* * *

 という訳で、ゲーム開始。
「はいはーいっ、では早速行って参りますっ!」
 まず最初、元気いっぱいにボールを持ってアプローチに立ったのはミキである。余計な肉のない細い腕にはどうにも不釣合いな八ポンド球を少しばかり重そうにキープし、何回か助走の確認をした後で放たれた第一フレーム・第一投は、若干ロフトボール気味に派手めの音を立ててレーンを転がった。
「おりゃっ!」
 投球した際のミキのかけ声が異常に可愛い。
 そうして投げ出された青いハウスボールは割と勢いよくごろごろと転がって真ん中のスパットの少し右脇を通過、そのままヘッドピンにクリーンヒットしてかぱーん、と豪快な音がレーンを満たした。
「あっちゃー、」
 ほとんどのピンが派手にぶっ飛んで倒れたが、よく見るとピンデッキ最奥の両端のピンが起立したままになっている。その内向かって左端の4ピンは少しの間がたがたと動いていたが、やがて倒れることなく降りてきたピンセッターに回収された。それを見たミキがため息をつく。
「いきなりスプリットっ? ありえねー」
 ボウリングを詳しくご存じない方のために解説を加えると、スプリットというのは一投目、ヘッドピンが倒れた上で残りのピンが隣接しない状態で残ることだ。スコア表には通常とは異なるように表記され、俺がディスプレイを見るとミキの第一フレーム・第一投の欄には「G」と表示されていた。カウントは8スプリット、4・10。
 どうやらスペアを取るのは難しそうだな。これが2ピン・7ピン、3・10のベビースプリットなら、上手く投げればスペアを狙えなくもないのだが。
「ちぇっ、しょうがないか」
 がこん、という音と共に戻ってきたボールを再び手に取りアプローチに立ったミキは、恨めしそうに残っている二本のピンを眺めた後、何かを諦めたように第二投目を放った。ボールはレーンを右から左へと横断するような斜めのラインを描いて左端へすっ飛んでいき、冷静に4ピンだけを吹っ飛ばして軽い音を立てる。
 ディスプレイに映されたスコア表には、第一フレームG・1、得点9と表示された。
「うあーっ、納得いかないっ! 違うんだよ、いつもの俺なら一投目でちゃんとあの4ピンも倒せんのっ。そんでちゃんと二投目でスペア取れるんだよっ!」
 悔しそうに言い訳をしながら戻ってきたミキだが、初っ端にしてはまずまずの成績と言えるんじゃないか? ゲームの序盤は身体が慣れ切っていない訳だし、それでこのスコアなら上出来だ。人によっては一ゲーム目では調子が出なくて、二ゲーム目でやっとベストが出るって人もいるくらいだからな。
「よし、」
 が、いつまでもそうやってミキを宥めている訳にもいかない、次は俺の番である。ミキよりワンランク重い九ポンド球を手に取ると、俺はアプローチへと出向いてレーンの向こうに見える新たにセットされた十本のピンを睨んだ。
 プロならここでオイルの具合を見たりもするんだろうが、生憎俺は見たところでレーンの状況を詳しく把握することも、また把握したことを踏まえて投球することもできない。だからただ立ち位置と助走のみを数回確認しただけで、すぐさま一投目を放った。
「――っと、」
 ごうっ、というような音と共にボールがレーンを滑っていき、ほぼ真っ直ぐなラインを描いて右から三番目のスパット上を通過。そのまま転がっていったボールは、ピンにぶつかる手前のところで軽くカーブしてヘッドピンを捉えた。
 ぱこーん。
「……やべぇ、」
 レーキが倒れたピンを一掃したところにピンセッターが降ろしてきた最後の一本の位置を見て、思わずそんな呟きが口をついた。
 残っているのは一番右端に位置する10ピン。
 いわゆるテンピンタップというやつである。何と厄介な、と思わずにはいられない。右端の10ピンは右利きのプレイヤーが投げた場合に最も残りやすいピンで、やはり右利きの俺も例外ではなく倒しにくいピンだ。
 どうするかな……いや。どうするもこうするもなく、右端からストレートの球筋で投げて倒すしかないのだが。
「……っし」
 戻ってきたボールを手に取り、軽く気合を入れてからアプローチに立つ。こうなったら迷っていても仕方ないと、俺は特に躊躇わずに二投目を投げた。いけっ、ガターには嵌るなよ!
