* * *

 こいつが自分勝手なのはいつものことだが、今回も例外ではなく俺やメグやミキの意見があるという想定を全く無視してムツが一方的に言い放ちやがった役割分担を発表しよう。
 撮影・雑用係、ミキ。
 撮影助手(自転車漕ぎ手)・動画編集係、メグ。
 役者その一・ロケ地案内係、俺。
 役者その二・監督・絵コンテ係、ムツ。
「ちょっと待て」
 分担の発表がされた直後、そう待ったをかけたのはやっぱりというか、俺だった。
 つーか俺しかいない。このバレー部Cチームの四人組では、不思議なことにムツの意見に異を唱えるのは毎回俺一人だけなのだ。自分は至極まともな人間ですみたいな顔をしつつも実はメグとミキには常識ってやつが欠如しているんじゃないかなんて、時々真剣に疑いたくなるが、それはさておくとして。
「何で俺が役者なんだ? 聞いてないぞ」
「うん、話してないからな」
 さらっと言うな。殺したくなるぞ。
「お前こそ殺したくなるとかさらっと言うなよ、そこの交番のお巡りさんに捕まるぜ? ……ってかユキ、役者嫌なのか? チャリ漕ぐんじゃない方をお前に任せようと思ってたんだけどな」
「嫌っていうか……何故メグでもミキでもなくこの俺なのか、納得のいくようにわかりやすく説明してくれ」
 この訳もなくムカつくイケメン面野郎が役者をやることには敢えて突っ込まない。最初から予想していたからな、逆にこいつが映るんじゃなきゃ映像として見栄えがしないだろって話だ――しかし、もう一人の役者が俺だというのにはいまいち納得がいかない。というか、てっきり俺はもう一人の役者にはミキが任ぜられるものだとばかり思っていたのだけれど。さっきロケ候補地を回った時はミキとタンデムしていたくらいだし。
「メグはひとまずこれでいいべ? 俺達の中でいっちゃんパソコンに詳しいんだからよ」
「うーん……あんまり過剰な期待をかけられても困るっていうのが本音だけどね。でもまぁ、頑張って編集やってみるよ。僕なりにで良ければ、だけど」
 ミキの隣でメイプルシロップをかけたビスケットを食しながら、少しだけ困ったようににこにこ笑ってメグは言う。そういう理由ならまぁ、メグはいいか。動画編集と役者の両方をやれっていうのは流石に荷が重いだろうしな。
 それで、残りの俺とミキでどうして俺が役者になるんだ?
「ミキだと軽すぎる」
 ずごごごご、とコーラを最後までストローで吸い上げてから、短くそうとだけ答えるムツ。
「さっき、ミキを後ろに乗せてあの弧線橋の坂上ったろ? 歌詞通りにするならあそこは割と苦労して上がんなきゃいけないのに、ミキだと軽くって結構楽に上がれちゃうんだよな」
 俺は、正面でビスケットと三つ目のチキンとを交互にもぐもぐやっている動きがいかにも小動物ちっくなミキを見る。小柄である。ついでに言うと矮躯である。俺との身長差はせいぜい五センチくらいだと思うのだが、体格はあまりにも違いすぎる。多分体重差は五キロ以上は普通にあるだろう。
「ユキが重いってんじゃないぜ? ユキは中一の男子の極めて平均って感じだろ。ははは、平凡系主人公万歳だな。……それに比べて、ミキが年と身長の割に軽すぎるってだけの話だよ」
「……悪かったな。どーせ俺はガリガリだよっ」
 ムツの指摘にわかりやすくミキがむくれた。こんな顔をしてもミキは可愛いな。カメラで撮った時、俺なんかより遥かに見栄えがすると思うのだが。
「確かにな。見栄えって意味じゃ明らかにミキの方が花があるよ。……でもいいだろ? ユキ、俺とタンデム嫌か?」
「タンデムが嫌っていうか……撮られるのが嫌なんだけどな……」
 写真に写っている自分を見るのでさえ嫌気がしまくるんだ。これが動画となったら、俺は嫌悪感で死ねる気がするね。
「それと、やっぱお前とタンデムも嫌だな……」
「嫌なの!? うわっ、今さりげなく拒絶されたよ俺っ!」
「いや、さりげなくっていうか露骨に拒絶したつもりなんだが」
「やめてぇユキちゃあぁぁぁんッ! 俺様の脆いガラスのハートが傷ついちゃうぅぅぅぅッ!」
 ……むしろ傷つけ。そのまま再起不能になれよ。
「まぁそんな訳だから、できれば役者はミキにやって欲しいんだけど……駄目か、ミキ?」
「やだよっ」
 きっぱり断わられてしまった。
 ……うん、ムツの提案した役割分担に反対しなかったってことは、それなりの理由があるんだろうとは予想していたけれど。でも何で?
