* * *

 流石に三年ぶりに訪れる元母校ともなると、懐かしいだけでなく嬉しい再会があったりもして、その後整理券に指定された時間がくるまでの三十分間はどうしてなかなか有意義に過ごせたような気がする。
 同じバレー部の同輩でもBチームに所属していて転校以来……ムツ風に言うならば国交断絶になっていた佐渡要一、通称・カナと瀬田彰、通称・アキに会うことができたり、さっき俺達の話にも少しばかり登場した演劇部のエース・成瀬理音を訪ねて絶賛公演中の視聴覚室へ行ってみたり。中庭ではいつぞやお世話になった中津川隼人率いる合唱部が見事な歌声を披露していたし、文芸部のブースにいくと昔に比べて随分と厚みを増した部誌が無料配布されていた。今となっては文芸部員である身分だし、折角だから一部もらって帰ることにした。きっと同級生のあいつが喜ぶだろう。
 ああ……そういえば、あの文芸部に纏わる馬鹿話はまだ小説にしていなかったな。機会があったら書いてみようか。
「やっぱ小説書くのに取材は大切だってことか」
 久々の校舎内をうろうろ当てもなく歩けば、薄れていた当時の記憶も次々と蘇ってくる。その一つ一つを、そういえばあれは書いていなかった、これも書いていないな、などと思い出しながらぶらついていると、三十分なんてあっという間に過ぎ去った。
 そして。
「おっし、ユキ来たなっ? そんじゃいくよ――お帰りなさいませ、ご主人様っ♪」
 整理券の時間になったので例のメイド喫茶へと舞い戻ると、しかしそれから更に二十分ほど列で待たされてからようやく中へ通され、ミキが可愛らしく小首をひねってそんな強烈萌え台詞を吐いてくれた。思わず卒倒しなかった自分を褒めてやりたい。生きていてよかったと久々に本気で思った瞬間だ。
 成績しだいでパフェのトッピングが豪華になるというメイドさんとのゲームは、そのメイドさんが知り合いなのをいいことにかなりマジで勝ちにいってしまった。その瞬間だけ口調やら声やら何やら男に戻るミキとお互いムキになったあっち向いてホイ三回勝負は三回とも俺の勝ちで、ミキが悔しがるのはわかるが何故かムツも悔しがっていた。
「じゃ、チョコもアイスもウエハースもフルーツも全乗せってことで。……くっそーっ! では、少々お待ちくださいませ、ご主人様っ」
 それから五分ほど俺を待たせて再登場したミキが運んできてくれたトッピング全乗せパフェの味は、美味しいかと問われれば普通に小麦粉と砂糖とカカオとフルーツの味がした。スーパーで買ってきた適当食材を持っただけっていうのはどうやら本当らしかった。
「うーむ」
「美味しいかっ?」
「……美味しいよ。うん」
 ちなみに美味しいと感じる要因があるとすれば、あっち向いてホイ三回勝負をストレート負けしたミキがわざわざスプーンですくってあーんしてくれたのが一番大きいのではないかと思う。ここは天国ですか? ただしミキ、わざと俺の頬に生クリームを塗ろうとするのはやめてくれ。
「にしては、不満そうだなっ?」
「うーん……シェフを呼べ!」
 と俺が言うと、一度奥へ戻ったミキがメグを引き連れてやってきた。パフェの味に関わらず最初からこう言ってメグを呼ぶ気でいた俺に、三角巾に割烹着姿のメグはあの頃と変わらず如才なく笑って、
「いざって時は熱くなってマジに勝ちにいく大人気ないところが、昔と全然変わってないよね、ユキは。あはは」
 とか言いやがった。
 どうやらさっきのミキとの勝負、話をミキから聞いたらしい。……お前後で覚えてろよ。ギャルソン衣装が必要以上に似合わねぇお前のことを本気で笑い飛ばしてやる。
「うーん、ギャルソン衣装ねぇ……そうだなぁ。ユキが一緒にメイド服着てくれるなら、着てもいいよ?」
 メグは昔に比べて性格が悪くなっていた。
 ムカつくが、そうして性格が悪くなった分どうしてか人間味が濃くなったような気もするので、嬉しいような気もした。

 男子校でメイド喫茶という異色の出し物をしている二年B組は相変わらず大繁盛だったので、そう長い時間ちんたらパフェを食っている訳にもいかなかった。三十分時間を潰した上に二十分も並んで待ったのに、実際俺が店の中にいられたのは十五分くらいなもので、何だか残念だが致し方あるまい。
「じゃ、また後で」
「おぅ。ばいばーい」
 金を払った後受付係のムツに見送られ、再度俺は時間潰しの旅へと出発する。本日終了後に奴等とは再び落ち合うことになっているから、それまでは何としても時間を潰さねばならない。さて、どうすっかな。
「パフェ食っちまったからな……とはいえこのままじゃ夕飯までに腹減るだろうし……うーん、」
 ひとまずは昼飯を食うことにして、一旦中庭へと出向く俺。
 中庭特設ステージの脇では、高等部三年生の合同クラスが「漢の焼きそば道場」とかいって焼きそばを振る舞っていた。夏のインハイを期にバレー部を引退した、俺も在籍中お世話になった一つ年上の先輩達――秋月美祥先輩、斎藤和奏先輩、相馬爽大先輩のトリオ――に誘われたので、ありがたく中庭のベンチに腰かけソースのいい味がする焼きそばにありつく。
 そうして三百五十円と高いのか安いのか微妙な焼きそばを食しながらパンフレットをめくる。これを食べ終わったらどうするかな。
「今更中等部のブース回っても仕方ないしなぁ……かといって他に特別見たいものもないし……」
 演劇部による視聴覚室での学年ごと公演も、さっき理音を訪ねた時には高等二年生の発表はとっくに終わってしまっていた。第二グラウンドでは野球部が招待試合をしているらしいけど、あまり積極的に見たいとは思わないし……吹奏楽部の演奏はないのかとパンフレットで探すが、これも午前の内に終わってしまっていた。くそ、タイミングの悪い。
 懐かしくもあり忌々しくもある実行委員会企画のミス・コンテストも二日目の明日の予定だ。他に興味の沸く催し物があるとすれば、そうだな、後は、
「軽音部か」
 焼きそばをもそもそと食いながらパンフレットのページを捲り、軽音楽部の出し物を確認する。
 俺の在学当時は二日目の体育館ステージを丸ごと貸し切り、有志バンドも募って大々的にライブが行なわれていたのだが、どうやらこの三年で我が母校の軽音部は謎の縮小を遂げたらしい。場所は変わりないものの、時間帯は今日の午後と明日の午前という中途半端なところへ移されていて、代わりに吹奏楽部が体育館ステージのフィナーレを飾ることになっていた。
「時代は移り変わっているんだねぇ……なんちゃって」
 がしかし、俺に限ってはそっちの方が都合がいい。何せ明日は来る気がないし、代わりに今日やってくれるおかげでいい時間潰しができそうだ。決めた。この焼きそばを食い終わったら軽音のライブを見に行こう。
「う――うおぁっ!?」
 パンフレットを閉じたその瞬間、中庭を一陣の風が吹き抜けた。
 焼きそばにかかっていた青海苔と鰹節が舞い上がって、俺の顔に纏わりついた。
 ……何だかなぁ。


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