* * *

 さて、そんな訳でいかがだっただろうか?
 つーかそんなこと突然聞かれたって何がいかがだよ、とかいう声がどこからともなく聞こえてきそうだが――いかがだっただろうというのは、どうだろう、今回のムツの暴走は比較的大人しめなものだったと思うのだが。
 そもそも比較対象が例の学園祭や合唱祭、百人一首大会や球技大会、スキー教室に宿泊研修の時の騒ぎだから、このレベルのことが「大人しめ」になっちまうんだけどな。多分、ムツの暴走癖に慣れていない一般の方々の感性からすれば、このPV撮影騒ぎだって充分迷惑に感じられるものなのだろうが……その後、ムードメーカー兼トラブルメーカーのムツが引き起こすその他様々な事件に散々っぱら付き合わされることとなる俺達にとっては――もちろん今回だって散々振り回されはしたけれど――それも「大人しめ」って評価に落ち着いてしまう。それくらい日頃の行動が突拍子もないんだよな、あいつは。困ったもんだ。本当に。
 最終的に自画自賛のようになってしまうが、ムツにPV撮影の件を提案されて賛成したあの時、俺が「ムツにしては珍しく計画もしっかりしてるし、リスクに対して返ってくるリターンにも期待ができる」と思ったのは、奇しくも当たっていたって訳だ。
 ムツのやることがいつも無計画で行き当たりばったり、たった一本の線香花火に火をつけるためにダイナマイトを使うような、大げさで大掛かりではた迷惑なことばかりじゃないという……今回の話のテーマはそんなものになりそうなのだが、それもまたいかがなものだろうか。
 というのが、PVの撮影を終えて九時過ぎに帰宅して一息ついた時に俺が抱いた感想だった。大変は大変だったけど、この程度で済んだのなら万々歳だ、なんて。
 ……けれどまぁ、これで全て計画通りに上手くいって終わらなかったってところが、ムツらしいといえばムツらしいのだが。

 という訳で、その後。
 PV制作に使う映像を全て撮り終わった翌週から、俺達は部活に復活した。朝の九時から夕方六時過ぎまで、熱中症の危険に怯えつつも校内ランニングや筋トレ、パス練習やミニゲームに励む日々に回帰し、いやぁこの夏は宿題も割とコンスタントに片付けたし(あくまで例年比)、部活も趣味もしっかりやったし良かったなぁ――なんて油断していたのがいけなかった。
 八月三十一日、夏休み最終日。
 朝七時半過ぎ、部活で学校へ行くのに玄関で靴を履いていた俺の携帯電話がけたたましく着メロを奏でたので取り出して確認すると、ムツからだった。
「やっべぇ、ユキ、どうしよう!」
 電話に出た際のムツの第一声はそんなだった。あまりの大声に耳がキーンとなる。
 ……朝からそんなでかい声出すんじゃない、俺の反射神経で電話から耳遠ざけてなかったら鼓膜が破れて治療費請求するところだったぞ。このクソが。
「お前の鼓膜なんてどうでもいいんだよ! それよりやばいって、大変なんだよ、ユキっ!」
 俺の鼓膜をどうでもいいと抜かしやがったムカつく同級生は、電話口で泣き声になっていた。小さく舌打ちをしてから、俺はまぁ落ち着け、とムツを宥めてこう言った。
「何がどうやばくて大変なんだ」
「例のPV! ……撮った映像、俺とメグとで編集するって話だっただろ!? 前半をメグ、後半を俺が編集するって分担になってたけど、そんで俺、全然やってなくてっ……!」
「……」
 こういうオチか……。
 電話の向こうで慌てふためくムツに無言の時をプレゼントフォーユーしながら、俺は口角を持ち上げて笑みの形に顔を引き攣らせていた。
 ……ふっふっふ。
 ……野瀬君、やってくれるじゃないか……(涙)
「……で? メグはどうなんだ? 自分の担当の分、どこら辺まで仕上がったって?」
「メグは八割できてるらしいんだよ! あとは、俺が担当の後半部分と接続する辺りの調整をしたいからって編集しないでおいてるって……!」
 やっぱな。メグ、お前はそういうやるべきことをちゃんとこなす、そういう真面目な奴だよ。
 そしてムツ。
 ……お前はそんなメグを全力で見習うべきだ!
「どうすんだよっ! 明日はもう始業式だぞ!」
 携帯電話に向かって怒鳴りつけると、その声のあまりの大きさに、俺と同じく夏休み最終日を迎えている小学三年生の可愛くない妹がリビングからひょいっと顔を覗かせ「お兄ちゃん、朝からうるさい」と毒を吐いた。ああもう、どいつもこいつも!
「ど、どうしよう!?」
 そしてこんな時に限っておたおたと慌てるばかりで頼りにならないムツ。
 俺は盛大にため息をつくと、あのイケメン面が携帯電話片手に泣き顔になっているのを思い浮かべながら、こう言いつけたのだった。
「今すぐミキとメグに連絡しろ! 今日は部活サボって、お前んちに集まって全員で編集して完成させるぞ! ……場合によっては徹夜敢行だ、いいな、わかったかっ!」

