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 さて、ここまで長々と対文芸部協力をすることになったいきさつや何やかやを書き綴ってきた訳だが、そろそろ読者の皆様もぬるい展開に飽きてきた頃だろうと思うので、ここで一つそんなミキの完成原稿の一部をお目にかけたいと思う。
 そうして図書館でネタ集めまでし、結構熱心に人生初の原稿を書いていたミキは、一番こういうことに向いていそうなメグを差し置いて俺達の中で最も早く作品を書き上げ、提出し、編集担当となったムツにオッケーサインをもらった。
 その提出された原稿を下読みしている最中、ムツは一生懸命笑いを堪える顔をしており、何事かと思っていたら数秒後に盛大に噴き出したので、一体ミキはどんな小説を書いたんだろうと俺はずっと気になっていたのだが、その内容が俺の目に触れることになったのは結局部誌が冊子の形になって配られてからだ。
 その部誌に印刷されたミキの小説を読んで、俺もまた大爆笑してしまったのだが――まぁ、とにかく初心者が書いたにしてはかなり面白い作品だと思うので、良ければ読んで欲しい。

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『戦え☆購買戦隊ブレッドマン』
 作・鈴城宵夜すずしろしょうや

 説明しよう!
 購買戦隊ブレッドマンとは、第一中学校のパン購買部の商品充実と校内&ご近所の平和を守るために結成された正義の組織だ! 何故そのような組織が生徒会主導の下結成されたのかについては絶対に尋ねないで欲しい! ただ結成される運びになったからだとしか答えようがないからである!
 彼等は普段は学生服に身を包んで一般生徒に身をやつしているが、第一中の購買と平和を脅かす悪の組織が現れた際には、神様みたいな学校長が与えた魔法的な超能力パワーでもって変身し、ブレッドマンとなって戦うのだ!
 メンバーは五人で構成されている。早速その個性豊かなメンバー達を紹介しよう!
 まずはブレッドブルー! 最初に紹介するべきは本当ならレッドなんだろうけど、都合上ブルー!
 彼はこの戦隊一のイケメンである。そこら辺の二流ファッションモデルなんかじゃ太刀打ちできないほどのハンサムな男である。とてもじゃないけど中学二年生には見えない見事な容姿を持ち、そのおかげか後輩の女子生徒から告白が堪えない、世の一般的な男子からすると羨ましくてたまらない日常生活を送っている!
 しかも彼の凄いところは、そうして女子からモテまくっているというのに、男子から妬まれたり恨まれたりして苛めや疎外を受けていないところだ。女子に優しいのは当然のことだが、彼はまた同性の男子にも優しいのである。誰に対しても公平、明るくて元気な彼の性格は男女関係なしに誰からも好かれるのだ! これがカリスマ性でなくて何であろう! まさにブレッドマンのリーダーにふさわしい男であり、だから普通レッドがリーダーという戦隊モノの宿命を無視して戦隊長の座に君臨している。
 好きな購買のパンはツイストドーナツである! 格好いい顔して甘いもの好きというところがまた、女子の間での人気の秘訣のようだ! 君も見習うといい、きっとモテるぞ!
 続いて、ブレッドレッド! 本来最初に紹介するべきなんだけど、二番目に紹介されてしまう不憫なレッド!
 彼の特徴は眼鏡である。インテリ風な眼鏡である。その眼鏡が物凄く似合って見えるくらいには成績優秀で、定期テストの度、学年順位のトップには彼の名前が書かれるからこれが秀才でなくて何であろう!
 但し残念なことを一つだけ上げれば、彼はキャラがとても薄い! 人が好くていつもにこにこしていて、優しくて、車の行き来が多い道の横断歩道を渡れずに困っているお年寄りがいたりなんかすると率先して駆け寄り、「大丈夫ですか? 一緒に渡りましょう!」とか言っちゃうくらいのお人好しだが、いかんせんその人の好さだけでは印象に残らない。レッドであるにも関わらず戦隊長の座をブルーに譲る羽目になってしまうのも仕方のないことだと言えよう!
 けれど、そうしてリーダーの地位を奪われてしまっても文句なんかちっとも言わないで、リーダー・ブルーのサポート役に徹している辺りが、彼の人の好さの具体例である。彼に足りないもの、それは図々しさだ! それがないから眼鏡が本体みたいなキャラになってしまっているのである! 非常にもったいないので誰か説教してあげて欲しい!
