* * *

「いいか、よく聞けよ? ……大根とたまごは一人一つずつな。ちくわとはんぺんは二人で一つ。ロールキャベツと白滝と、ウインナー巻きとじゃがいもは二個ずつしか入ってないから早いもん勝ちな。あ、ちなみにじゃがいもにからし塗らないで食う奴は俺が許さねぇから」
 食欲増進の効果がある出汁の香りが立ち上るおでんの具を、片っ端から説明していくムツである。
「それから、メグが好きだって言ってたからがんもと、ミキが好きだって言ってた餅入り巾着は買ってきた。おっと、一個だけ入ってるちくわぶは俺のだから! ……あとは昆布巻と野菜天とつくねが一個ずつくらい入ってるはずだから、適当に探して食ってくれ。こいつも早いもん勝ち」
「随分たくさん買ってきたね、ムツ。みんな奢りかい?」
「お、メグに言われて思い出した。……ここで重要なお知らせ! 俺が全部の個数と値段リストにして持ってるから、食ったら申告しろよ? 後で食った分請求するから」
 金取んのかよ。
「何言ってんだよ、ユキ? 当たり前だろ? こんなん全部俺が自腹切ってたら金がいくらあっても足りねーだろうが! ……現に今、俺の財布はすっからかんだ」
 有り金はたいて買えるだけ買った、とムツ。
 ……こいつ、時々後先考えずに無茶なことするよな。俺達が今払える金がないって言ったら、手持ちナシで数日過ごすつもりだったのか?
「では……実ッ食!」
 すっかりおでん奉行気取りのムツが顔の正面で竹の割り箸を勢いよく割ったのを皮切りに、俺とメグ・ミキも箸を割ってスチロールの容器の中身に思い思いに箸先を伸ばす。取り皿がないので、二つある容器に全員が顔を寄せ具に染みた出汁が零れないようにしなければならないのだが、俺が最初の具をどれにしようか迷っている目と鼻の先でムツがちくわに齧り付いているのを見なきゃいけないのには、何とも形容し難い複雑な心境に陥った。
「っはー……あったまるなぁ……」
 幸せそうな感じに眼鏡を曇らせながら野菜天を齧っていたメグが、一旦口を離して満足げな吐息をつく。それを視界の片隅に捉えつつ一通りの具材を眺めていた俺は、その内少しばかり残念な事実に気がついた。
「……あれ? おいムツ、牛すじは?」
「ぐーふぎ?」
 多分牛すじ? と聞き返したかったんだろう、餅入り巾着の中身にかぶりついてびよびよやっているミキが大きな目をぱちぱちと瞬く。ちくわの半分を食っていたムツも顔を上げると呆れたように苦笑してきた。
「牛すじ? おいおいユキちゃん、お前そんな可愛いナリして牛すじなんておっさん臭いもん食うのかよ。意外だな」
 おっさん臭くて悪かったな、俺にとってはおでんといえば牛すじなんだよ。セブンのおでんの牛すじはなかなかに旨いから入っていないのが至極残念だ。
 ……ついでに、可愛いナリってのは余計。
「……牛すじ……牛すじで熱燗……」
「待ってユキ。君、僕と同い年だから未成年だよね」



