え始める。その間、俺とミキはムツが散らかし放題散らかしたメグの私服を、一通りたたんでやっていた。手間のかかることだ。
 しばらくそのままでお待ちください。

 さて、着替え終わったメグはといえば――まるで見違えるようだったね。悔しいことだが、俺達Cチームの中で一番ファッションセンスがあるのは確かにムツなのである。自分の私服がいつも洒落ているのは当たり前のこと、俺達の格好にまでいちいちアドバイスをすることがあるのだが、とりあえず聞いておいて間違いはないくらいだ。……事実、これまでの中学校生活一年で、俺の私服センスはかなり磨かれたと思う。無理矢理に叩き伸ばされたと言ってもいいだろう。
 ムツがメグのためにチョイスしてきたという衣装は、まさにメグのために用意された衣服であるかのようにベストマッチだった。全体的にモノトーンでまとめてあるのが、落ち着いた印象のメグの佇まいによく似合っていると思う。今朝、袋を持たされた時は何でこんなもの俺が運ばねばならんのだと忌々しく思ったものだが、これを見れば、途中で駅のごみ箱に放り込まずちゃんと持ってきた甲斐があったってもんだね。
 着替え終わったメグにムツは更に口を出し、普段はポニーテールにしている長い髪をうなじのところで結ばせ、眼鏡を外しコンタクトを入れるように指示した。
「うっし。これで大分良くなった」
 洗面所でコンタクトを入れ一見裸眼になって戻ってきたメグを見て、ムツは満足げに吐息を漏らす。確かに、今のメグはさっきとはまるで別人に見えた。
「あの……本当にありがとう」
 初デート当日の朝にいきなり自宅に押しかけられて不愉快な思いをしたことはすっかり忘れ、どうやらメグはマジで感謝しているようだった。ムツはそれに、いいっていいって、と手を振る。
「礼なら別にいらないぜ。ただし! 一つお前に約束させたいことがあるっ!」
「はっ、はい、何でしょうっ!?」
 ムツがびしっと人差し指を突き出したからと言って、別に気をつけをする必要はないと思うが、そこでビシッとするのがメグクオリティだ。
「それはだな! ……今日のデートに全力で挑むことだ! 手加減は許されん、んなものは必要ない! 思う存分彼女を観察し、思う存分彼女に観察されてくるがよいっ!」
「はいっ、わかりました! 約束します!」
「男の約束だぜ!」
「はい、男の約束です!」
 兎にも角にも、初デートを目前とし、メグは内心相当テンパっているらしかった。
 という訳でミキが、
「男の約束はいいんだけどさぁっ、この散らかった服、お前等もたたんでくれない?」
「あっ、ごめんミキっ」
 慌ててメグが、クローゼットから引っ張り出された自分の服を片付けていく。ていうか、散らかした張本人がまず真っ先に片付けろよな、ムツ。
「ふぅ……やるべきことをやりきったぜ……」
 ……待ち合わせの時刻までそう余裕もないメグが一生懸命片付けているのに、勝手に人様のベッドに飛び乗って本棚から引っ張り出した漫画を開いた馬鹿野郎には、一体どんな罰を加えるのがいいだろうね。
 俺は拳を振り上げた。