 好きな購買のパンがアンパンだというのがまた彼の平凡さを際立たせている! 普通すぎるパンが似合いすぎるところがまた物悲しい!
 三人目、ブレッドグリーン! 普通戦隊モノだと一番キャラが薄いんだけどそれはレッドのキャラになっちゃっているからキャラの濃い設定のグリーン!
 彼は見た目こそ平凡だが、そのキャラクターはレッドとは比べ物にならないほどに強烈である。それもそのはず、彼はブルーのどんな無茶なボケにも突っ込みを入れられるという、第一中の他のどの生徒にも真似できない特殊なスキルを持っているのだ! 関西風もノリ突っ込みもお手の物! 彼の必須アイテムは文庫本であり、その本の角でよくブルーを殴っていて、だからハンサムだけど馬鹿なブルーは毎日血を見て学校生活を送っている。
 そんな彼にいつしかついた二つ名こそ――「刃なき日本刀」である! その切れ味鋭い突っ込みは日本刀の鋭さにも匹敵するが、本物の刀と違って彼の武器は刃を持たないのだ。彼の強力な武器である突っ込みスキルは、趣味である読書により培われた語彙力により形成されているのではないかと、職員室にある極秘研究所は報告しているが、真実は定かではない! ある意味この戦隊中最もミステリアスな人物かも知れない!
 好きな購買のパンはチョココロネである! どこか小動物じみた動きでコロネを食べる姿は、可愛いという理由で女子ではなく男子から好かれている! 彼に忍び寄る同性愛の魔の手。ブレッドマンとして彼は日々、そんな魔の手とも戦っているのだ!
 四人目はブレッドブラック! 黒という色は正義の戦隊に馴染まないなんて言われていたのは昔の話、戦隊の黒幕ブラック!
 彼はこの四月に関西の学校から転校してきたコテコテの関西人である。その高い運動能力を買われて、結成されたばかりのブレッドマンに入隊させられることになった一風変わった転校生だ! 宛がわれたブラックというカラーの如く、真っ黒な髪と瞳を持ち、その容姿はなかなか整っていて、第一中ではブルーと彼とで女子生徒の人気が二分されている。今、ブルーの地位を最も脅かす可能性がある存在なのである!
 更に彼には、ひょっとすると第一中の購買と平和を破壊するために悪の組織から送られてきたスパイなのではないかという噂も存在するからとても怖い。そしてそんな噂が立ってしまうのもやむを得ないような性格を、また彼はしているのである。いつも笑顔だが、爽やかなその笑顔で放たれる毒舌や皮肉の破壊力はグリーンの「刃なき日本刀」な突っ込みに匹敵すると極秘研究所は報告している! そんなことから彼には「弾丸なき拳銃」との二つ名がついた!
 戦闘力も高く頼りになる男ではあるが、もしかしたら敵かも知れない、そうやって疑うだけの要素がありすぎる危険なソルジャー、それがブラックだ!
 好きな購買のパンはカステラパンである! ブラッキーな性格をしておきながら甘いもの好きというのは、ギャップモテを通り越してもはやちょっとした恐怖さえ生徒に与えるのである!
 最後に紹介するのはブレッドイエロー! 五人メンバーがいたら本当は一人くらい女子がいた方が視聴率は安定するんだけど、残念なことに男のイエロー!
 彼の戦隊の中での役割は、作戦参謀である。身体は他のメンバーの誰よりも小柄で、身のこなしもお世辞にも軽いとは言えないが、彼はリーダー・ブルーと協力して個性豊かな戦隊員達を纏めることに長け、今宵ブレッドマンが万全の態勢で悪の組織と戦うことができるのも彼のおかげであろう! 今時デブでカレーが好きで力が強いイエローは流行らない! 二十一世紀を迎えた今、イエローというキャラクターは彼をきっかけとして、身体は小さいが頭がいいという、全国のちびっ子に勇気を与える存在となりつつあるのである!
 頑張れイエロー! ブレッドマンの将来は君に託されているのだ! 君の戦隊管理能力が第一中の購買と平和を救う! 変わった人物ばかりのブレッドマンの中で、君だけは常識的な人間として、戦隊を纏めるのである! 悪の組織の完全に滅びる日まで、君が休むことは許されないのだ! 頑張れ、頑張れイエロー!
 好きな購買のパンはメロンパンである! このパンは彼の好物であると同時に主食である。彼は一日に最低でも一つはメロンパンを食べないと死んでしまう、未知の病にかかっているのだ!

