* * *

 演劇部の活動場所は、校舎へ戻って特別教室棟にある視聴覚室だ。お世辞にも演劇に適している場所とは思えないが、理音の話によると学園祭での上演場所もそこらしい。確かに狭いが、視聴覚室というだけあって音響や照明なんかの効果に困らないんだそうだ。
 そんな視聴覚室へ赴くと、いよいよ目前に迫った学園祭へ向けて演劇部員が忙しそうに大道具を作っていた。奥に作られた簡易的な舞台の上では、俺達と同じ一年生と思しき部員が演技練習(立ち稽古というらしい)をしている。
 その正面で、台本を片手に激を飛ばしている男子が一人いた。理音だ。
「あれ? あっくんじゃん。やっほぉー」
 理音は入ってきた俺達に気がつくと、そう言って元気よく手を振った。演劇部の一年生代表である理音は舞台上の役者にじゃあ休憩入れよう、と告げると、入り口から少し踏み込んだところに立っている俺達の方へ、大道具やその材料、作るための道具を踏まないように飛び越えつつやってくる。
「おーっす、リオリオっ!」
「きゃー、あっくん格好いいー☆」
 そしてそのまま、理音は手を振り返したムツに向かって飛び込んだ。ムツはそれを避けるどころかためらわずに正面から受けきり、二人は丁度抱き合う格好になる。校内有数のイケメンであるムツに対してこんな大胆な真似ができるのは、今のところこいつだけだ。
「どうしたのさぁ? お前の方から部室に来るなんて珍しい。何、演劇部に転部すんの? 俺マジ歓迎するよ」
「したいのはやまやまだけど、却下な? 今んとこバレー一筋だから」
「うっわー、浮気者めっ。仮入に来てた時は入部するって言ってたクセにぃぃぃ」
「状況が変わったんだよ。許せ許せ」
 というのもムツは四月、バレー部に入部するまではほとんどしょっちゅうここ・演劇部に仮入部に来ていたのだ。演技力や声量にも定評があり、ムツ自身もある程度入部するつもりでいたらしい。理音とはその時に知り合った仲だそうだ。結局ムツはバレー部に入部した訳だが、その後も何だかんだで二人は仲がいい。
「でも、マジでどうよ? 今度の学園祭。一年生の舞台、お前出る気ない? 一公演だけとかでもいいからさぁ」
「うーん、悪くねぇな。考えとこっかな」
「前向きになーっ」
 後ろで軽くくくった肩下までの髪を揺らして、理音はけたけたと笑った。目つきが若干悪いのが気になるが、基本理音は気のいい奴だ。
「そうだ、閑話休題……理音さ、昨日チェンメ、和奏先輩に回しただろ?」
 言葉の通り唐突に、ムツは話題を変えた。初対面の奴は大抵そのいきなり具合に少なからずビビるのだが、ムツと知り合って久しい理音にとっては既に普通のことになっているらしい。ふぅん? と小首をかしげて、ああ、と大きくうなずいた。
「回した回した。あの、想い人探してっていうメルヘンチックなやつっしょ? ワカくん好きそうだなーって思ったからさ」
 ワカくんというのは、恐らく和奏先輩のことだろう。
 従兄弟同士、か。
「メルヘンチックかぁ? 俺は胡散臭いって思ったけどな」
「あ、何? あのチェンメ、あっくんのとこまで回った訳?」
「おうよ。和奏先輩→うちの部の爽大先輩→A組の瀬田彰→俺、って感じ」
「うっわー、それもしかして全部調べたの? やるなぁあっくん」
「褒めんなよ、何も出ないぜ☆」
「心配しなくても多分褒めてないぞ……」
 というか理音、褒めないでくれ。こいつ調子に乗るから。
 俺がそう言うと、理音は「そこがあっくんのいいところじゃん」と言って笑顔になった。駄目だ、すっかり野瀬睦菌に侵されていやがる。
「で、俺が誰から送られたか聞きに来たんだ?」
 理解の早いムツの友人一号は、言ってズボンのポケットから携帯電話を取り出す。デジカメ並みのカメラが特徴的なそれを開いて、しばらく操作してから俺達の方に差し出した。
「俺はね――」
 そうして突きつけられた小型の液晶を見て、画面を見せると共に理音が放った台詞を聞いて、俺もメグも、そしてムツも――
 言葉を失った。

「ミキてぃからだよ」

「……」
 一旦目を擦ってから、もう一度画面を見てみる。表示されているのは例の胡散臭い以下略、と――「From服部実紀」の文字だ。
 何度瞬きしても、字は変わらない。
 紛れもなくミキの名前だ。しかもフルネームなのが決定的。
「……ミキさ、」
 と、生まれた沈黙を最初に破ったのはメグだった。
「このチェンメ、知らないって言ってたんだよね……?」
「……はっきり回ってきてないって言ってた」
 そう答えるムツの目は、理音の携帯電話の液晶に釘付けになったままだ。一方の理音はきょとんとしている。
「え、何? 俺何かまずいこと言っちゃった?」
「……理音、その携帯貸してくれ」
 気がついたら俺は、そう言って理音の手から携帯電話を奪い取っていた。人様の携帯電話は使いにくいが、そんなことに文句を言っている場合じゃない。つたない指さばきでキーを操作し、メニューを開いてアドレス詳細表示を選択する。
 画面が切り替わって、メールの差出人と、宛て先が全て、表示された。
「うわ……」
 そこに並んでいたのは――

 大量のアドレス。
 計、十五件。

「……」
 今度こそ本当に、俺達は言葉を失った。
 理音の携帯電話に登録されていないものはメールアドレスだけの表示だが、名前が表示されているものを見ると、宛て先は理音の他、ミキと同じC組でバレー部に所属している奴や、B組の知り合い、演劇部の連中などなど、だ。
 こんなにも多くの人にメールを送っているのに、ミキは知らないと言っている。
 これが何を示すか?
 ――考えないとわからない奴は馬鹿だ。
「……さんきゅーな、リオリオ」
 長い間続いていた静寂をそう言って破ると、ムツはくるりと背を向けて一目散に視聴覚室を出て行った。メグもそれを追う。俺も「ありがとな、理音」と短く礼を言うと、理音に携帯電話を押し付けて視聴覚室を飛び出した。
「ちょっ……何なんだよお前等ーっ!」
 どんどん遠くなる視聴覚室から理音の声がするが、悪い、緊急事態なんだ。俺達は理音の叫び声を無視し、三人そろって廊下を慌しく駆けていく。壁に貼ってある「廊下は走らない」の張り紙も当然無視した。
 目的地へ少しでも早く辿り着くことに神経を集中させながら、残った脳細胞で俺は考えていた。
 ミキよ。

 お前は一体、何を考えているんだ?


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