「おおっ」
 と、これは俺の第一フレーム第二投の結果を見て、後ろでベンチに座っているメグが漏らした感嘆詞である。
 俺の願いが通じたのか、ボールは一番右のスパットを通過後もガターすれすれに真っ直ぐ転がっていき、見事10ピンを捉えた。さっき一投目で響いた音よりも少し小さめの軽い音がレーンの向こうから届く。
 スペアだ。
「やれやれ……」
「ナイス、ユキっ!」
 小さく頭を振りながら戻った俺をミキが拍手と歓声で迎えてくれて、俺は何だか照れくさくなって頭を掻いた。くそ、ミキ可愛い、超可愛い。こんなたんぽぽとヒマワリを足して二で割って三乗したような笑顔が見られるなら、何回だってスペアやストライクを出したくなるね。
 ディスプレイを見れば、俺のスコアは9・スペア、暫定得点10。このフレームの得点に加算される次の第二フレーム・第一投が勝負だな。できればストライクを取りたいところだが、それはいくら何でも調子に乗りすぎだろうか?
「これで俺達の第一フレームは最低でもスペア確定だなっ! よかったじゃんメグ。安心して投げてきなよっ」
「う、うん。ちょっと助かったかな」
 どうやら俺のスペアで最低でも第一フレーム得点10が保証されたことにより、メグはプレッシャーから解放されほっとしたらしい、どこかぎこちないながらも眼鏡のレンズの向こうで緩やかに微笑んでみせた。これで俺が目も当てられない成績だったりしたら、メグには初心者であるにも関わらずスペアかストライクを狙ってもらわなきゃならないところだったからな、その気持ちはよくわかる。
 という訳で、第三投球者・メグの出番である。
「どうしよ……全然わかんないなぁ」
 アプローチへと出向いたメグは、俺達に背中を向けたまま弱気な台詞を吐いた。後ろ姿でも緊張でがちがちになっているのがわかる。どうやら久しぶりのボウリングで、想像していた以上に感覚を忘れていて戸惑っているんだろうな。
「……ふっふっふ。しゃーねぇなぁ? そんじゃ俺様がサービスでもしてやろうかな」
 そうしてボールを構えたままおどおどし始めたメグがじれったくて見ていられなかったのか、長い脚を組んでベンチに腰かけ優雅にコーラを飲んでいたムツが徐に立ち上がる。
 何をするつもりかと思ったら、立ち尽くすメグの隣までゆっくりと歩いていって、ムツは身振り手振りを交えて何やら説明し始めた。
「いいか、メグ? 投げる時には手元や足元を見ちゃいかんのだ。目線は常にスパット――あの三角な? から向こう、ターゲットたるピンに向けること! 明日を見据えることが大切だ! 後はな、そこの線踏まないように注意して、一、二、三、四、で助走してそれに合わせて腕振って、うーんそうだな……一で腕を前に振って、二で下ろして、三で腕引いて、四で前へって感じ? そんで丁度前でリリースすりゃばっちりだ。とりあえずボールだからな、レーンに投げ出しさえすりゃ転がるぜ。どんっときてごーってな具合だ」
「ごめんムツ、よくわかんなかった……」
 どんっときてごー? と、ボールを構えたままメグが困っている。そりゃそうだ、あんな勢いで早口にまくし立てられたらメグじゃなくたって何言ってるかわからないだろ。ムツはもうちょっと相手にとって聞きやすいように喋ることを考えるべきだ。
 諦めの悪いムツはその後もごちゃごちゃとメグにいらん解説を与えて困らせていたが、その内面倒になったのかこう一言、
「ひとまず投げろ。話はそれからだっ!」
 と言ってこちらへ戻ってきて、再びベンチにふんぞり返った。……何を偉そうに。お前のアドバイスは全くアドバイスになってないぞ、見ろ、メグが困惑しているじゃないか。
「いいよ、メグ。お前が投げやすいように投げてみろって」
「うー……」
 見かねて俺がゴーサインを送ると、メグは気弱な唸り声を上げてからほとんど助走なしで第一投目を投げた。どんっ、と少々大きな衝撃音がしたところから察するに、どうもロフトボール気味っぽい感じだったが、今のメグにそれを咎めるのは酷というものだろう。