* * *

 ムツが脳天に俺の拳骨を喰らい、散らかった服を全部綺麗に片付け終わったところで、いよいよメグの出立の時刻がやってきた。
 鍵を閉めるからひとまず一緒に出てくれと言われて、俺達もメグと共にマンションを後にすることになる。俺はこの段階に至って初めて、まだ朝も早めの時間だというのにメグの家族の誰とも出くわさなかったということに気がついたのだが、それを尋ねたところ、
「親? どっちも仕事だよ」
 とのことだった。
「うちの親は根っから仕事人間だからね……職業柄仕方ないってのもあるんだけど、休日返上して働いているよ。ていうか、子供が僕しかいないって時点で、ねぇ。わかるでしょ? 要するに、仕事仕事で子供作る暇がなかったんだよ」
 メグは一人っ子だ。ついでに鍵っ子でもあるらしかった。
 そんな感じで半ば追い出されるように(ほとんど無理矢理上がり込んでこの言い方はどうかと思うが)メグの自宅を後にし、俺達は全員で横浜駅へ。
「待ち合わせは桜木町だったっけ」
「ムツ、そんなことまで聞き出した訳……? まぁ、ここまできたらもう何も言わないけどさ……」
 改札の前で、メグは俺達三人を振り返った。
「みんなはこれからどうするの?」
「俺達? 折角だから、こっちでちょっくら遊んで帰るよ」
「……、そっか」
 どうにも腑に落ちていない様子で言ったメグだったが、もしかしたらムツが自分を尾行するんじゃないかとか思っていたのかも知れない。気持ちはわからなくもなかった。俺も丁度その時、どうやらメグを尾行する気はないらしいとほっとしたんでね。
「じゃあ、行けよ」
「うん、わかった。行ってきます」
「逝ってこいっ!」
「……逝ってきますっ!」
 またもムツにけしかけられ、変なテンションで答えてからメグは改札を抜けて行った。
「……さて、」
 しばらくして。
「ユキ、ミキ。俺達も行くぞ」
「……どこにだ?」
「あん? 決まってんだろ! 桜木町だ! 他に行くところなんかないじゃねぇか」
「…………」
 俺はムツを無言で睨んだ。鋭い俺の視線に、けれどムツは全く怯むことなく「おー怖っ」と、ちっとも怖がっていない様子で降参するように手を上げる。
「まさかユキ、俺のさっきの台詞を信じた訳じゃあるまいな? うっはー、俺のユキ嬢ちゃんとしたことが信じられねぇ。何? お前、未だにあの程度で騙されてくれちゃう訳?」
「……何が言いたい」
「俺とつるむようになって一年も経つお前が、あの程度の嘘に騙されるんだなってことだよ。……この俺、野瀬睦様ともあろうお方が、この期に及んでメグのデートの様子を探らない訳がなかろうがっ!」
 再び殴った。
 顔面を狙ってストレートパンチ、鬼の鉄拳である。
「痛ぇーっ!」
「それが傍点つきで言う台詞か!」
 これが殴らずにいられる状況だろうか、いやいられません(反語法)。
 鼻柱を殴られて、痛そうに涙ぐみながらぐしぐしと鼻を擦るムツ。
「だってー……何だよ、お前気にならないのか? メグの初デートが一体どんな展開になるのかさ。ちなみにミキは、」
 ムツが親指でくいくいと示した方を見れば、そこでミキがきらきらとその愛らしい瞳を輝かせていた。……お前な。
「……そりゃ気になるけど。だけど、そんなの後でメグから話を聞けばいいだろ」
「そんなんつまんねーじゃん。ビデオに録画した映像見るのと、生中継見るのとじゃ全然臨場感が違うベ? 俺達が求めているのはな、今この一瞬先がどうなるかわからないときめきと不安! 今を感じる胸の高鳴りだ!」
 あいつの初デートをテレビのスポーツ放映みたいに言うな。
「それにだな、」
「まだ何かあるのか」
「うん。……多分後から聞かせてもらおうにも、メグは俺達には話してくれないと思う」
「お前それがメインの理由だろ!」
 つーかやっぱり自覚はあるんだな! 自分が話してもらえない立場だっていう!
 だったら素直に諦めろや!
「ふんっ、そんなこと言えるのはメグからなぁんでも話してもらえる立場だからだよーだ。後からいくらでも話聞けると思って余裕ぶっこきやがって。ばーかばーか、ユキなんて嫌いだー」
「話してもらえるような立場になる努力をしろ……」
「今からんな努力しても、どうせ間に合わないし無駄じゃん? だったら素直に、ここは尾行だ!」
「素直に引き下がれ!」
「いーや尾行だ! 何故なら準備は既に整っているからだ!」
 言うとムツは、ジャケットのポケットから黒い塊を取り出した。一昔前の携帯電話によく似た形のそれは……トランシーバー?
「ふっふっふ、実はさっきメグに貸したあの服には、とあるルートから入手した小型のマイクがセットされているのだ」
「盗聴じゃねーか!」
「メグから半径百メートルの範囲にいれば、奴と彼女ちゃんとの会話は俺達に筒抜けだ。それにより俺達は、普通の尾行では知る由もない二人の甘々☆ な会話も聞くことができる! これぞまさしくスーパーライブ!」
「尾行のためにどんだけ力入れてるんだよ……」
 そんなにメグの初デートの様子を探りたいのか……呆れるを通り越してもはや感心さえ覚え始めた俺である。うん、たかが友達のデートを探るためにここまで頑張れるその阿呆らしさにいっそ感心する。
「わかったよ……好きにしやがれ。俺は帰る」
 もはやムツと、ムツの傍で「やっべ、ムツすげーよ! 超すげーんだけど」とかきゃっきゃ言っているミキを止めることは不可能と判断した俺は、ため息混じりにそう言ってくるりと背を向けた。付き合いきれん。
「ちょっと待てよっ、ユキ、どこ行くのっ?」
「帰るんだよ。家に図書館から借りて読みかけの本放置してあるから、さっさと帰って続きを読むんだ」
 ミキの制止にそう答えて券売機へ向かおうとした俺の肩を、強引に引っつかんだのはシルバーリングの嵌まったクソうぜぇ右手。
 仕方なく振り返ると、ムツは大げさにため息をついてこう言った。
「ほんっとーにお前はツマンネー男だな! そうやって真面目ぶってて楽しいのかよ。くだらねぇくだらねぇ。あーくだらねぇなー! あまりのくだらなさに涙が出てくるぜ。何、お前そんなにクールなキャラとして売っていきたいの? はんっ、そんなに冷めたフリがしたいなら一人で勝手にやってろっての。クール通り越してオサムイ男と呼んでやるからさ。……ただし、彼女作るのはこれから先五年間は諦めるんだな」
「……行きたいです!」
 ああもう、俺だって本当は行きたいっての!
 友達の初デートの様子? 気にならない訳ないだろうがっ!
「そうそう、最初からそう素直に言っとけばいいのにさ」
 にたぁ、とムツが笑った。
 こういう表情をしている時のムツはろくなことを考えておらず、暴走は百パーセント約束されたも同然、関わるととんでもない目に遭うこと請け合いである。絶対についていくべきではない、と理屈じゃ考えるまでもなくわかってる。
 しかしながら、人間、理屈でのみ生きるにあらず。
 欲望の暴走は多くのものを失うが、禁欲が何かを生むということもないのだ。
 ……と、頭の中で言い訳をつらつら重ねていた俺だが、結局のところ、尾行がばれた時にまず真っ先にメグに言う言葉は決まっているのだった。

 ごめん、メグ。
 でも俺が悪いんじゃないから。悪いのは全部ムツだから。
 ……責任転嫁が得意技の俺だった。


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