「だって、ムツと俺だとどっからどー見ても俺が女にしか見えなくなっちゃうもんっ。下手したらムツに女装させられそうだし。……これ以上男から告られるっていう恐怖体験増やしたくないんだよ、俺はっ」
 言い放った顔がげっそりしている。男子校だというにも関わらず先輩達から想いを寄せられるっていう自分のポジションに、心底嫌気が差しているようだ。気持ちはわからなくもないけどな。自分は男なのに同じ男から好かれて嬉しがる奴は、俺やミキみたいなヘテロタイプにはあんまりいないだろう。
 しかし、ミキに告っちまう先輩達の気持ちもわかるんだよなぁ……。
 というか、俺はミキからだったら好かれたら嬉しいし。男から好かれるのはご免こうむるが、その男がミキとなりゃ話は完全に別だ。
 ミキはそういう扱いをされるのが嫌なんだろうけど。
「それは……ミキの髪が長いからだろ。肩上までに髪短くして、女装は絶対にさせないっていう約束をきょうは――交渉の末、ムツに取りつければ万事解決だ」
「ユキ待て。今ひょっとして交渉って言う前に『脅迫』とか言いかけなかったか?」
 何を言うんだ、ムツ。
 その「交渉」だって、実は振り仮名を振ると「きょうはく」って読むんだぜ。
「はーぁ……ユキってひょっとしてあんまり頭良くないっ?」
 一方ミキは、俺の提案をため息で一蹴した。
「あのな、世の中にはショートヘアって女子の髪型もあるんだぜ。髪ぃ短くしたくらいで何とかなる程度の女顔なら、俺今頃困ってないよっ」
 ……ごもっとも。
「それにさ、ぶっちゃけ俺、髪短いの滅茶苦茶似合わないよ? ついでに言うと、俺に髪切らせたらユキ、他に誰のさらさらロングヘア触って楽しむのっ?」
 うぐっ。
 それを今言うとは、お前は悪魔か……ミキ?
「……おいユキ、どういうことだかちょっくら説明してもらおうか?」
 俺の隣であまり穏やかではない表情をするハンサムフェイスの男が一人。
 どうして俺がこいつにこんな顔をされなきゃいけないのか、俺としてはそっちの方に説明が欲しいんだが。
「ユキさ、いつも町田でムツとメグと別れた後の電車の中で、『触ってもいい?』って言って俺の髪触るんだよっ」
 そしてミキもそんなとんでもないことをあっさりとバラさないで欲しい。
 電車の中で許可とって髪の毛触るとか、体のいい痴漢じゃねぇか……事実だけど。
「ほう……ユキが俺やメグのいないところでミキにそんなことしてるとはな……」
 俺を見るムツの目が軽蔑するかのように細くなっている。斜め前を見ると、そこではメグも同じような目をして俺を見ていた。……お前もそういう目で俺を見るのですか、メグ。
「や、やってねぇよ、そんなこと」
 否認してみた。
「嘘をつけ!」
 すぐさまムツに一喝された。
「…………」
 黙秘してみた。
「ユキ……正直に話した方が今後のためじゃないかな。裁判上不利になるよ」
 メグに自白を求められた。
「や……やったよ。確かに触ったよ! 何か文句あるか!」
 開き直って逆ギレしてみた。
「ほー……そうか触ったか。俺やメグの見ていないところで」
「許し難いね。ユキ、それは有罪判決が下るよ」
 ムツとメグの目が糸のように細くなった。っておい待て、本人に許可取って髪の毛触らせてもらっただけなのに何でマジモンの痴漢扱いされてるんだ、俺? おかしいだろ。何だよ裁判とか有罪判決とか。
「ち、ちょっと魔が差しただけなんだ! 悪気はなかった! なかったぞ、うん!」
 弁明してみた。
「悪気のあるなしなんか関係あるかっ! お前が俺の見ていないところでミキのさらさらヘアに触った、その事実こそが問題なんだ!」
 怒鳴られた。
 うーむ……そう言われてみれば確かに問題だったかも知れない。許可を取っていようがいまいが、人に髪の毛べたべた触られたら普通に嫌だろうし。ミキが痴漢行為だったと言い張ったら、俺の裁判上の立場ってやっぱりかなり危うくなるんじゃないか。そう考えると、早いところ非を認めて謝った方がいいのでは……。
「すいませんでした。もうしません」
 謝罪してみた。
「わかりゃーいいんだよ、わかりゃー。……これからは俺やメグが見ているところで正々堂々と触るんだぞ? 抜け駆け禁止だからな!」
「お前等の見てる前ならいいのかよ!?」
 ていうかお前とメグが怒ってたのってそういうことだったのかよ!
