* * *

 その頃になるとミキの例の戦隊モノ小説が決定稿として提出され、またカナとアキの執筆活動も本格化、メグのミステリーもいよいよ終盤に差し掛かり、それを見たムツはようやく自分がまだ一文字も書き始めていないことに気がついたらしい。
 一体それまで何のためにどこを駆けずり回っていたんだかわからないが、ミキの原稿が提出されたその日からはムツも書庫に居座って大人しくパソコンに向かい始めた。メグほど達者ではないがそれなりのキーパンチでコンスタントに文章を書き続けていたかと思うと、ある時無言でスクリーンセーバーを睨んでいた俺を呼び寄せて、
「なぁなぁ、冒頭の部分書いてみたんだけどさ、どうよ?」
 なんてテキストエディタ画面を指差して言い批評感想を求めてきたので、俺は大人しく奴の作品の読者第一号になってやったのだが、そのムツ作学園モノ小説の冒頭がこちらである。

――――――

『俺の同級生がセクシー過ぎるんだけどどうしよう』
 written by☆のせあつし

 東京都の片隅にあるありふれた公立中学校の一つに通う俺には、とんでもなくセクシーな同級生がいる。
 名前は夢ちゃんというのだけれど、こいつがまた見てるこっちの下半身がチョコレートのように溶けてとろとろになっちまうくらい滅茶苦茶色気があるので困っているのだ。本当に俺と同い年の中二なのか真剣に疑う。俺は今までの波乱万丈な人生の中で、夢ちゃんほどセクシーなお人を見たことがない。ぶっちゃけこれからも永久になくていい。
 具体的に俺が夢ちゃんのどんなところにセクシーさを感じるのかっていうと、例えば水泳の時ぴったりした水着のおかげでよくわかるぷりっと張った小ぶりのお尻だったり、普通の体育の授業の時体操服の短パンの上からでもよくわかる綺麗なラインのむっちりした太股だったり、部活でバレーボールしてる時にふるふると揺れる二の腕だったり、ワイシャツの襟とのコントラストが眩しい白いうなじだったり、整った顔の真ん中でとうっすらと濡れたぽよんとした愛らしいピンク色の唇だったり、陶器の器みたいに滑らかそうで透明感がある綺麗な色白の肌だったり、ガラスのように透明な輝きを放つきらっきらの瞳だったり、つやつやしたショートカットの髪だったり、露骨にボインな訳じゃないおしとやかなふくらみの胸だったり、ちょっとトイレでご一緒した時不意に見てしまったパンツの柄だったり、部活や体育の着替えの時にちらっと見えた脇の下にわずか浮き出るあばら骨だったり、まぁつまり夢ちゃんの全部なんだけど、とにかく夢ちゃんを構成する要素の一つ一つが必要以上にエロくって、このままだと俺の下半身は真昼間から暴走してもおかしくないのだ。誰か助けて! Help me!!
 俺はそんな夢ちゃんに目下片想い中だ。いや、身体目当てとかそういうんじゃなくてマジのマジで夢ちゃんに恋をしてしまっている。そのせいで夜も眠れないのだ、いや別に眠れない理由は夢ちゃんおかずで抜いてるからとかそういう訳じゃないけど、とにかくそうなのだ。
 そう、これはいわゆるピュアでイノセントな初恋! とか俺は思う。ひとまず俺は夢ちゃんにフォーリンラブなのだ。
 Butけれどもしかし、そんなことよりもっと重要な、重大な大大大問題がある。
 実は――