 そんななので結局、その夏も俺は夏休み最終日に慌てて宿題を片付ける羽目になってしまったのだった。
 部活をサボってムツの町田にある自宅に集結したCチームの面々は、ムツが用意したノートパソコンを取り囲んであーでもないこーでもないと大騒ぎである。後半部分の編集を一通りこなして動画編集ソフトに慣れたメグと違い、ソフトの扱いなんてこれっぽっちも理解していなかったムツは、最終的にはメグをパソコンの前に座らせ、自分はメグに対してエラソーに編集の指示をしていた。その際メグが結構頻繁に「……チッ」と舌打ちをしていて、俺はかなり冷や冷やしたのを覚えている。恐怖の一晩だった。メグが本気でキレる常に五秒前だったんでね。
 残りのメンバーたる俺とミキは、二人してムツの終わっていない分の宿題を代行して片付ける業務を請け負うこととなり、こっちはこっちで不満たらたらだった。「俺は今年、頑張って夏休み中に宿題全部終わらせたのにぃ……何でムツのなんかやんなきゃいけないんだよぉ……」と膨れっ面でペンを動かしているミキは可愛かったが、ムツの必要以上にキッタネェ筆跡を再現しつつ宿題をこなさねばならない俺はぶっちゃけそれどころじゃなかった。
 何せこれで宿題が終わらず、そのせいでそれでなくても悪いムツの成績が更に悪化した暁には、部活動停止の訓令が下ってもおかしくないんでね。ムツはこれでも俺達Cチームのチームリーダーであり、更には一人しかいないセッターだから、部活を休まれると色々困ることもある訳だ。
「メグ、そこは映像上手い具合に被せてシーン転換して! あーっ、違ぇよ、そうじゃねぇよ! そうじゃなくて――」
「あーもう! ムツの説明は雑多すぎて全然わかんないよ! 頼むからもうちょっとわかりやすく説明してくれないかなぁ!?」
「ムツっ! 社会のレポート、お前が書いた前半部分の出来が酷すぎて、俺じゃフォローできそうにないんだけどっ!」
「適当にごまかしてくれりゃいいからっ、それでやっといてくれミキ!」
「ムツ! お前、お前が一人でやった分の数学の答え全部間違ってるぞ! これじゃ出したって評価ヤバいんじゃ――」
「うるせー! ユキの教え方が下手くそだったから途中からわかんなくなっちまったんだよ! 直しとけ!」
「てめぇそれが人にモノを頼む時の態度か!」
 何やかや。
 そんな感じでその日は一日中ムツの部屋でどったんばったん大騒ぎを繰り広げ――そうしてめでたく俺達は徹夜を敢行することになった。俺とミキが協力してムツの宿題を片付け終えた時には、既に日付が変わっており……迎えた九月一日は、メグにとっては不運のバースデーである。
「メグ、そこは歌詞と映像の口の動き合わせて――そうそうそんな感じ……」
「もう無理だよ……これでいい? 僕のスキルじゃこれが限界なんだけど。……ちょっとムツ?」
「ぐー」
「……ぐー?」
 最終的にムツは寝オチした。一生懸命パソコンと格闘しているメグの肩にもたれかかって、夢の中へいつの間にやらレッツゴーである。
「ったく……いい気なもんだよな。やりたい放題やって、最後には遊び疲れて寝ちまうなんてさ」
「……本当にね。困ったもんだよ、全く」
 歳の割に顔立ちが整いすぎているクラスメイト兼チームメイトの寝顔を肩に乗せて、メグは短くため息をついていた。俺もそれに肩をすくめることで答える。
「これからどうすんのっ? 無理矢理にでもムツ起こした方が良くねぇ?」
 ムツのベッドに寝そべってまどろんでいたミキが、目を擦りながら言った。俺とメグはそんなミキを見、それからメグの肩に涎をたらして眠っているムツを見た。その内メグが、
「……起こすと面倒くさいからいいや。ここから先の編集は、僕達だけでやろう」
 そう言って、起こさないようにムツを肩から外すと、クッションを枕にして床に寝かせた。何だかんだでお前は優しい奴だよな、メグ。
「優しくしたくてしてるんじゃないけどね……さてと、ユキ。手伝ってくれる?」
「……あんまり期待しないでくれよ。そこまで優れた戦力じゃないからな」
 そうして俺が編集作業に取りかかった時には、もう真夜中二時を回っていた。


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