 抜け駆け禁止って!
 単に自分達より頻繁にミキの髪の毛触ってる俺が許せなかっただけで、触ったことそれ自体を怒っていたんじゃなかったのか……。
「……何だかんだ言って、俺の髪の毛触られるポジションは変わんないのなっ」
 ミキは明らかに馬鹿を見る目で俺達を見た後、盛大にため息をついた。ドンマイだ、ミキ。
「何言ってやがるんだミキ!? お前のさらさらふわふわヘアを触れなくなったら、俺達の男子校生活に潤いがなくなっちまうじゃねぇか!」
「ちょっと待て! お前等にとって俺ってそういう扱いなの!?」
 ムツとミキがそれぞれ違う意味合いで絶叫。……マジでドンマイだ、ミキ。
「あのね、ミキ。でも考えてごらん? そうしてミキの髪の毛を触る行為により、ムツやユキみたいな飢えた男子校生が町で見ず知らずの女性を襲ってしまうリスクを回避できているんだよ」
「それって見ず知らずの女性の犠牲に俺がなってるってことじゃんか!」
「まぁ、結果的にそういうことだね。でも大丈夫、ミキの犠牲は決して無駄じゃないから」
「フォローになってねぇよ! それのどこが大丈夫なんだよぉぉぉぉっ!」
 ミキの突っ込みはとてもアクティブなので、見ていてとても楽しい。
 ていうかメグ、俺からも突っ込ませてもらうと、「飢えた男子校生」の例に俺とムツを挙げて自分は除いたことに他意はないよな? な?
「という訳で、俺様の相方たる役者その二はユキに決まりましたー。わーぱちぱち」
 ムツの拍手にメグとミキのものが重なる。ケンタッキー店内に小さく響く拍手の音……っておい、
「ちょっと待て。これまでの話とその決定、何の脈絡もないぞ!」
「はぁん? そんなことないだろ。最初から最後まで徹頭徹尾、役者の二人目を誰がやるかって話だったじゃねぇか。なぁ、メグ、ミキ?」
「そうだね」「そうだよー」
 ムツの確認に同意を示したメグとミキは、俺が静かに睨みつけるとさっと目を逸らしてきた。今わかった。こいつら、自分が役者をやりたくないからって俺に押しつけようとしていやがる。
 自分ができる最大限の嫌な顔をして視線を隣のムツへと戻すと、そこでテーブルに片肘で頬杖を突いている忌々しいハンサムフェイスは、にやりと嫌らしい笑みを浮かべた。
「この野瀬睦様を前にして、お前一人如きの我侭が通用すると思うなよ? 残念ながらこの日本国は民主主義で多数決な国だ。比べて人徳のある俺の方が、お前なんかよりより民衆の票を集めることができんだよ」
 俺が役者の二人目を担当することへの、賛成三、反対一。
 ムツの言う通り、民主主義な多数決の観点から見れば俺が役者をやるという決定は妥当なものだ。しかし、この時の俺にとってはこの多数決の結果はとても理不尽なものに思えた。どんなに法案に反対しようとも最後には過半数の賛成で可決されてしまう野党議員はいつもこんな気分なのだろうか。
「おっしゃ! まだまだ外は暑そうだけど、張り切って撮影練習に行きますか!」
 空になったコーラのカップをトレイの上にぱん、と勢いよく叩きつけて立ち上がり意気揚々と宣言したムツを見て、俺は深くため息をつき続いて椅子から腰を上げたのだった。
 嫌だまだここで涼んでいたい、とか何とか言って拒否する権利なんて、どうせ俺にはないんだろ?

 はいはい、わかってますよ――だ。


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