 何を隠そう俺の片想いの相手の夢ちゃんこと世間瀬夢菜ちゃんは、実は同級生の男の子なのだ。

――――――

「ストップストーップっ! これはいくら何でもやばすぎるだろ!」
 冒頭部分のラスト一行を読んでから絶叫した。
「何だ同級生の男の子って! この主人公ホモじゃねぇか!」
 男子校に入学したばかりのいたいけな一年生共にこの素ホモ小説を読ませるというのか? 拷問に等しい。きっとこれを読んだ新入生達はこの先の学校生活を想像してげんなりするはずだ。ああ、自分達もこういう目に遭うのだろうか……といった感じにな。
「いや、ジャンルが学園モノだろ?」
 以下、俺の一刀両断的批評に対するムツの言い訳である。
「そんでテーマが『愛』となったら、やっぱ学園ラブコメがいいかなーっと思ってさ。んで途中まで書いたんだけど……普通にラブコメじゃつまんない気がしたんだよ。だから路線変更した訳! この冒頭、中盤までだと『ああ、夢ちゃんは可愛い女の子かな?』って思うじゃん? だけど、途中から『ん?』と思わせる文を差し挟んで、んで最後にどばーん! と大どんでん返しをする訳よ。『何ぃっ、夢ちゃんは男の子だったのかー!』みたいな。読者の意表を突く訳」
「そんな意表突かんでよろしい!」
「だからって型に嵌った学園ラブコメなんて書いても読者は喜ばないじゃん。奴等が求めているのは今までにない斬新な小説なんだよ! そんで俺のこの作品はそんな読者の要求に見事に応えてるじゃねぇか! 何の問題があるんだ!」
「男子校で配る文芸部誌にホモが出てくる小説を載せようとすること自体が問題なんだ!」
「ええぇー? 何でだよ、こういう方が女子とラブコメする小説よりよっぽど男子校じゃ実用的じゃん! 普段滅多に会えない女子に期待なんかしないで、そこら辺にひっ転がっている男子でウハウハして日常に潤いを感じる術をだな、」
「んな実用性いらねぇ!」
「具体的にはそうだな、男同士でイチャイチャしててもばれないように女装させて――」
「本格的にストップ!」
 今わかった。問題があるのはこの小説ではない。どうかしているのはこの小説を書こうとしているムツの頭の方だ。
「とにかくだな、俺はこれはどうかと思うぞ。これが共学で出す部誌に載せるんならともかく、少なくとも最後には夢ちゃん本当は女の子でした的なオチにした方が――」
「うるさいっ! 面白ければいいんだよっ! ……もういいっ! ユキの馬鹿」
 自分から感想を求めたくせに、いざ俺がアドバイスをしようとするとムツはそう言ってぷいっと画面に向き直り、また黙々とタイピングを再開させた。俺はその背中に向かって大げさにため息をついてみせたが、奴は振り返りもしない。
 ……何なんだ、こいつは?
「……ユキの馬鹿」
 ぼそりと俺に対する悪口を吐き捨てたムツの中では、もうこの小説を最後まで自分の思った通りに書くことが決定しているらしい。……だったら批評感想なんて求めるなっつーの。
 俺はもう一度ため息をついた。そんなに書きたいっていうなら止めないさ。一応過度のエログロは禁止っていう神川が言った条件には反していないみたいだし、よっぽどまずそうなもんになったらその神川が止めてくれるだろう。俺もその時は神川に加担するつもりだ。
 ……だけど。
「……同級生の男の子、ねぇ……」
 まさかとは思うけど、こいつ、自分のことを書いている訳じゃないよな?
 この妙なハイテンションの一人称語りだとか、部活がバレーボール部という記述だとかに奇妙なリアリティを感じてしまうのが嫌だ。ムツはスキンシップ好きで同性の同級生である俺達にもやたら引っついてくるが、それに友情以外の他意はないんだよな、とか。
 ……いくらムツでもそれはないか。
 俺の貸したエロ本できゃあきゃあ言っているのを見る限り、普通に女子に欲情するみたいだし。
「……俺もいい加減書き始めなきゃな。恋愛小説か……」
 小声での俺の呟きに、無言でキーパンチを続けていたムツがぴくりと反応したような気がするが、それは流石に気のせいだったんだろう。


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