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 国交正常化って何だ俺達は戦後の日本とロシア・中国か――とかいう突っ込みを俺がした後でムツがひとしきり喋ったことによると、翌週の土日は俺の元母校である中高一貫私立男子校の学園祭らしい。
 ていうか、突っ込みをした後も何も今までの話だってそうなのだが。
 ……閑話休題。
 ところで、俺も在学中は大いに振り回されたその学園祭なる行事だが、どうして基本的にそうしたお祭り騒ぎには傍観者を決め込んでいる俺までもが振り回されていたのかというと、その理由は単純明快、学園祭がその学校において一年間で一番盛り上がる行事だからなのだった。そう、それは丁度、今俺が通っている高校における体育祭のようにな。
 何故学園祭が年間行事で一番盛り上がるのか、その理由はわかってしまえば呆れるより他ないものなのだけれど――当時先輩達から聞いた話によると、近所の女子校の生徒を始め可愛い女の子達が超大量に来るからなんだそうだ。基本的に学校というのは内向きにも外向きにも閉鎖された場所だから、そんなところに男ばっかりが何百人もたまっていたらそりゃそうもなるだろうというのはわからなくもない。しかしながら、そんな色恋に飢えた男共の欲望が澱み渦巻いている状況というのは、あまり積極的には想像したくないし、また関わりたくもないというのが俺の本音だ。
 この一大イベントで目立つことして可愛い彼女ちゃんをテイクアウトしちゃおうぜ! 的な煩悩だらけの学園祭なんて、聞いてため息が出ちまうって訳だ。どうしてそんな不純な理由で学園祭を盛り上げるのか、在学当時も俺は甚だ呆れていたけれど、どうやらその盛り上げ方の伝統は今日に至るまで守られていたようである。んなもん守るな。マジで。
「ま……それは今現在共学に通っている俺だからこそ言える意見か……」
 飢えた男の欲がどろどろ渦巻くそんな風潮にはニヒルな微笑で嘆息していた当時の俺だが、かくいう俺も当日になっちまえば、とある事情で悪目立ちしたことを気に病んで「あと五年は彼女作るの諦めた方がいいかっ……(泣)」とか思っていたので、目くそ鼻くそというか、五十歩百歩というか……とにかくさほど大きな違いはないのかも知れない。
 ……ちなみに、当時それほど「作れるもんなら作ってもいいよなー」などと思っていた彼女だが、共学に通っている現在はほとんど興味がなくなってしまった。周囲にいつでも女子がいて、その気になれば彼女なんていつでも作れる環境に移ってしまえば、まぁそうもなるってことだが。
 つくづく、男子校とか女子校とかっていうのは色んな意味で特殊な環境だよな。
「……何の話だったっけ?」
 ああそうだ、だから学園祭の話。
 結局俺は、ムツからの熱烈な誘いを断わり切ることができず、電話から九日後・十月二十四日の本日、かつての母校の学園祭に赴くこととなったのだった。
 これが次の週の土日だったら、丁度部誌発行日たる学校説明会の日とかぶっているって理由で断われたのにな……うん。
「とは言いつつ……実は断わる気もなかったんだろうが」
 我が家のマイカーの脇をこすらないように注意しつつ、自宅の狭い駐車場からバイクを引っ張り出しながら呟いた。生活道路上、家の前にスタンドで立たせてからキーを挿す。
 バイクの免許は高一の時に小型限定まで取得済みなのだ。と言いつつ、今出してきた愛車(ってほど愛してないけど。何度書いても胡散臭い言葉だ)は原付免許で乗れる50ccのマシンだったりする。もっとも一応マニュアルなので、ろくに教習も受けずに原付を取得した人がすぐさま乗れる代物ではない。
 ホンダベンリィ、CL50。
 免許取得後、単車買うのにバイトでもするかなー、と思っていたところ従兄弟の兄ちゃんが五万で譲ってくれたものである。現在大学三年生の兄ちゃんが高一の時に中古で購入したバイクなのだが、乗らないというので一年前に売ってくれたのだ。
 今時の原付よりスピードは出ないし、マフラーのポジションが高いので夏に乗ると無駄に暑いのが玉に瑕だが、何せこいつは燃費がいい。在学当時と違って今の俺は例の男子校に行くまでの電車定期を持っていないから、電車で行くとなると往復の交通費は自腹、だったらバイクでガソリン代の方が安く上がるだろうという目論見あっての登場なのだった。
 あとはまぁ、ムツ達の待つ学園祭の会場にバイクで格好よく乗り付けてやろうという考えがなくもない。
「俺もまだまだ中二病……」
 ヘルメットはこれまた従兄弟の兄ちゃんに譲ってもらった、半帽でゴーグルのついた洒落たデザインのを被ることにした。安全性を考えればフルフェイス、そうでなくてもオープンフェイスにしたいところだが、何せメットは脱いだ後に髪がぺしゃんこになるので、これから人と――しかも友人と会うことを考えるとそれは芳しくない。もちろん半帽のにしたって結果はそう変わらないのだが、気は心ってやつだ。
 そうしてメットを被って、グローブをしてから我が愛車に跨り、キックスターターを何度か踏んで始動させる。50ccだからセルスターターなんて気の利いたものはこいつにはついていない。それにしても、どうにもエンジンのかかりが悪い気がするな……大したメンテしてないんだからしょうがないか。次にバイト代が入ったらバッテリー換えるなり何なり、少し整備してやろう。
「……よっしゃ、」
 ムツの携帯電話に今から行く、と一通メールを打ってから、俺は秋晴れの空の下を走り出した。時刻は朝九時過ぎ、一時間もあれば到着できるだろう。何分天気がいいので気分もいい、その内俺は鼻歌を歌い出し、それがしばらくすると歌になる。
「盗んだバイクで走り出す〜♪」
 ……尾崎豊の「15の夜」を歌いながら、盗んでいない自前のバイクで県道を走る痛い十七歳の姿があった。


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