 板目で数えて大体十五枚目のところから投球しただろうに、ボールは斜めのラインを描いて左へと転がっていった。ヘッドピンに掠らず左奥の四本のピンを倒して、メグの性格を表しているかのように控えめな音が響き渡る。
 ディスプレイに「4」と成績が表示された。残ったピンは1・2・3・6・9・10。
「メグ、」
「何?」
 早々にボールを取りに引き返してきたメグに、俺は一つだけアドバイスをしてやることにする。少なくともムツよりはわかりやすいと思いたい。
「ボールが左に転がったってことは、少しだけリリースが遅いかもな。もうちょっと低めの位置で離していいと思う」
 投げた時の音もちょっと派手だったしな。それも結構高い位置でリリースしたからだろう。
「うん……」
「あんま難しく考えんな。ムツじゃないけど、それこそ投げれば転がってくから」
「わかった……」
 まだ不安そうだったが、ともあれ二投目である。ボールを持ってアプローチへと戻っていったメグは、半ばもうどうにでもなれと思っているのかすぐさま投球モーションに入り、俺のアドバイス通りさっきよりも少し早めにボールを投げ出した。
 ごーっ、と今度は投げたところから真っ直ぐに転がっていくボール。
 なかなかやるじゃないか。これだからメグはアドバイスのし甲斐がある。
 ピンがボールに吹っ飛ばされる音がしたのでメグの背中越しにピンデッキを見やると、右奥の9・10ピンは残っていたが、残りのピンはきちんと倒れていた。メグの第一フレーム、スコアは4・4、得点8。これで俺達三人の共同スコアの第一フレームには、俺の出したスペアが採用されることが決定した。
「お疲れ、メグ」
「ありがと……結構精神磨り減るね、ボウリングって。こんなに疲れるゲームだったっけ? 久しぶりすぎて全部忘れちゃってるよ」
 戻ってきたメグと片手でハイタッチをしながらそんなことを話していると――
「――さぁて、」
 ゆらり、と俺の向かいでムツがベンチから立ち上がった。
 ついに来たか、最終投球者。本人曰く「大御所」らしいが、まずはお手並み拝見といこう。
「……」「……」「……」
 俺とメグとミキ、どこか緊張の面持ちの三人共が黙って見守る中、ムツは自分の選んだ十ポンド球を掴んで悠々とアプローチへ歩み出た。立ち位置を確認し、まずはボールを構え、それからレーンの向こう、ピンセッターによりセットされた十本のピンを真っ直ぐに見据える。
 そしてすぐさま、投球モーションに入った。
 きっちりと四歩助走。ファウルラインより若干手前でボールをリリースする。
 ごうっ、と。
 投げ出されたボールがレーン上を勢いよく滑っていく音がした。
「……!」「あ……」「……うはぁ」
 俺達三人が三者三様に驚きを示した。
 中央より若干右側から放られたボールが、右から二番目のスパットの丁度上を通過した後、ピンにぶつかる手前で突如左に緩くカーブしたのである。いわゆるフックという、軽くカーブする球筋だ。
 そしてボールはそのまま、吸い込まれるようにポケット――右投げの場合で1・3ピンの間。ここにボールが入るとストライクになりやすい――へ……。
 ぱこーんっ!
 これまでで最も鋭い音がしたと思った瞬間、十本のピンによって構成される一個小隊は全滅した。
「……」「……」「……」
 ストライク。
 いきなり。
 初っ端から。
 ベンチを三人分の沈黙が満たしているところへ、ムツがやはり悠々とした足取りで戻ってくる。
「ふひぃー、ちょーっと際どかったな! 危ねぇ危ねぇ、手が滑っちまった。危うく一本倒し損ねるところだったぜ」
 ベンチにどすんと腰を降ろし、コーラのボトルのキャップを捻りながらムツが無駄に爽やかな笑顔で言う。その台詞の内容に、思わずワイシャツの襟首を引っ掴んで締め上げたい衝動に駆られたが懸命に我慢した俺に誰かトロフィーでも与えてやって欲しい。
 手が滑っただと? あれのどこら辺が際どかったっていうんだ。正気か、この男は?
