* * *

 我等がCチームの全く頼りにならないチームリーダー・野瀬睦、通称・ムツの見慣れたイケメン面が見当たらないじゃないか。今まで気がつかなかったなんてどうかしている。あんなにド派手な奴がいないことに気づかないなんて、あまりの寒さに俺達は三人揃って頭がおかしくなったのか?
「どこ行ったんだ? まさかこのクソ寒い中一人真面目に外練してる訳じゃあるまいな」
 もしそうなんだとしたら、日頃怠惰なチームリーダーが随分とまた見上げたもんだが、とてもそうだとは考えられない。あいつは基本夏の盛りに生まれた俺より寒がりで、今日も制服の下に厚手のパーカーを着込むという校則違反の厚着スタイルで校内を闊歩し、生活指導の先生に廊下でとっ捕まっていたくらいだ。
「それはないだろっ。つーかそもそもここに荷物ないぜ? まだ部室に来てないんじゃねっ?」
「あ……そう言えば僕、掃除の時間にムツが池葉先生に呼ばれてるの見たよ」
 部室内を一通りぐるりと見回してのミキの推理に続いて、メグがふと思い出したように重要な証言をする。何だって、担任から呼び出しを食らっていた? ムツがか?
「うん。それでそのまま、先生に連れられて荷物持って教室出ていっちゃったんだけどさ……まだ掃除途中だったのに」
「……それって教室じゃしにくい話だったってことだよな……ムツ相手にその手の話となると、」
 俺はそう言ってから少々沈黙し、同じように押し黙っていたメグとミキと顔を見合わせてから、静かに吐息をついて決定的な最後の一言を口にした。
「…………成績か」
 他校の生徒と喧嘩になっての暴力沙汰、緩めたネクタイ・シャツ出し・パーカーと校則違反の塊のような出で立ち、後先考えない暴走ともいうべき迷惑行為、などなどムツの問題点は挙げればキリがないが、その中でも教師陣が最も頭を悩ませていると思われるのが奴の成績である。英語の成績が常に学年トップクラスなのに文句はなくとも、その他の教科は基礎科目を中心に軒並み壊滅、いつも赤点ラインぎりぎりを低空飛行しているというのだから、これが教育者として悩ましくなくて何だろう。
 ついでに言えば、ムツの呼び出し要因がもし予想通りの成績関連だった場合、俺達チームメイトにとっても喜ばしいことではない。我が中高一貫私立男子校の教育方針には、「著しく学習状況の悪い生徒については、部・委員会・生徒会活動への参加を一定期間停止する」というものがあり、ムツの成績が目も当てられないレベルとなってその処分を受けることになった暁には、成績の改善を見るまでCチームはチームリーダー不在ということになりかねないのである。
 いかにチームの代表者としてゴミ以下の役立たなさであろうとも、あいつがチームリーダーであることには変わりなく、万が一数ヶ月もの間活動に来られないとなると色々と困ることも多い。
「そろそろあいつの成績を何とかすることを考え始めなきゃいけないかな……」
「俺、社会なら教えられる自信あるよっ。んで、ユキは数学がいけるだろ? あと国語と理科はメグでいいよなっ」
「ちょっと待って、僕だけ二科目なんて不公平じゃないか?」
「だって俺達の中で一番成績いいのってメグじゃんかっ。いいだろ、国語も理科も苦手じゃないべっ?」
「それはそうだけど……」
 メグ、そこで否定しないところが少ーしムカつくぜ。多分天然でやってるんだろうけどな。
 ……兎にも角にもそんな風にして、俺達三人がムツの下がりに下がった成績をどう上方修正しようかと知恵を絞っていた、丁度その時だった。

「たっだいま帰りましたーっ!!」



「たっだいま帰りましたーっ!!」


 部室の小さな汚れた窓のガラスがびりびりと振動するくらいのとんでもない大声でもってそう雄叫びを上げながら、どばかんと足でドアを蹴り開け部室に飛び込んできたのが誰かといえば――それはもちろんムツだった。
「……」「……」「……」
 何というタイミング。
 中に例のパーカーを着込んだ制服姿のままで、両手に某有名コンビニエンスストアのビニール袋を持っている。この寒い中を出歩いていたせいか、冷気に晒され続けていたのだろう頬がすっかり赤く染まっていた。
「ふひぃ、寒かったー! いやはや、十一月からこうも寒いってなると、来月の今頃には俺ぁひょっとすると凍死してるかも知れないぜ。参った参った」
 ムツは突然のことに唖然とする俺達三人が溜まっているところまでずかずかと歩いてくると、近くから生徒用机を一つ引っ張ってきて俺達の真ん中に据え、その上に例のコンビニ袋をどんと鎮座させた。
 それからドアのところに置いてあった自分の鞄をおもむろに拾うと、乱暴にロッカーの前へと放り出して、
「おぉう? おいおい何だよ、お前等三人揃ってさっさとジャージに着替えやがって。何だか俺だけハブられてるみたいじゃん」
「別にお前をハブろうとか考えてのことじゃないって……普通に部活の時間なんだからいいだろうが。それにだな、だっていうのにお前は今まで一体どこをほっつき歩いてたんだ? 池葉先生に呼び出されてたんじゃないのかよ」
「呼び出されることは呼び出されたけどさー、」
 ムツはやたらと嬉しそうににこにこしながら机の上のコンビニ袋に手を掛けると、それを少しばかり騒々しい音を立てながら剥き――中身を取り出して改めて俺達の目前に置いた。
「……!」
 突如として空気を伝ってくる温かさ。
 ふわりと香る出汁の食欲をそそる匂い。
 取り出されたそれは、俺にとってもかなり見慣れた大きめのスチロールの容器、二つ。
 それが入っていたビニール袋に描かれているロゴは、こちらもお馴染みの7のマーク。
 ムツは俺達にVサインを突きつけて、一億ワットの笑みを浮かべる。

「セブンに行って、おでん買ってきました!」


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