 以上が、第一中学校の購買と平和を守る正義の戦士、購買戦隊ブレッドマンのメンバーである!
 購買のパンがない学校なんて学校じゃない! 学校の購買を侵す奴等は彼等が許さない!
 購買のパンこそ正義であり、愛である!
 全校生徒の腹を美味いパンで満たすため、今日も彼等は悪の組織・弁当販売業者達と戦うのだ!
 頑張れブレッドマン! 凄いぞブレッドマン!

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 いかがだっただろう。この冒頭部分だけで話全体の面白さが伝わりそうだが、この後の展開も読者のそんな期待を全く裏切らない、爆笑の連続のストーリーだ。
 学校の購買と平和を守るための正義の戦士のドタバタギャク・戦隊モノパロディ小説。ミキが引いたくじは確か「ファンタジー」のはずで、この話は「神様みたいな学校長が与えた魔法的な超能力パワーでもって変身して云々」でしかファンタジー要素が掠っていないが、面白いからこの際何でもアリだ。それに、その魔法的な超能力パワーでもって変身する時の描写がまた傑作なのである。ミキ、お前は本当によくやったよ。
 ムツが一回のリテイクも言いつけなかった理由が、この話を読むとよくわかる。要するにムツは自分達が出す部誌を、文学に馴染みのない中学生になったばかりの少年達にも楽しく読んでもらえるようなエンターテイメント要素満載の小説誌にしようとしているのだから、こんなに面白い作品を没にして書き直しさせる訳がない。例え内容があまりテーマに沿っていないようでもだ。
 兎にも角にも、何ともミキらしい作品で微笑ましい。……ああ、ちなみにタイトルの次に書かれている「鈴城宵夜」っていうのはミキのペンネームだ。由来はわからんが。
「いやーっ、小説書くのって結構面白いな! 俺、バレー部の活動がもうちょっと難なくこなせるようになってきたら文芸部と兼部しようかなっ」
 鈴城さんは渡した原稿でムツからオッケーをもらった際、そう言って俺に向日葵とチューリップを足して二で割ったような、喜色満面と言った感じの可愛い笑顔を見せてくれた。
 いいんじゃないか? わずか三日という短期間でこれだけの文章を書けるというのなら、ミキには才能がありそうだ。そのペースなら俺のノルマである恋愛小説もどうだろう、代筆してもらえると思うのだが、そうはいかないもんかね。
「駄目だよ、ユキっ。自分の分は自分で書かなくちゃさぁ。それに、俺には恋愛小説なんてとてもじゃないけど書けそうもないよっ。このファンタジー小説だって、結局ファンタジー要素はほとんどなくなっちゃったっていうのにさ、俺が恋愛小説書いたらきっと恋愛要素なんて果肉入りジュースの果肉くらいしかなくなっちゃうよっ」
「それはそれだろ? ミキなら面白いのが書けそうだし、面白かったら恋愛要素なんてなくたって平気そうだしさ、ムツは」
「だーめ。ちゃんと自分で書けよなっ」
 ミキは言って目を細めると唇を尖らせたが、そんな顔をしてもミキは可愛いな。
 そしてそんな可愛いミキにこう言われてしまっては、俺は自力で恋愛小説を書くしかない訳だ。
「俺、ユキが書く恋愛小説、超楽しみにしてるしっ。……頑張れよな! マジ、三回は読み返すつもりだからっ。うははっ」


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