* * *

 翌日の午後二時過ぎに南林間駅前に再集合したムツ達一向と俺は、前日に行なわなかった分の試し撮りを一通りこなした後で俺の家へと向かい、そこで一泊した。全員でまだ終わっていない分の宿題を持ち寄って――俺達の面子の中で一番真面目なメグは、もうとっくに技術以外の課題を終わらせていたけど――協力して片付けながら、俺の自室でまた随分と大騒ぎを繰り広げたのだが、その様子については特別語らないことにする。
 だって別に聞きたくないだろ? 俺達が宿題の傍ら、怪談や教師の悪口やエロトークや恋バナをして盛り上がってた話なんてさ。
 ちなみに、前日ムツによって発見された俺の秘蔵エロ本は、その際結構な話題になったけどな。まぁそんな感じだ。
「……おら、電気消すぞ。お休み」
「うぃ。おやすみぃ」
「お休みー」
「おや〜」
 そんなこんなで、俺の自前ベッドと引っ張り出してきた布団一組、定員二名のところへ四人で雑魚寝するに至った時には、もうとっくに真夜中二時を回っていた。ネットで調べたところ日の出の時刻は五時少し過ぎ、撮影の都合上四時過ぎには家を出なきゃいけないから、実質の睡眠時間はたった二時間である。
 まぁ、若かったからな。あの頃は随分と無茶なこともしたもんだ。
 ……今だって充分若いんだろうけど。

 よって、眠りについたと思ったらすぐ携帯電話のアラームがけたたましく鳴り響き、俺達はろくな睡眠もとれていないというのに叩き起こされることとなった。自業自得だし、仕方ないので各々が起きて準備を進め、予定通りの四時過ぎに家を出る。
「うっしゃ。天気もいい! 絶好の撮影日和だな! そんじゃ、出発進行!」
 元気溌剌なのは言って自転車に跨ったムツと、紺色の空の向こうでじわじわと空気を温めている日の出前の太陽くらいなものだ。少しずつ明るくなってきている東の空を見て、俺は今日も暑くなりそうだな、と思った。
「メグ、今何時だ?」
「四時半少し前。丁度いい時間だね」
 メグに現在時刻を確認しながら、俺はムツの後ろの荷台に跨る。日の出の時刻まであと三十分ちょっとと言ったところだろうか。確かにメグの言う通り、丁度いい時間だ。
 ムツと俺、メグとミキという、撮影の時のタンデムペアでそれぞれ自転車に乗り、徐々に目覚めていく南林間町内を走り出した。まだ世界は静かだ。
 薄く青色に照らし出された住宅地の中を行きながら途中、最初のシーンの撮影が始まる。
「……」
 メグが漕ぎ手となって並走させている自転車の荷台に横座りし、こっちにカメラを向けているミキの視線を感じながら、俺はゆっくりとした速度でチャリを漕ぐムツの背中に頬を寄せた。ムツの胴に回した腕と、そうして背中に寄せた頬、二箇所からムツの身体の微かな温もりを感じる。
 前々日とは前後が逆のタンデムなのに、そうして感じられる温もりはあの時と同じで、俺は黙ったまま「車輪の唄」の歌詞の通りに、しばらくの間ムツの体温を感じていた。
 少しずつ明るくなっていく、見慣れた南林間の町並み。
「とうちゃーくっ! ……メグ、今何時?」
「四時四十五分過ぎ。まだ日の出までは余裕があるよ」
「おっし、予定通りだな。んじゃ、次のシーンを撮りますか!」
 十分ほどのんびりとした速度で住宅地の中を走り抜け、次のロケ地である県道五十号線の弧線橋の麓に自転車を一旦停め、ムツとメグがそう会話を交わす。俺はムツの後ろの荷台から、弧線橋の坂の上を振り仰いだ。東の空が微かに白い。
 夜明けが近いのだ。反対の西の空を見れば、そこには淡い群青色と、微かに光を放つ星とがうっすらと敷き詰められていた。
 朝と夜。その境目に、俺達は立っている。
「よーしっ、じゃあ撮るよっ。よぅい――アクションっ!」
 撮影係たるミキの号令に従って、いよいよこのPVの一つの見せ場である上り坂のシーンの撮影が開始された。
 まず、ミキを荷台に乗せたメグの自転車が先行し、それを追うようにしてゆっくりとムツが自転車を発進させる。楽に坂道を上りきってしまうことがないくらいの勢いで、ムツはペダルを踏んで坂を上っていった。
 ムツの背中越しに、坂道の頂上と、その向こうの白んだ空が見える。だんだんと強くなっていく朝の光に俺は目を細めた。俺とムツの髪を、温い風が優しく揺らしていく。
「もうちょっと、あと少し!」
 坂の中腹で失速し始めた自転車を少しだけ苦労しながら上らせていくムツに、後ろから「車輪の唄」の歌詞通りにそう声をかけたけれど――実は半分以上、演技ではなく本当だったような気がする。
 前日の午後に練習をしたように、坂の七割を上り切ったところで一旦ムツは自転車を停める。その先ではメグとミキが頂上よりも少し向こう側へ到着し、メグが自転車を降りてスタンドを立てた傍で、先に降りたミキが俺達に向かってカメラを構えた。
 そのまま十分ほど、スタンバイ。
 その間、ミキとメグの背景の空は光の強さをどんどん増して、空気が徐々に橙色に染まっていく。
 そして――
「よぅい――アクションっ!」
 ミキの号令がかかると同時に、ムツは自転車を再発進させた。
 坂の頂上に向かって、ゆっくりと上っていく俺の自転車。中学生になり、登下校のアシに使うようになって以来結構無茶もさせてきたママチャリは、ムツがペダルを踏む度にぎぃっと軋んだ音を立てる。
 やがてペダルを漕ぐムツの足が止まり、チェーンの空回りする音が響いた。
 頂上だ。
 ムツの背中の向こうに――言葉でどう言い表せばいいのかわからないほどの、綺麗な朝焼けが見えた。

 ――同時に言葉を失くした 坂を上りきった時――
 ――迎えてくれた朝焼けが あまりに綺麗過ぎて――

 ムツと二人、言葉を交わすことなく、そんな朝焼けをミキのカットの声がかかるまでのしばらくの間、見つめていた。
 その後。
 券売機のシーン。
 改札のシーン。
 駅ホームのシーン。
 線路沿いの下り坂のシーン――
 朝日に照らし出される中、ムツが絵コンテに描いた通りのシーンのあれこれを、俺達はデジタルハンディカムに一気に撮り溜めていった。
 撮り直しは一切なく。
 何もかもが順調に。
 そしてついに。

「お疲れサマーっ! 野郎共っ、クランクアップだぜッ!」

 ムツのそんな一声でもって、バレー部Cチームによる技術課題・PV制作、撮影の工程は終了の時を迎えた。


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