* * *

 俺達はA組の教室を後にしたその足で、そのまま体育館棟の方へ向かった。アキにチェンメを回した回し元らしい爽大先輩は、こうした午前授業ないしテスト後はバレー部で学年代表をしている秋月美祥先輩やその友達と一緒に早めに体育館に赴き、体育館脇の通路で和気藹々と昼食を取っているのが常で、今日もそうなんじゃないかという予想はメグのものだ。
「爽大先輩ぃー」
「んぁ? おう、おっす、ムツ」
 その予想は的中で、渡り廊下を渡って体育館棟の通路へ出ると、教室棟に面した側の通路に座って爽大先輩は昼食を広げていた。ムツが声をかけると、こちらに気がついて軽く手を振ってくる。
「何食ってるんすか?」
「ただのコンビニ弁当。……姉貴が弁当の材料買うの忘れてやがってよ。作れなかったから、買い弁」
「えっ、あの弁当、いつも爽大先輩が作ってるんですか!?」
「姉貴はずぼらだからな、絶対に作らないし。俺が作ってるよ」
 爽大先輩は実家を離れて、大学生のお姉さんと一緒に学校の近くに下宿している。ほぼ毎日持ってきている弁当が凝った中身なのはぼんやりと思っていたが、まさか先輩の手作りだったとは……
「へっへー、こう見えてもこいつ、料理はすっごい上手いんだぜ? なっ、爽大♪」
 特に自慢げでもなさそうな爽大先輩に、後ろから誰かが勢いよく飛びついてそう言った。爽大先輩と一緒に昼食を広げていた、学年副代表の斎藤和奏先輩だ。いかにも人の良さそうな整った顔はさながら童話に出てくる王子様だが、その行動からもわかる通り結構はっちゃけた性格の人である。
「別に和奏の手柄じゃないじゃん。何自慢げに言ってるの?」
 その更に後ろを見ると、こちらは代表の美祥先輩もいる。俺と大して身長も変わらないような小柄な美祥先輩は、猫目が特徴のあどけない顔を呆れたように歪めて笑った。
 美祥先輩、和奏先輩、爽大先輩。
 この先輩トリオはいつも仲がよく、一人探すと他の二人も一緒に見つかるのは俺達にとっては日常だ。
「で、むったんが来るなんて珍しいじゃーん? 何しに来たの? うちの爽大に何か用?」
 爽大先輩に後ろからくっつきゆらゆらとその身体を前後させながら、興味津々といった感じで和奏先輩が尋ねる。「離れろ、てめぇ」とその黒い頭をはたいてきた爽大先輩のことはまるっきり無視だ。
「あ、大したことじゃないんすけどね。……爽大先輩、昨日アキに、チェンメ送りました?」
「ん……ちょっと待てな」
 言って爽大先輩は、和奏先輩を背中に引っつけたままズボンのポケットから携帯電話を取り出した。青い色と変わったデザインが特徴的なそれは、きりっときつい感じの目と少し長めの茶髪が肩の辺りで跳ねているのが特徴的な先輩の外見によく合っている。
「これ? アキに回したけど」
 差し出された携帯電話の液晶画面を、ムツ、メグと共に三人で覗き込んだ。表示されているのはもう見慣れたあの文面と、「Fromバカ一号」の文字。 ……どういう登録だ?
「そう、それです。……ところで、バカ一号って誰ですか?」
「俺だよ♪」
 と、ムツの質問に対する返事はすぐ近くから帰ってきた。詳細に言えば、爽大先輩の後ろから――すなわち、自分を指差した和奏先輩からだ。
「俺がバカ一号で、美祥がバカ二号で、爽大がバカ三号なの♪」
 何ちゅー登録の仕方だ。
 聞いたメグが俺の隣で苦笑いをした。俺も肩をすくめる。ムツだけがおかしそうに笑っていたが、そんなムツを見て、心外だとばかりに美祥先輩が眉をひそめた。
「爽大が和奏のこと『バカ一号』って登録してさぁ、それからだよ……和奏が調子に乗って爽大を三号にして、俺を二号って登録したんだ、勝手に」
「いいじゃん美祥、俺達馬鹿三人組じゃん?」
「一号のお前が一番馬鹿だ」
「そんなー、酷いよ爽大ー☆」
「お前、台詞と表情が合ってねぇ」「和奏、台詞と顔が一致してないよ」
 ……。
 何ていうか、楽しそうな人達だな。
「えーっと。じゃあ、爽大先輩はそのメール、和奏先輩からもらったんですね?」
 ぐだぐだになりかけた展開に終止符を打って、メグが元の話に軌道修正をした。
「和奏先輩は、誰からもらったんですか?」
「俺? 俺はねぇ……成瀬理音って知ってる? 演劇部の」
「え、リオリオ?」
 真っ先にその名前に反応したのはムツだ。が、俺もメグも知らない訳ではない。成瀬理音は、和奏先輩の言う通り演劇部に所属している、何を隠そう俺達のクラスメイトだ。
「あ、知ってんの? そっか、むったん達はB組か……理音と同じクラスだったっけ」
「和奏先輩こそ、どうしてリオリオのこと知ってるんですか?」
「ん、俺と理音はね、こう見えても従兄弟なんだよ♪」
 まじっすか。
「へー……意外な組み合わせ……ですね」
 感心したようにメグ。確かに意外だ。というか、従兄弟同士で同じ学校というのも不思議な感じする。ましてや両方が自分の知り合いともなれば、不思議さはここに極まれりだ。
「理音は、俺が入学したからここに興味持ったみたい。なのにさー、部活はバレー入らないんだぜ? 酷くない? 酷くないですか?」
「お前みたいなのが従兄弟だっつー、理音だっけ? そいつの方がかわいそうだと思うけどな」
「そんなぁ、酷いよー爽大☆」
「だから和奏、お前表情と台詞が合ってねぇ」
 それから爽大先輩と和奏先輩は、無邪気且つ牧歌的な言い争いを始めてしまった。困った先輩達だな、おい。
「……ごめんな、こいつ等馬鹿で」
 見かねた美祥先輩が、小さくため息をついて俺達に苦笑いを向けてくる。
「ところで、睦くん達は何してるの? そのチェンメの送り主でも探してる訳?」
「まさにその通りです」
「へえぇ……相変わらず、面白いことするな」
 美祥先輩はそう笑うと、じゃあ、とこう言った。
「今日は部活、休むよね? 監督には、野暮用で帰ったって言っておくよ。まぁ、テスト後だから、そうそう練習見にくるとは思えないけどさ」
 ……いいんですか、露骨にサボリですけど。
「いいよ、楽しそうだし」
 神様仏様キリスト様、美祥様って感じだ。隣でムツがぱっと笑顔になり、深く頭を下げた。
「……ありがとうございますっ!」
「あ、当然結果、教えて?」
「そりゃあもうっ!」
 そんな神様並みの美祥先輩の傍で、爽大先輩と和奏先輩はまだくだらない漫才を繰り広げていた。


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