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 以下、セブン-イレブンのおでん突発的購入について、ムツが制服からジャージに着替えながら語ったことである。
「いやさ、昨日雨が振ってから急に寒くなったじゃん? んで、そうやって寒くなったら何かしなきゃいけないことがあったような気がしてさ、今朝ジャ●プ買いに行った時からずーっと気になってたんだけど、」
 そうしてムツが買ってきたジャ●プが、さっきミキが読んでいたジャ●プだ。毎週月曜日発売のこの少年漫画雑誌を俺達四人は愛読しているのだが、一人一人が毎週一冊ずつ買っていると出費はかさむわ雑誌は部室にかさばるわで無駄が多いので、週ごとに一人当番を決めて一冊だけ購入し、それを回し読みすることにしているのである。これで月に平均で千円かかっていたジャ●プ代が月二百五十円程度で済んで、しかも毎週読めるようになった。
 ……ちなみにそのムツが買ってきたジャ●プ、教室で読んだ後に部室に持ってきてミキに渡したのは俺だったりする。その時点でムツがいないことに気づけ、俺。
「それが何なのかわかんないまま授業受けててずっとモヤモヤしててさ、そんで掃除の時間に池葉先生に呼び出されて、職員室でいい加減成績がやばくてどーのこーの、みたいな話を聞き流しながらも延々それ考えてて――ああ、成績の話? 軽くショックだったぜ。もちろん成績悪いのは俺が日頃怠慢やってんのが悪いんだし、自業自得だってわかってるけどさ。でも、わかってること人からあーだこーだ言われるのって一番ムカつかねぇ? わかってるのにどうにもできないから困ってんじゃん。……それを指摘するだけだったら教師じゃなくたって俺にだってできらぁな。部活参加資格停止をちらつかせる前に、少しは効果的なアドバイスの一つでもしてくれっての。……んん? 俺は何の話をしてたんだっけな?」



「んん? 俺は何の話をしてたんだっけな?」


 ブレザーを脱ぎ捨てスラックスを脱いだ後、ジャージのズボンに足を突っ込み膝まで上げるという、何とも中途半端な格好でしばし考え込んでから、やがてムツはぽんと一つ拍手を打った。
「そうだ、おでんだな! おでんの話だったよな! まぁそんで、池葉チャンに散々っぱら言いたい放題言われてさ。職員室出て軽ーく落ち込んでいたんですが? ……ええ、この俺様にも落ち込むことはあるんですが!? てめーら何だよ、その『お前が落ち込むとかあるの?』みたいな顔はよ! 俺だって人間なんだよ、ベッコベコに凹むことだってあるよ! ……んでもってショボーンして佇んでた廊下がめっちゃ寒くてさー。で、思い出した訳――そーだ、おでんだ! って」
 物凄く力んで言い放つムツだが、話の筋道がわかりにくいのでどうにもしらけた気分になる俺である。相手が一人で盛り上がってる時って、何で自分はこんなに盛り下がるんだろうね。
「俺はな、秋から冬にかけてのこの寒くなりかけの季節にセブン-イレブンのおでんを食べないことには、心して冬を迎えることができねぇんだよ! じっくり煮込まれて味の染みたおでん! 熱々のおでん! 地域ごとに出汁の味が変わる、生粋の関東人の俺の味覚にばっちりマッチするセブン-イレブンのこだわりおでん! ……おでんなくして俺の冬は来ねぇっ! 一回もセブンのおでんを食わない内に冬が来そうになった暁には、ちょいとシベリア付近まで遠征して冬将軍をとっちめてやろうってくらいだぜ!」
 できるもんならやってみろ。俺としては大変嬉しいぞ、本当に冬将軍をやっつけてくれるっていうなら。但し、かの英雄ナポレオンでさえ勝つことができなかった冬将軍様に、お前みたいな寒がり野郎が勝てるなんてこれっぽっちも思わないけどな。
「日本人ならおでんを食え! アメリカ人もロシア人もイギリス人もフランス人もイタリア人もドイツ人も中国人も、この際人種は関係ねぇ、みんなして鍋を囲め! 世界平和の実現はこんなにも簡単だ! 国連は何をやっているんだッ!」
 握り拳を天井に向かって突き上げてまで言うことがそれか?
 しかも上半身はワイシャツの上にパーカー、下半身はジャージ腰パンでパンツの布が少し見えてるっていう変な格好で。
「世界各国津々浦々、寒い日にはおでんだよな! 先公に言いたいよーに言われまくって落ち込んじゃって、傷つきやすいガラスのハートがしんしん凍えちゃった時には間違いなくおでんだよな! ……という訳で、」
 ムツはそこから手早く上半身もジャージに着替えると、その上からパーカーを羽織ってこちらへと戻って来、スチロール容器の蓋を二つとも開けた。
 途端、容器の中から柔らかな湯気が立ち上り、メグの眼鏡がうっすらと曇る。
 さっき小腹が空いたと言っていたメグが、そのレンズ越しに嬉しそうに微笑んだ。
「本日のCチームは、チームリーダーたる俺様の独断と偏見によって、おでんを食べます!」
 やけにもっさりした格好のムツのそんな無駄に偉そうな宣言に、俺とメグとミキは顔を見合わせて短く嘆息したが、その表情を見れば、俺達の内の誰一人としてこのムツの活動計画を悪く思っていないことは容易に知れた。
「……まずは箸の贈呈! ぱんぱかぱーん」
 ムツはそんな俺達を満足そうに見回してから、ビニール袋の中から割り箸を四膳取り出して配り始める。


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