「……牛すじ……牛すじで熱燗……」


 俺が仕方なく次に好きな大根へと箸を伸ばしつつぶつぶつ文句を言っていると、隣からメグが律儀に突っ込みを入れてくる。それで少し調子に乗った俺は、わざと顔をしかめてこう続けてやった。
「うるせぇ、うちじゃ成人だ未成年者だは関係なく牛すじおでんで熱燗なんだ。酒も飲まないで人生なんかやってられっかよ」
「それもそうだよなー。折角おでん食ってる訳だし……むっふっふ。今から一杯やっちゃう?」
 そんな俺に悪ノリして、ムツがにやにやと意地の悪そうな笑みを浮かべながら箸の先でメグを指した。
「んじゃ悪いけどメグ、ちょっと出てユキのために牛すじと、それから酒買ってきてくんね? カップの日本酒でいいからさ。安いヤツ」
「いや無理だからね? 牛すじは別に買いに行ってもいいけど、酒は行ったって普通に売ってくれないから」
「制服さえ着てなきゃ、お前なら平気で買えるべ。はいっ、行ってらっしゃいませご主人様っ!」
「それ暗に僕が老けてるって言ってるよね! 軽くショックだし、このタイミングでムツにご主人様って言われてもあんまり嬉しくないっ!」
「え? 暗にじゃなくてストレートにそう言ったつもりだったんだけどな……」
「より酷いよ!」
 そこまで突っ込んだところで、やっとのことメグはムツの台詞が本気ではないことに気がついたらしい。少々憤慨気味に眉を吊り上げて「全くもう、馬鹿にして」と言うと、改めて食べかけだった野菜天に齧り付いた。
 その表情と捨て台詞があまりにもこの状況にぴったり嵌っていたもんで、俺がつい大根から口を離して吹き出すと、メグとは反対側の隣でムツも同じようにちくわぶの真ん中の穴から吹いていて、それもまたおかしくて笑ってしまう。
「笑うなよ、そんな変なこと言ってないだろ。……大体ね、ユキが熱燗がどうのこうのとか馬鹿なこと言うから……」
「でもさでもさっ、マジな話、成人したらみんなで飲みに行かねっ? 俺、このメンバーで飲み会とかすっげぇ面白そうって思うんだけど」
 むくれるメグの向こうで餅入り巾着を完食し、新たに白滝を箸で掴みながらミキがそう言って瞳を輝かせる。「そうだなぁ、」とそれにムツが相槌を打った。
「おでんとか、他にもモツ鍋とかホルモンとか、焼き鳥とか串揚げとかいいよな! 飲み放題食べ放題のプランでさ、座敷とか貸し切っちゃってそりゃあもう盛大によ。……でさ、で、こん中で誰が真っ先に潰れると思う?」
 潰れるまで飲むの前提かよ。無理強いとイッキは勘弁して欲しいぜ、流石に。酒は楽しく適量だ。用法用量を守って正しく……ん? それは薬か。まぁ酒は百薬の長って言うし、あながち間違いでもないんだろうが。
「俺はメグじゃないかと思うなっ」
 真っ先に手を挙げてそう発言したのはミキだった。
「何か、酒が回るのは俺やムツの方が早そうだけど、潰れるってなったらやっぱ一番はメグっしょ。何つーか、その、キャラ的に?」
「キャラ的にって……ミキ……君まで僕を馬鹿にするのですか……」
「いやいやいやっ! 馬鹿にするとかそういうんじゃないけどさっ! 俺達の面子で一番大人びてて一見酒とか慣れてそーなイメージのメグが、真っ先に潰れたら面白いんじゃないかとかさ、そんな感じなんだけどっ、」
「……フォローになってないよ……」
 面白そうって、と深くため息をつくメグ。色々とドンマイだが、ミキと同じようなことを実は俺も思ってたりする。メグは確かに背は高いし大人っぽいけど、酒は弱そうだよな。っていうこれはその……男の勘?
「……かくいうミキも強い方じゃないだろ? この前自分で言ってたじゃないか、保健の授業でアルコールのパッチテストやって、すぐ赤くなったって」
「まぁそーだけどっ。……で、でもお前よりは強い自信あるよ。何となくだけどっ」
 メグから予期せぬ反撃を受けて、白滝を口に含んでもぐもぐやりながらミキは不機嫌そうに眉根を寄せる。よくわからないが、ミキ的にメグには負けたくないらしい。……女の子のような可愛らしい容姿に加えて酒にも弱いとなったら、男として格好よくないし馬鹿にされるとか思ってるんだろうか。
 別に酒に弱い男なんていくらでもいるし、気にするほどじゃないと思うんだけどな。
 しかし、ビール一口で酔っ払って真っ赤になるミキ……。
 ……。
 ……やべぇ、想像しただけで可愛い!
 帰る時に千鳥足になっているところ、肩とかすげぇ貸したい!
「……ユキ、顔がゆるんゆるんになってんぞー。何を考えてるか大体わかるけどな……逆に誰が強いと思う? 今まで散々言われてるけど、メグ、実はこう見えて強いですとかだったりする訳?」
「…………多分弱い、かな」
 ムツに尋ねられて、メグは少しの間ロールキャベツを眼鏡越しに睨んだまま黙っていたが、その内それを口に運びながらぽつりと呟いた。その顔が苦々しげに歪んでいるところを見ると、きっと素直に認めるのは悔しいんだろう。……素直でよろしい。
「ムツは割と強そうだよなーっ。酒回って騒ぎ始めるのは早そうだけど。……合コンの時とかいいんじゃね? 早い内に超盛り上がって、でも潰れないで長時間盛り上げ役やれてさっ。ま、そーゆーのって女にはウザがられそうだけど。わははっ」
「褒めんなよミキ☆ 何も出ないぜ☆★」
 安心しろムツ。多分ミキは褒めてない。ていうか最初から褒めることができていない。
「で……ユキは……」
「うん。ユキは……」
「あー。ユキは……」
「……」「……」「……」
「……俺が何だよ」
 ムツとメグとミキはまじまじと俺の顔を見た後で、互いに顔を見合わせてから口々にこう言った。
「見るからに強そうだよな。宴会ですっげぇ盛り上がってる席の隅っこに一人で陣取ってさ、仏頂面で一升瓶抱えてたりとかしてそうじゃね? ……ビールとか、水ですか? ってくらい淡々と飲みそう」
「そうだね。だってさっき牛すじで熱燗とか言ってたし……未成年なのに。『酒も飲まないで人生なんかやってられるかよ』って、中学生でさっきのあの台詞はおかしいでしょ」
「んで、一人黙々と飲み続けて、本当は結構泥酔しててやばいんだけど、表情が一見して普段と変わんないから誰も気づいてくれなくて切ないってタイプっぽくねっ? あと、宴会のコースでおつまみとかちゃんと出てるのに、自分の分だけ別で好きなの頼むとかしそう!」
「今の時点で牛すじと熱燗とか言ってるんじゃ、将来は間違いなく呑んべだな、ユキは」
「絶対そうだね。僕もそう思うよ」
「居酒屋四、五軒くらい平気ではしごするんだぜっ。わははっ」
 随分と勝手なことを言い合ってるが、……大体正しいだろうな。俺自身もそう思う。ビールくらいのアルコール度数なら、軽く一缶くらい今の時点でもビクともしないし。
 ……何でそんなことがわかるのかっていう突っ込みは禁止だ。野暮なこと聞くもんじゃないよ☆
 ちなみに日本では二十歳以下の未成年の飲酒は法律で禁止されています。念のため。
「よし。じゃあ将来みんなで飲みに行った時には、ユキに飲ませまくって真っ先に潰す方向で!」
「了解です♪」「ラジャーっ!」
「こらこらこら! 強い者苛めしようとすんな!」


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