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それは前々から、理音に言われていたことだった。
今月・十月の始め、定期テストが終わった後のちょっとした騒ぎで演劇部を訪れた時から、理音はムツにこう言っていた「今度の学園祭。一年生の舞台、お前出る気ない?」。
演劇部の学園祭での劇は、二日ある日程の内一日目の体育館舞台で行なう中等部・高等部それぞれの劇の他、本拠地たる視聴覚室で各学年がそれぞれ二公演ずつ行なう劇がある。
体育館での公演はもちろん、夏休み中大会用に練習を積み重ねてきた劇だから、厳格たる雰囲気で(だからこそ理音はあまり積極的に参加しようとしないのだ)部外者が首を突っ込む隙もない。
しかし、視聴覚室での各学年公演なら、割と自由な雰囲気なのだそうだ。各学年ごと、脚本・演出担当が中心となって演目を決め、役者・音響・照明・衣装・大道具・小道具・メイク担当一体となって一つの劇を作り上げる。一学年に十人程度しか部員がいないことから、そこまで大掛かりなことはできないのだが――だからこそ、部外からスタッフを募ることもできるらしい。
で、理音が言っているのは、その各学年公演の内の一公演に出演しないか、ということだった。
「俺達の演目は、ずばり『眠れる森の美女』。あっくんには是非とも、格好いいフィリップ王子の役をやって欲しいんだよねぇ。どう?」
緑色の表紙の台本を軽く振って言った理音に、ムツは腕を組んで少し考え込むようにする。
「嫌だって言ったら?」
「やだなー、あっくんが俺の脚本を演じる折角の機会を自らの手でぱーにする訳ないじゃん。俺の脚本至上主義のあっくんがさ」
本当に楽しそうに、意地悪な笑みを浮かべて理音は続ける。
「それに、あっくんは俺達に負い目だってある訳だろ? 『多分入部します』って堂々宣言までしておいて、いきなりバレー部に行っちゃった負い目がさぁ」
「……」
「ぶっちゃけ、キャストと裏方の兼ね合いがぎりぎりで、あっくんに入ってもらえると助かるんだけどなー。そうしたら、お前が演劇部に入ってくれなかったこと、不問にしてあげてもいいんだぜ?」
ムツが入部先を演劇部からバレー部にいきなり変更してしまったことを、実は理音はかなり根に持っている。そりゃそうだ、俺と立場交換したいなんて言い出すくらいムツにのめり込んでいるのだから。
仮入部期間中、二人の間でどんなやり取りがあったのか知らないが、読書一筋の文学少年たる俺の妄想、もとい想像では……「俺は役者で理音は脚本。二人でいい劇作ってこうぜ♪」「きゃー、あっくん格好いいー☆」。こんな会話がされていたんじゃないのかな。
多分それを、ずっとグチグチ言われて続けているのだろう。
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