 ……いやいやいや。落ち着け、俺。今のはただのファーストラック、まぐれに過ぎないかも知れないだろ。今後もムツが同じようにストライクやスペアといった好成績を取り続けるとは限らないじゃないか。
「お待たせ、ミキ嬢ちゃん? お次どーぞ」
「……あー……う、うんっ……」
 ムツに促されて立ち上がったミキが、愛らしい顔立ちを奇妙に引き攣らせて微かに震えている。武者震い……ではなさそうだな、どうも。
 でも、さっきのムツのストライクを見たら誰だってそうなるはずだ――ただ真っ直ぐに投げてヘッドピンに当て、ボールの勢いと重みで偶然全部倒れたのではない。プロ顔負けの、実に本格的なフックボールだった。
 球威も充分、ラインは正確。
 あれと同じ投球を続けられたら、一体最終的にスコアはどれほどになるのか――考えたくもない。
「っりゃっ!」
 なんて俺が考えている間に、ミキが第二フレームの一投目を投げていた。相変わらず投球の際の掛け声は可愛らしいが、球の威力はなかなかのものだ。真っ直ぐ伸びたボールはヘッドピンを直撃。……但し、その球筋を見る限り、ミキがストレート以外を投げられないというのは本当らしいな。ムツと違ってピンの倒し方はほとんど力任せだ。
「ひぃぃぃぃっ……!」
 そしてミキは悲鳴を上げた。レーキが倒れたピンを奥のピットへ落とした後、セットされた残りのピンはベビースプリット、3・10。ディスプレイのスコア表に、ミキにとってはきっと悪夢のようだろう、本日二度目の「G」が表示される。
 小さいとはいえスプリットはスプリットだ。狙って決してスペアを取れない訳じゃないが……ムツのストライクによりプレッシャーをかけられているミキには過酷な状況といえた。俺だって同じ立場なら戦慄する。この第一投でミキが八本も倒せたのはある意味奇跡的だ。
「……ううう……!」
 もうほとんど滅茶苦茶な投球フォームと助走で投げ出した二投目は、今のミキの心情をそっくりそのまま表したように斜めにすっ飛び――残ったピンのどちらにも掠ることなく手前でガターに吸い込まれた。
「うわぁぁー死にてーっ!!」
 ……ミキ、ドンマイ過ぎる。
「うううっ……こうなったらユキ、お前、絶っ対、ぜーったいっ! スペアかストライク取れよっ! 後は任せたかんなっ!」
 悔しさにポニーテールを掻き毟りながら戻ってきたミキは、俺に鼻先がくっつきそうなほどの至近距離まで顔を寄せてくると、少女めいた顔立ちに浮かべるにはちょっと凶暴すぎる形相でそう告げてきた。
「え……俺かよ……?」
「ユキがやんなくて誰がやんだよっ! 大丈夫、俺信じてるから。ユキはやれるよ、がんはっ!」
「……」
「返事はっ!?」
「……は、はい……」
 そうしてミキは俺にいらんプレッシャーをかけるだけかけると、ベンチに腰かけて紅茶をがぶがぶと飲んだ。ぷはっ、とペットボトルの口から桜色の唇を離し、俺を爛々と輝く瞳でじっと見つめてくる。う……何だ、念波でも送ってるつもりか、それは。
「――、……」
 一方的にガンを飛ばしてくるミキの視線を背中にばしばしと受けつつアプローチに立つ。
 緊張はピークに達していた。ミキの期待に応えなければならぬというプレッシャーと、この一投目で倒れた本数が第一フレームのスコアに加算されるというプレッシャー、ここで俺がスペアかストライクを取らないと圧倒的に不利になるというプレッシャー。三つのプレッシャーが乗算された状態で俺の肩に重くのしかかってきている。
 やばい……まともに思考が働かん。
 ボールを構えたまま深呼吸をした。落ちつけ、いつも冷静で無表情、取り乱すことが決してないのが俺の数少ない個性だろ、落ちつけ。
「いけーっ、ユキーっ! ぶっ飛ばせーっ!」
「……、わ!」
 どんっ。
 この期に及んで更にプレッシャーをかけてくるミキの声に押されるようにして放ったボールは、レーンに傷がつくんじゃないかと思うほどの鈍い音を立てて中央よりやや右側に落下し、勢い不足のまま真っ直ぐ転がっていった。
 ……やっちまった。
「……うわぁ」
 僅かなピンが倒れただけの音の後、レーキとピンセッターが処理をして露になった残りピンの有様を見て愕然とする。
 残ったピン、1・2・4・7・10。ノーヘッドで綺麗に左側だけが残ったこれは、いわゆるワッシャーというやつだ。しかも俺が最も苦手とする10ピンのおまけつき。
「ユキのあほーっ!」
「……実にすまん」
 結局俺の第二フレームは、その後二投目で左側の四本のピンを倒すに留まり、折角スペアを取ったにも関わらず第一フレームの最終スコアは15、第二フレームまでのトータルスコアは24。ベンチに戻った俺にミキがぶつけてきた罵声にも返す言葉がない。
「……でもミキだって悪いんだぞ。お前が俺に余計なプレッシャーさえかけなきゃ――」
「こうなったら、メグ! お前が最後の望みだからなっ!」
 俺の言い訳に耳も貸さず、ミキは次なる加重先をメグにチェンジしたようだった。さっき俺に向けたのと同等の鋭い眼差しをメグに向けると、容赦なく強い口調で言いつける。
「さっきので大体感覚掴んだだろっ!? 同じように投げれば絶対九本くらい倒れるから、いけ! スペアだよスペアっ! ストライク取れとか無茶言わないから!」
「い、いや、ミキ、無理だよ……! ていうかスペアでも充分無茶言ってると思うんだけど……!」
「いつまでも俺とユキにおんぶに抱っこって訳にもいかないだろっ! 男見せろ、メグ!」
「そんな……!」
「……そうだぞ、メグ」
「え!? 何でユキまで!?」
 ここは大人しくミキに便乗することにした俺だった。お前も俺と同じ気分を味わいやがれ。
「今見てわかってもらえたと思うけどな、俺とミキだって万能じゃないんだ。このフレームみたいなことはこれから先もあるかも知れない。そんな時に役に立てるお前でなくてどうするんだ、メグ」
「え……う、うう……うーん……うー……!」
「スペア取れなくてもいいから、最低一投目で九本倒して来い! そうすればまだ充分ムツと戦える! 男を見せろ、メグ!」
「男を見せろ、メグっ!」
「うわぁぁぁっ、二人揃って何だよもう! わかったよ、やるよ! やればいいんだろ!?」
 そんな風に俺とミキにプレッシャーを最大限かけられまくったメグの第二フレームの成績がどうだったかなんて、言うまでもないだろう。
 それでも敢えて言うと……一投目がガター、二投目で何とか六本のピンを倒すという救いようのなさだった(しかも二投目で残った四本のピンは4・6・7・10と、両脇に二本ずつのピンを残して真っ二つのビッグフォー。これが一投目だったとしたら、きっと二投目で死ぬほど苦労していたんじゃないだろうか)。
「馬鹿やろーっ! メグなんて大っ嫌いっ!」
「馬鹿やろーっ! 格好悪いぞ、メグ!」
「ああもうっ! 二人共好き勝手言いやがって! 僕久しぶりだって予め言ってあっただろ!? 何で当てにするんだよ、おかしいよっ!」
「――やーれやれ、」
 戻ってきたメグと、俺とミキの三人でくだらない口喧嘩をしていると、呆れたようにそう深く吐息をついてムツが立ち上がった。続いて空気を震わせた台詞の声色に、俺達三人は一瞬にして黙りこくる。
「仲間割れかい、お三方? いやぁ、見苦しいねぇ。負け犬同士で言い争って仲違いなんてさ」
「……」「……」「……」
 ムツに向けられた視線には、恐らく鋭い殺意が混じっていたはずだ。
 しかしムツはそれを何でもなく受け流すと、鼻で笑ってボールを手にアプローチへと向かった。相変わらずきっちりとした、ボウリング教本に書かれているお手本のような投球フォームで助走し、ボールを放つ。
 ごうっ――と音を立てたボールが描いたラインは、第一フレームで投げた時とほぼ同じもの。
 右から二番目のスパットを通過後、ピンに当たる手前で緩やかに左へカーブし、ポケットへ。
「――」「――」「――」
 ぱかーんっ!
 ストライク。
 ……二連続ストライク。
 すなわち、ダブル。
「うっし、順調順調♪ ……ん? どした?」
 鼻歌混じりに戻ってきてコーラのボトルのキャップを捻ったムツを見て、俺が得た確信はきっとメグとミキも同じように抱いていたはずだ。
 要するに――俺達は、嵌められたのだと。
 どんな好条件を俺達に与えたところで、ムツには余裕で勝てる公算があったのだと。
 よくよく考えてみれば当たり前だ。ムツは基本的に勝負事で負けるのが大嫌いなのである。そもそも勝てる可能性の低い賭けなんかする訳がないのだ。
 野瀬睦とは、今も昔もそういう男なのである。
「ま……俺様に三マーク差以上つけられないように、せいぜい頑張ってください?」
 俺の確信は間違っていないと裏付けるように、にひ、と怪しく笑ってムツが言った。

 現在俺達三人の共同スコア、第二フレーム終了時点で26。
 対してムツの暫定スコアは30だが、ダブルを取ったことにより今後の投球次第で更に得点が伸びることが予想される。
 ……悪夢はまだ始まったばかりのようだ。


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